第27話 3人とオッド

 今度は私も娘も薬を飲み、船酔いも軽くて済んだ。

 船を降りてから、オッドの移動の為に猫用のキャリーバッグを購入した。

「オッド、ちょっと狭いけど我慢してね」

 と、私はバスタオルをひいてオッドを中に入れた。

(にゃーん)

 とオッドは小さな声で鳴いて、丸くなった。

「オッド大丈夫かなぁ……」

 飛行機はいろんな意味で心配だったが、オッドを連れて行く方法はそれしかなかった。


 引っ越しをしてきた時と同じように天気も良かった。

 島に来た日と同じだ。

 綺麗な青い空の上に浮かぶ、白い綿菓子のような雲の上を飛んで、母親のもとへと向かった。


 真っ先に病院へ行きたかったが、オッドを連れていたので、その日は母親の家に先に帰った。

 母親の家はペット禁止だったので、しばらくは内緒で飼う事になる。

 娘は嬉しそうにキャリーバッグからオッドを出して、愛おしそうに撫でていた。

「オッド、これから宜しくね!」

「あ、おトイレとか、ご飯とか買わなくっちゃ!!」

「ほんとだ!」


 ただ長旅で疲れはてた私達は、

「しばらく休憩!」

 と懐かしい匂いのする部屋で寝転んだ。

(あー、帰ってきたんだ…)

