第46話 離婚調停2回目

 前回の調停で提出するように指示された給料明細と所得証明を私はすぐに用意して弁護士さんへ送った。

 そして、病院から貰ってきた診断書も一緒に提出した。



 前回の調停の日から、2ヶ月が経ち漸く2回目の離婚調停の日程が決まった。


 太陽はギラギラと照りつけ、私の体力を奪っていく。

(もしも、今日でダメならもう裁判にしよう。)

 私はそう心に決めていた。


「裁判になると慰謝料が減る可能性もあります。裁判官によります。多くとれる場合もありますけど、少し厳しくはなるかもしれません」

 そんな会話を弁護士さんとの打ち合わせで聞きながら、私は色々と考えていた。


 すっかりお決まりとなってしまった、白いシャツを来てネクタイを締めた。なんというか、"気合いのハチマキ"のような気分でもあった。

 黒いパンツは、新しくサイズの小さいものを買った。


(もったいないなぁー。)

 とも思ったが、ベルトをはめても意味はなく、履いていてもだらしなく見えてしまうようになったからだ。

 私の足取りはいつも以上に重く、なかなか前に進めなかった。


 いつものように階段を降りていき、生ぬるい嫌な風の洗礼を受ける。

(あぁ、それにしても暑い。)



 鞄に入れたペットボトルのお水を飲んで水分補給をしながら歩いた。


 この調停までの間にも、弁護士さんは相手の弁護人とやり取りを交わしてくれていた。その内容が、時々メールで送られてきた。


「先日の医師の診断書を相手方の方に送っております。娘さんもPTSDで苦しんでいらっしゃいますし、瑠璃様が病気に罹患された事を踏まえて内容を確認して下さいとお伝えしております。こちらの今回提出する内容の書類も一緒に送ってあります。今のところ、相手方から家庭裁判所に提出する書類もまだこちらには届いておりません」

 と返信があった。

 離婚調停の3日前だった。


(遅すぎる。)

 本当に酷い弁護人だ。



「あ、こんにちわ!」

 漸く迎えた離婚調停の2回目の日。

 同じ電車だったのだろうか。

 改札を出て、階段を上っている途中で弁護士さん達と出会った。


「お体の調子はどうですか?」

 と尋ねられる。

「はい。何とも言えないくらい体調が悪くて、仕事も大変です」


 弁護士さん達は色々な裁判を見てきている。

「精神的に参ってしまう方は、正直多いんです。特にこのような場合は、やっぱり負担が大きいですから」

 と、男性の弁護士さんは語って下さった。


「私は実は以前に、同じような事件を経験した事があるんですよ。それも、犯罪者側の方についていて。同じように、被害者は娘さんでした。やはりその被害者のお母様は体調を崩されましたから」

 と、少し辛そうに話をして下さる。


(世の中には知らない所で、たくさん辛い思いをしている人がいる。犯罪者が憎い。憎くて堪らない。)


 そして、家庭裁判所へ到着した。


(できればこれで最後にしたい。)

 そう思いながら、手荷物を籠に乗せて、私は壊れたどこでもドアを通った。


 何処にも行けやしない。

 何も変わりはしない。

 そんな夢のないどこでもドアが憎かった。



 前回と同じ調停委員さん。

「診断書が届いてますけど、体調どうですか?」

 と、最初に質問をされる。

「はい、調子は悪いです」

「大変ですものねぇ」

 と、女性の調停委員さんは私の顔を見ながら言葉を下さる。


 家庭裁判所の中は省エネなのか、冷房があまりきいてなかった。窓は空いているが、時折生ぬるい風が通るだけだ。


「そして、あちらの弁護人からの書類ですけど、届きました?」

 と弁護士さんは確認をされていた。

「はい、事務所を出る寸前にやっとFAXがとどきまして」

「ねー、今日の午前11時21分って。こんなギリギリなのは初めてですよ!」

 と調停委員さんは呆れていた。


 どこまでも最低な弁護人だ。


 そして、私の弁護士さんが話を切り出した。


「あのー、届いた文章と資料なんですけど」

 と、調停の当日に送られてきた書類を私もその場で受け取った。

「これね、おかしいんですよね」


(ん?おかしい??)


