第50話 父親

(連絡が遅くなったけど離婚調停は終わった。手続きもほぼ終わったよ。ただ、私は体調を崩してしまって仕事を半年間休む事になった。)


 バタバタとしていたせいで、父親への連絡が遅れてしまった。父親だけが仕事で離れた場所で生活をしていた。


(そうですか。何とか終わって良かったですね。こちらも落ち着いたら、そっちに行きますね。あっちの親とも電話で話をしたいです。私はまだ話をしていないからね。本人とも父親として話をしないとね。近いうちにそっちに行くから。ゆっくりと体を休めて。)

 と、珍しく優しい返事が返ってきた。


 ただ、父親の事を信用していない私はまめに連絡をとらなかった。まぁ、体調不良もあって、出来なかった。


 私はバタバタと休職期間の延長の手続きを取って、心を休める覚悟を決めた。出張から帰ってきた娘は、暫くは在宅勤務になった。


「すごく狭い部屋で、ゴキブリは出るし。もう最悪!2度と行きたくない!」

 たくさんのお土産を広げながら、愚痴を存分に溢していた。


 その日、私は1人の部屋に帰った。

 オッドも居ない生活。


 また、寂しさが私を襲った。

 薬だけはちゃんと飲んでいたが、私は少しずつ弱っていく。母親がせっせと運んでくれても、あまり食事はきちんと取れないままの日々が続いた。


 カロリーが取れてない日は、病院で貰ってきた栄養補助のドリンクを少しずつ口にした。


 テレビを付けても面白くない。大好きなグループが出る番組だけを見た。それ以外は、静かな部屋でゲームをしたり、動画を見たりして過ごした。


 そして1日のうちに何回も、突然襲ってくる不安に押し潰されそうになる。

(仕事に早く復活したいけど。)

(あぁ、水のケースが重くて持てない。)

(買い物に行けない。)

(私は何の為に生まれてきたのか。)

(娘を傷つけたのは私のせい。)

(何のために生きているのか。)


 こんな言葉が私の中をいっぱいに埋め尽くした。大好きなグループのライブを見ていると昔を思い出して見れなくなってくる。

(あぁ、辛い。苦しい。悲しい。)

 私は1人で泣き続けるしかなかった。


 病院はきちんと通院する。ストレスチェックの数字はどんどん悪くなっていた。

「入院する?」

 医師は私を思って進めるのだが。

「他の人が怖いです」

 と、私は首を横に振った。他人と一緒の部屋なんて息もできなくなりそうだった。


 1人で暮らし初めて2回目の年末。

 父親から連絡が入った。


「そちらに1度戻ります。瑠璃が体調がよくなるまで、暫くそちらで生活するように手配しました」


 長い闘いで疲れ果てた私を何とかできないだろうかと父親も考えたのだろう。久しぶりに会った父親は、少し小さくなったような気がした。

「食べれてないのか?」

 父親は遠慮がちに私に尋ねる。

「うん。食べれない」

 私も気力が無い為、力無く答えた。

「これ、少しだけど。暫くはこうやって毎月来るから」

 と言って、少しだけお金をくれた。

 父親だって、年金とアルバイトで生活をしている。

 いつまで貰えるかわからないが、

「ありがとう。助かります」

 と、私は受け取った。


 父親はまず、アイツの母親に電話を入れた。

 もう島に帰っていてこちらには来れないと言ったそうだ。何だか簡単に電話でお詫びをされただけらしい。

 そして肝心な犯罪者は電話にも出なかった。以前暮らしていた部屋で一人で住んでいるはずた、と父親に伝えた。

 父親がインターホンを鳴らすと返事が聞こえた。

「はい」

「澤村ですが」

 父親の声を聞いて、ガチャンとインターホンを切った。それから何度もインターホンを鳴らしたが、アイツは玄関を開ける事もなく、謝罪もないままだったそうだ。

「びびって、何の反応もしないわ」

 父親の怒りは行く場所を失った。



 あんなに憎んでいた父親にまた、(ありがとう)なんて言うとは思わなかった。

 だが、今回ばかりは父親も心配なのだろう。私の娘も呼び出して、母親も一緒に食事をとった。もちろん私はそんなに食べれないのだが。


「今日はこの前よりは顔色がいいな」

 そんな事を言いながら、お金と差し入れを持って顔を見せる。

 父親は今、やっと娘に対して(父親らしい事)をしているのかもしれない。そんな事を思いながら、素直に助けて貰う事に決めた。



 だが、私の心はなかなか元気を取り戻す事は出来ずにいる。困った買い物は母親にお願いするか、付いてきて貰った。娘の家にもあまり1人では行けず、母親がいる時に少し顔を出した。

 ただ、長い時間過ごす事はできなくて。

 調子が良ければ食事を一緒にして、すぐに帰った。


 オッドとほんの少しだけ遊んで帰ると、オッドの白い毛が服に付いている。

(オッド。)

 胸が締め付けられそうになって泣いた。


 部屋では1人で殆どを泣いて過ごした。

 何が悲しいのかもわからない。

 とにかく辛い記憶が甦ってきて、犯罪者が憎くて憎くてたまらなくなる。

(死にたい。)

 本気でそう考えてしまう。

(でも出来ない。)


 どんなに泣いても、やはり涙は枯れる事はなくて。

(食べて元気になって、仕事をしなくちゃ!)

 と泣きながら食べ物を口にすることもある。しょっぱい涙の味しかしない。


 そして、もともとそんなに使う事はなかったが、包丁を使うのを念のため辞めた。


 のんびりと過ごす為に購入した大きなクッションは、うつ伏せになって声を出して泣く為に使われた。


(死にたい)と堪らなく辛い時は声に出した。

 それでもダメなときは、命の電話に電話をかけてみた。


(ツーツーツーツー………)

 命の電話は、何度も何度も電話をしてみたのだが。

 私のSOSは届く事はなかった。


(あぁ、助けさえも届かないのか。)

(あぁ、死にたい人はこんなにたくさんいるのか。)

(あぁ、繋がらないなら意味が無いじゃん。)


 そして私は小さくなって、また泣いた。

 暫く泣き続けると、疲れ果てて脱け殻になる。そんな日々は、私をどんどん弱くした。

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