 私は少しホッとしていた。島に残してきたお義母さんの事は心配だったけれど。



 そしてバタバタと買い物をして、夕飯はお弁当を買って食べた。

「んーーー美味しい!」

 娘は嬉しそうにチェーン店のお弁当を頬張った。料理が苦手な私達は暫くはそんな食事で生活をした。


 病院の面会時間が終わる頃、私と娘は母親に会いに行った。

「お母さん!遅くなってごめんね!」

「おばちゃん、大丈夫?」

 私達の姿を見て母親の目は潤んだ。

 しばらく会わない間に母親は少し痩せていて、顔色もあまり良くなかった。


「迷惑かけて、ごめんね……」

 力のない母親の声だ。

「おばちゃん、ただいま!」

 娘はにっこりと笑った。

「お帰り」

 母親も窶れた顔で笑った。




 それから、2週間ほどで母親の退院が決まった。

 毎日お見舞いに行くと、母親はにっこりと微笑んでくれる。

 顔色も少しずつ良くなってきた。

母親も安心したのだろう。


 母親の家のすぐ近くに手頃な部屋もすぐに見つかった。そこに私と娘は引っ越しをして新しい生活が始まった。

 母親の家と自分達の家を行ったり来たりしながら、新しい生活は落ち着いていた。娘の中学校もすぐ近くにあり、きちんとした制服で通学するようになった。



 それから1か月ほどたった頃、家に新しく荷物が届いた。

 勇二が仕事を終えて、引っ越しをしてくる。

 また3人での新しい生活が始まる。

 勇二は島へ引っ越しをする前に働いていた会社に戻れる事になった。



「ただいまー」

 久しぶりに見る勇二だ。

「お帰りなさい!」

 私と娘の為に、島からたくさんのお土産が届いた。

「あ、莉乃ちゃんからのお手紙だ!」

 娘は嬉しそうに封筒を覗いている。

「昨日ね、莉乃ちゃんが結ちゃんに渡して下さい!って持ってきてさ」

「ありがとう!」

 可愛いいピンク色にハートのシールが貼ってある封筒を手に、娘はにっこりと微笑んだ。


「もー、お土産の方が多くて大変だったよ。瑠璃も結ちゃんも島では人気者だったからなー。寂しがってたよー」

 勇二は大きな袋にいっぱい、島からの想いを運んできてくれた。


「ありがとう」

 私は泣きながら、お土産をひとつひとつ開けていった。


 勇二の荷物はすぐに片付き、仕事も復活した。


 島からの想いがたくさん詰まったお土産はアーッという間になくなった。

 私の苦手な魚は母親が煮付けにしてくれた。



 ごくごく普通の毎日が過ぎていった。

 勇二は島に残してきたお義母さんの事が心配ではあったが、魚ばかりの食生活から抜け出せて嬉しそうだった。

 時々、ハンバーガーやポテトが晩御飯になることもあるが。


 時々母親も交えて、家族に囲まれて幸せな時間が流れている。キャットタワーのお気に入りの場所でオッドはくつろぎ、娘はゴロゴロとリビングで携帯に夢中だ。


 ただ、オッドは勇二にだけは、なかなか心を開かない。

「オッドー」

 と勇二が呼んでも来ないし、抱っこしようとすると、(シャーーーー)と毛を逆立てた。

「俺は嫌われてるなぁ……」

 勇二は寂しそうに言って。

「ニャハハハハ!」

 と娘は笑った。


 私は新しい仕事を始めた。

 母親の生活を助ける為に。

 島のお義母さんに仕送りが出来るように。

 一生懸命働きながら、前に進んでいた。



 私達3人家族とオッドは、時には喧嘩をしながらも普通の生活を送っていた。

 島で住んでいた時のように広い家ではなかったけれど、家族で食卓を囲み、買い物に行き、テレビを見たりゲームをしたり。

 オッドは部屋の中で自由に遊び回り、娘の部屋で眠る。

 そんな平和な日常だった。


 そして、中学生だった娘は高校、大学と進んだ。大学も家から通える所だった為、ずーっと一緒に生活をしていた。

 アルバイトのお金は、アイドルのライブやグッズ、洋服やネイルだろうか、ものすごいスピードで消えていったようだ。

 気がつけば、成人式も終えて、就職先も決まった。

 また、自宅から通える距離だ。

「ねぇー、家賃少し入れるとか、1人で暮らすとかしたら?」

 と、私は時々口にした。

「なぁんにも聞こえないねぇー!オッドー」

 娘は素知らぬ顔をしてオッドを撫で繰り回して遊んでいる。

(よほど居心地が良いのか、甘えすぎだろ)

 と私は思っていた。

「結ちゃんは1人では無理だよ!」

 といつも勇二は娘を甘やかした。


(ま、いっか)と、そのまま3人と猫、そして時々、母親と。

 私達家族の絆は強くなり、これからもっともっと、暖かいものになる予定だ。

 最初の結婚生活とは全然違っていて、私は安心して生活を送っていた。


 籍を入れてからバタバタとしていた私達は娘を母親にお願いして、ふたりで旅行にも行った。

 島のお義母さんにもお土産をたくさん送り、時々電話もしていた。


 私と勇二が結婚してから14年ほど。

 勇二と知り合ってから20年くらい。

 小学生だった娘は社会人になり働き始めた。

 私は本当に毎日幸せだった。



(娘と出会うために辛い思いをしたんだな)と、最初の旦那の事をふと思い出した。

 こんな幸せが待っているよー!と、あの頃の自分に教えてあげたいな。

 そんな平和な時間だった。



 でも、幸せなのは私だけだった。

 勇二が引っ越しをしてきてから、私の知らない所で娘は少しずつ元気をなくしていた。

 もともと、口数は少なく、感情をあまり表に出さない娘。

 学生の頃は昼間は学校だったし、バイトの終わりに勇二はいつも娘を迎えに行った。

「ねぇ、ちょっと過保護過ぎない?」

 私は勇二に言ってたけど。

「何かあった時に後悔するのは綾だから」

 と車で迎えに行っていた。



 そんな娘も社会に出て数年、家に少しお金を入れてくれるようになった。

 私が娘を産んだ年齢を超えて大人になった。

 母親の体調も落ち着いていて元気になった。贅沢はできないけれど、普通の生活ができる。私の仕事も順調で、それなりの立場になった。

 あぁ、これぞ、まさに順風満帆!

 私の人生はやっと、船の帆を広げて風をいっぱいに受けて進み始めている。



 私は、そう思っていた。


 だが、実際は違った。

 私は何も知らずに。

 少しずつ少しずつ、娘を苦しめていたのだ。


 そして、とうとう娘は決心したのだ。

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