 私はごく普通の販売の仕事をしていた。

 それなりに名前の通った会社だったので、所得など勝手に書き換える事もできない。

 当たり前な話だが。


 驚いたのは犯罪者の給料明細だった。

 下請けをしている個人の会社なので、給料明細は手書きだった。仕事の内容は、高い所での作業だ。


 弁護士さんは、短い時間で資料を隅々まで確認してくださったのだろう。


「このお給料なんですけど、時給換算すると750円くらいになるんですよ。どんな働き方かは確認してみないとわかりませんがね」


「最低賃金より低いですね。あー、本当におかしいね」

 調停委員さんも首を傾げた。

「そして、細田さんは普通の販売のお仕事をされているのですが、細田さんのほうがお給料が高いんですよ。男性が高い場所で作業をするお仕事より、販売の仕事の方がお給料が高いっていうのがちょっと考えにくいというか。これは、労基で確認して貰う必要もあるかなと思います」


 社長に頼んで誤魔化して書いて貰ったのか、社長が小細工をしているかのどちらかだ。

 裁判になれば、調べが入る事になるだろう。


 調停委員のお二人も何やらノートにメモ書きをたくさんしていた。


「それとですね」

 私の弁護士さんは続けた。

(おっ?まだあるのか?)

 私は流れ落ちる汗を必死でタオルで拭っていた。



「この親子で交わされている賃貸契約書なんですけど」

 私も急いでページを捲った。

「あちらの主張からすると、島で生活を始めた時に契約書を交わしている事になってるんです。日付も島で生活を始めた頃になっています」


 確かに親子の名前が書いてあり、印鑑も押してある。契約書の日付は14年前になっていた。


「ただ、ここを見ていただきたいんです!これね、この契約書に使われている用紙なんですけど。1年前に改正された用紙なんですよ。これは、あり得ない!」


 弁護士さんが一瞬、キリッとした表情に変わった。


 契約書の用紙などは市販されていて、仕事で使う人も弁護士も一般の人も自由に購入できるそうだ。

そして、その用紙の右下には小さな文字で印刷されている。

〈◯◯◯年◯月改正〉

 確かにそれは、1年前に改正された用紙だったのだ。


 弁護人が入れ知恵をしたのか、犯罪者側が調べて購入して作成したのか、それは定かではないが。


「これは明らかに書類の偽造に当たります!そして、その偽装した書類で細田瑠璃さんにお金を請求していますので、これは詐欺罪に当たります。勇二さんは、現在執行猶予中なので、裁判をする事になれば実刑になりますよね」


 もう、私は殆ど話をしなくて良かった。

 私の弁護士さん達は、何とかして私を守ろうとしてくださっていた。

 仕事とはいえ、短い時間で見つけて下さった、私の微かな希望だった。


(実刑になれば娘は少しだけ救われる。)

 そんな風にも思った。

 ただ、私の体力が持つかどうかが問題だ。


 そして、調停委員さんに私は話をした。


「あの、実は私達親子は殆ど会えてない状態なんです」

 そこまで言って涙が溢れた。

「ごめんなさい……」

 私は言葉に詰まってしまった。

「大丈夫ですよ」

 と言われて、私はそのまま泣きながら続けた。


「娘もPTSDに苦しみ、仕事もまともに出来ない事も増えていて苦しんでいます。私も、離婚の話が進まなくて苦しんでいます。あちらの弁護人ではなく、勇二本人に直接伝えて下さい。あなたの犯罪で、私達親子もバラバラになってしまっているんだと、直接、調停委員のお二人から伝えて下さい!もう、調停は今日で最後です!この条件を受け入れて頂けないのであれば、裁判にするつもりです!宜しくお願いいたします」



 あの日から何度下げてきたかわからなくなった頭を、もう一度下げた。



 もう涙も鼻水も止まらない。

 弁護士さん達の前で泣いてしまったのも初めてだった。

 私は苦しかった。

 弁護人を黙らせて、伝えて欲しい。でなければ、弁護士さんが見つけて下さった(ズレ)を裁判で確認してもらうだけだ。


 階段で移動して、待合室へ移動した。


「はぁー、なんか、すいません」

 私は弁護士さん達に謝った。

「いえ、瑠璃さんの正直なお気持ちですから」

 私の弁護士さん達は、強くて優しい。



 暫くすると、調停委員さんが声をかけにきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る