第26話 出発

 そして私は島まで来てくれる引っ越し業者を探して、段取りを組んだ。

 荷物を少しずつ箱に積めていく。


 島から離れるのも寂しかったが、私は早く母親の顔を見て安心したかった。

 そして、1人でバタバタと島を巡り、お世話になった人に会いに行った。

 島を出る事は言わずに、偶然会ったかのように私はみんなと会話をしてまわった。


 今日は最後に裕子さんのお店に来た。

「あら、瑠璃さん!」

「急だけど、いいですか?カットを……」

「なぁに、いつでも大歓迎さぁ!」

 島で唯一の美容室、(パーマネント フラワー)だ。


「どんな感じに切るかねぇ?」

「うーん、毛先を揃える感じでお願いします」

とカットをしてもらった。

 裕子さんは、おしゃべりが大好きでとても楽しい人だった。

 話をしながらも、器用にハサミを動かして私の髪の毛は少しずつ床にパサパサと落ちていった。


 何気ない話をして終わって帰る頃にはすっかり暗くなっていた。

「あら、ごめんねぇ。私しゃべりすぎだわぁー。由紀子さんや勇二さんが心配しとるでなぁー」

と笑っていた。


「お義母さんは今日はみっちゃんとこにお買い物行ってると思います!勇二さんと娘は待ってるかも!」

と私は笑顔で返した。

(ありがとうございました。さようなら。)

と心の中で頭を下げた。

『ありがとうねぇー』と、裕子さんはお店の外に出て、手を振って見送ってくれた。

「またきまーす!」

といつになるかわからない約束をして、手を振って私は家へと向かった。



(これで、後は明日の朝役場に行って。

黒田さんとのお別れをしなきゃ。引っ越し業者さんも明日には来るから、急いで荷造りを仕上げなくちゃ!!!)

 私は薄暗くなった道を急いで帰った。



 家に帰るとリビングに勇二がいた。

「ただいまー!遅くなってしまったわー。お義母さんは?」

「さぁ、まだ買い物じゃないかな」

「あれ、結は?」

「部屋にいると思うよー」


 娘はなぜか、電気も付けずにベッドに座っていた。

「ただいま!結、電気くらいつけたら?」

「お帰りー」

 オッドを膝に抱いて撫でながら呟いた。

「荷物の用意はできた?」

「うーん。あとちょっと残ってるー!」

「荷物は急いでね!早く着替えなよー!」

「うーん」

と娘は静かに答えた。

 何だか娘の様子が気になったが、

(ちょっと寂しくなっちゃったのかな)

 私はそう思って、あまり気にはしなかった。

 そして、私はバタバタと片付けをしてまわった。

 とにかくこの日の私は、先の事で頭がいっぱいだった。


 娘の様子がいつもと少し違うけれど、引っ越しのせいだと思い込んでいた。



 翌朝、娘はいつも通り朝食をとり、学校へ行った。

「行ってきまーす!」

 とお義母さんにも声をかけて。

 そして、私は残りの荷造りをしながら、引っ越し業者さんが来るのを待っていた。



「黒田さーん!細田です!」

 いつものように玄関を開けて大きな声で呼ぶと、コロが出迎えてくれた。

「あれ?どしたー?昨日は叫び声、聞こえてないけど???」

 不思議そうに黒田の奥さんは笑う。

「アハハハ、今日はちょっとご挨拶に」

「はれぇ、何の?」


 えーーーーっ!と、黒田さんは固まっていた。

「なんでぇ、また、急に……」

「……すみません……」

 コロを撫でながら、しばらく話をしていた。

「ま、仕方ない事だわな……」

 寂しそうに黒田さんは呟いた。

「もう少ししたら、引っ越し業者さんが来るので」

 と、私は自宅へ戻った。



 引っ越し業者さんが自宅に到着して荷物を運び始めると、噂は広がっていた。

 学校から娘も帰ってきて、本格的に荷物は運び出されていく。

 黒田さんも、またうちにやって来た。

「由紀子さんも寂しくなるなぁ」

 と呟いている。

「お義母さんの事をよろしくお願いいたします」

 私はできる限りの事をして島を離れたかった。


「まぁ、私達は近所で助け合いだから。ほんで、みんな出ていってしまうの?」

「勇二さんは仕事が落ち着いてから、島を離れるそうです。私と結は明日の朝イチの船でで本土に渡って飛行機で帰ります」

「ホントに急だ事。寂しいのぉ」

「長いお休みには遊びに来ますから」

 私もお義母さんをまた1人にしてしまう事には胸が痛んだ。

 そして、荷物は全て引っ越し業者さんが運び出してくれた。

 荷物は私達より、人足先に船に乗って島を離れていった。


 そして、なぜかのら猫のオッドもフラりとやって来た。

「あら、オッド」

(お別れだね……)と、撫でていると体をすり寄せて甘えてきた。

(寂しくなるなぁ…)

 私は心の中で呟いた。



 島での最後の食事は豪華だった。

 珍しくお肉が食卓に並んだ。

「今日は船が来る日だったから、みっちゃん所に行ってきたよぉ」

 とお義母さんが、娘の為にトンカツをあげてくれた。

 娘は美味しそうにペロリと平らげた。

 昔、勇二と初めてスパゲッティを食べに行った日の事を思い出した。

 嬉しそうに食べる顔は大きくなっても変わらない。

「結ちゃん、また遊びに来てね!」

「うん、来るよ!楽しみにしててね!」

 とお義母さんと笑顔で会話をしている。



 この時は何も知らずにいたから。

 いろんな約束が果たせないとは思いもしなかった。



 デザートは私がケーキを焼いて、娘がフルーツを飾り付けた。

 みんなで揃って食べる、島での最後の食事はいつもより少しだけ賑やかだった。


 そして、いつもより少しだけ早く、それぞれが布団にはいって眠った。

 明日は朝一番の船に乗って島を出る。

 私達の新たな生活がスタートする。





 キーンと冷えた朝だった。

 私と娘は朝食を軽く取って、お義母さんにお別れをした。

「気を付けて行ってねぇ。寂しくなるから、私はここから見送るわねぇ」

 とお義母さんは、玄関先から手を振ってくれた。

 私と娘も手を振りながら、大きな荷物を抱えて船乗り場まで勇二に送ってもらった。

 船乗り場には、黒田さんや裕子さんが来てくれていた。


 涙が溢れた。

 幸せな島での生活は、あっという間だった。

「元気でねぇーーー!」


『着いたら連絡するね!』と勇二と会話を済ませて、 私と娘は船に乗り込んだ。

 進みだした船にいつまでもいつまでも、みんなが手を振ってくれた。

(さようなら、ありがとう!)


 すると、娘が声をあげた。

「あら、オッドだ!」

 のら猫のオッドが船に乗って来ていた。

「あら、オッド。来ちゃったの?」

 娘はオッドを抱き上げた。

「一緒に行こっか」

 声をかけると

(にゃぁん)

 と鳴いた。

 私と娘はオッドを連れて、島からどんどん離れて行った。

 たくさん名前をつけられていたであろう島ののら猫は、その時から(オッド)という1つだけの名前になり、私達の家族となった。

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