第28話 娘の決断

「今日はおばあちゃんの家に泊まるね!」

 と娘は出かけていった。

 特に変わった様子もなく。我が家にはオッドという家族が増えた為、殆ど外泊をしない。


 母親の家はWi-Fiが無いため、少し不便だった。

「珍しいね、おばあちゃんとこで寝るの」

 と娘と話をしていた。

「明日は休みだし」

 ポツリと娘が呟いた。

「オッドー、今日はお母さんとねんねしよか!」

(にゃあ)

 と返事をして貰った私はウキウキしていた。

 結局、オッドは娘の布団の上で一晩中寝ていた……

(まぁ、仕方ない)

 私はのんびりと布団に寝転がって携帯のゲームをしながら過ごした。



 その頃、乙葉は孫の為に食事の支度をしていた。

「おばあちゃんのご飯、なんか久しぶり!」

と嬉しそうな笑顔で食事ができるのを待っていた。

「サラダと、肉じゃがとサーモンのホイル焼きでいいかな?」

「うん、十分!」

 結は暫く携帯を触りながら、ソファーでうたた寝をしている。

 その手に握られた携帯は、ゆっくりと指の間から倒れていき、胸の辺りで止まっている。


「ご飯できたよー!おーい!」

 と起こされた。

「んーーーー」

 少し寝ぼけたまま、テーブルに座る。

 長く伸びた髪の毛は寝癖でボサボサだ。

「はい、温かいうちに食べよ!」

「うん、いただきまーす!」

 と顔の前で手を合わせ、嬉しそうにお箸を手にした。


 アルミホイルを開くと、お味噌の香りが広がった。サーモンの上には玉ねぎやえのきなどの野菜ものっている。

「美味しい!」

 と嬉しそうに食べていた。


 食事をしながら、結は思いきって乙葉に告白をした。

「おばあちゃん、勇二がね……」

 サーモンのホイル焼きをまた一口食べる。

 そして、ゆっくりと飲み込んで、お茶を一口飲んだ。


 乙葉の顔を見ること無く。

 勇気を持って口にした。

「勇二が体を触ってくる」

「はっ?!誰の?」

 乙葉は意味がよくわからない。

「勇二が、私が寝てるときに体を触ってくる……気のせいだと思いたかったけど…。

気のせいではなくて。昨日の朝方は触られて目が覚めてしまったけど、寝たふりをして動いたら止まった。お母さんにも怖くて言えない。どうしたらいい?」

 と、涙をこぼし始めた。

 結が、ずっとずっと我慢していた言葉をようやく口に出せた瞬間だった。


「えっ?いつからそんな事されてるの?」

 乙葉も気が動転している。

「最初は島に住んでいた時だった」

 もう結の涙は止まらない。

 持っていたお箸を置いて、泣きながら伝えた。

「し、島を出る前に、お、お母さんが準備で帰って来るの遅くて。ヒック……」

 涙でうまくしゃべれない。

 乙葉はとにかく結を落ち着かせようと背中をさすった。

「ゆっくりでいいよ、ゆっくりでいい」

 それでも、結は必死で続けた。

「勇、二の、、お、お義母さんも、か、買い物に、いっ、行ってていなくて、」

「その時に何かされたの?」

 こくりと結はうなずいた。

 結の顔は真っ赤で、涙でびしょびしょになり、とても辛そうに歪んでいる。


「辛かったね、辛かったね………」

 乙葉は結を必死で抱き締めた。

(勇二さんを絶対許さない!何とかしないと!)


 島を出たのは、中学生の頃の事だ。

 結は今、成人して働いている。

 計算すると14年くらい経っている。14年もの間、結はひどい目にあっていた。寝ていて気づかなかった事もあるかもしれないと、泣きながら結は語った。


「お茶飲もう!」

 乙葉は結に温かいお茶を入れた。

 二人で涙を流しながら、お茶を飲み、また少しずつ食事を始めた。

「食べれる?温め直そうか?」

 と乙葉が結に聞くと、ううん、と首を横にふった。


「このままでいい」

 そう言ってゆっくりと食事の続きを食べ始める。

 乙葉の顔は怒りで真っ赤になり、結の顔は涙で真っ赤になった。


 二人の涙は止まる事もなく、頬をこぼれ落ちる。

「明後日、お母さんが仕事から帰ってきたら、二人でお母さんに話をしようか」

「お母さん、明後日は帰り遅いよ?」

 結が乙葉に告げると、

「遅くてもいいよ、結の事が大事だから」

 結はまた静かに泣いた。


(やっと言えた。)


 島を離れる前に、母親は裕子さんのお店に行って帰ってくるのが少し遅い日があった。

 勇二の母親もみっちゃんのところにお買い物に行って居なかった。

「結ちゃん?」

 と勇二が部屋に入ってきた。

 学校から帰って来て、ベッドにうつ伏せに寝転がって携帯でゲームをしていた。

「んー?何?」

 と返事をした時だった。

 勇二がスカートをめくり、足を触ってきた。

 びっくりしていると、体を上に向けられた。

 制服もどきのシャツの上から胸を触られ、耳元で言われた。

「お母さんに言ったら許さないからな!」

 体を色々と触られた。

(やめてー、誰か助けて!怖い……)


 しばらくの間、勇二に触られた。

 これ以上やられたら大声で叫ぼうかと悩んだ時、(ガチャ)と玄関が開く音が聞こえた。

「言うなよ!」

 と念を押して勇二は部屋を出ていった。



 あの時だけで終わりだと思っていた。

 だから、誰にも言わずに忘れようとも思った。

 間違いだったかもしれないと思うようにした。


 島から帰ってきて、新しく生活が始まって、なかった事にできると思った。

 だが、朝方に何度か違和感を感じる事が時々あった。寝ている時だから、はっきりとはわからない。勇二は私のお父さんなんだから、そんな事するはずない………と、思いたかったのかもしれない。


 そして、母親に言うのも怖かったのかもしれない。

 母親はどうなるのか心配だった。

 だって、お母さんとは別れて欲しいから。

 もう我慢ができないから………。


 乙葉も内心穏やかではない。

 勇二の事を信用していたのに。

 絶対に許せない。

 そして、瑠璃にはどうやって話をしよう。

  瑠璃はどんな風に考えるだろうか、と不安にもなった。


 その日の夕食はゆっくりと、だけどちゃんと最後まで食べた。

 涙の味が、たくさんした。


 その夜、結は久しぶりにゆっくりと眠れた。

(あいつはいない。)

 それだけで、安心できたのだろう。

 携帯電話の目覚ましも解除して、ゆっくりと休日の朝を迎えた。

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