第25話 島を出る

 真夜中に突然携帯が鳴った。

 知らない番号だ。

 島の知り合いでもないし、登録していないので古い友人でもなさそうだ。


 こんな夜中だから、間違い電話かもしれないと思いながら、恐る恐る私は電話に出た。

「もしもし」

 何やら騒がしい所からの電話のようだ。

「もしもし?突然すみません。細田瑠璃さんの携帯電話でお間違いないでしょうか?」

 と訪ねられる。

「はい、そうですけど……」

「澤村乙葉さんの娘さんですよね?」

「あ、はい。そうですけど……」

 母親の名前だった。


 私は急に不安になって横を見た。

 勇二は何も気づかずに寝ている。

「あ、私、若葉総合病院の看護師の津田と申します。澤村乙葉さんが、救急車で運ばれまして……」

(えっ、救急車???)

「えっ、何かありました?母がどうかしました?」

とても動揺していた。

 母親はいつもいつも私と娘を助けてくれていた。大きな病気もせずに、元気なままだと思い込んでいた。

「細田さん?落ち着いて聞いてくださいね!大丈夫ですから」

 と声しか知らない看護師の津田さんは優しく私に言ってくれた。


 時々電話もしていたし、メールもしていて元気だった。

 その頃の父親は仕事で違う県で生活をしていた為、すぐに連絡が取れなかったようだ。

 病院の話によると、ここ数日目眩をよく起こしていて調子が悪かったそうだ。

 そして、とうとう救急車で運ばれて、暫くの間、詳しい検査をしながら入院することに決まったらしい。


 私が慌てて書いたメモは、手が震えていた為か、読みにくい乱れた文字が並んでいた。


 電話を切って暫くの間はぼーっとしていた。

(どうしよう。心配だし。)

 様子を見に行くには、距離が遠すぎる。

 今すぐにでも、病院へ行きたいのだが、明日の朝イチの船に乗って行こうか。

 それとも段取りをして暫くの間、向こうで過ごそうか……。

 冷静にはいられずに、思いを巡らせていた。

 そして、私は母親に何もしてあげられない悔しさで涙が溢れた。



 あまり眠れないまま朝を迎えた。

 休日だった為、娘はまだ寝ている。

 いろいろ考えたが、そのまま寝かせておいた。


 キッチンへ向かうとお義母さんが朝食の準備をしているところだった。

 勇二は新聞を広げ、珈琲を飲んでいる。

「おはようございます」

 小さめに声をかけた。

「あら、おはよう!」

 いつもと変わらずにお義母さんは振り向く。

「どしたの?何かあったのん?」

 お義母さんは、私のひどい顔を見て声をかけてくれた。

 それに気づいた勇二も声をかけてきた。

「どした?何かあった?」


 私は我慢できずに涙を溢してしまった。

 そして、夜中に病院から電話があったこと。

 そのまま入院になったことを伝えた。

「心配でたまらなくて……」


 勇二とお義母さんは顔を見合わせている。

「お見舞い行ってくるか?結なら、俺達おるから大丈夫だし」

(どうしよう……)

 私は返事ができずにいた。


 そこに、娘が起きてきた。

「お見舞いって、誰の??」

 話を聞いていたようだ。

「おばあちゃん、調子悪くてしばらく入院するんだって……」

 (えっ)と小さな声をあげて、娘はしばらくうつ向いていた。

「瑠璃さん、お見舞い行っておいでさ。結ちゃんなら私もおるし、心配ないし」

 お義母さんも言ってくれた。


(もしかしたら、私は帰りたくなくなるかもしれない………)

 母親の事を思うとそんな不安が頭をよぎる。

 その時だった。

「帰ろう!お母さん、おばあちゃんの所に帰ろう!私も帰る!お母さんと一緒に帰る!」

 娘が切り出した。

「結ちゃん、そんなに心配しなくても。大丈夫さぁ、ただ、暫く入院するだけでしょ。良くなって、退院できるから安心して、ね?」

 お義母さんが慌てている。

「そうそう、しばらく入院するだけだから、大丈夫だから」

 勇二が娘に声をかけた。



 娘は首を大きく横に振る。

「いや、帰ろう!島を出て、前の所に帰ろう!ね、お母さん!私はおばあちゃんとこに帰る!おばあちゃん、1人で寂しかったんだよ。だから病気になっちゃったかも」

 娘は涙をポロポロと溢し出した。

 実は、私も同じ気持ちだった。


「島を出る??」

とお義母さんと勇二は驚いている。

「お見舞いではなくて?」

 娘の涙は止まらない。

 勇二はどうしていいのかわからなくて、頭をポリポリと掻いた。

「お見舞いじゃくて。島から離れて帰りたい!おばあちゃんの所に帰る!」

 娘はずっと、寂しかったのかもしれない。

 お父さんができて嬉しそうにしていたけれど、やっぱり何かを我慢していたのだろう。


 そうさせてしまったのは、私だ。

 私が勇二と再婚をしたからだ。


 勇二と再婚して島に来てから、とても幸せな日々だと感謝している。

 のんびりと流れる島の生活は穏やかで。

 お義母さんも優しく、島の人達も良くしてくれている。

 けれど、母親の事はとても気がかりだった。

 そこへ、入院したと知らせが届いてしまったから。


 すぐに会いに行けない事が悔しくてたまらなかった。娘の涙を見ながら、私は覚悟を決めた。



「帰ります。帰らせて下さい。お願いいたします。娘を連れて島を出ます!」

と私は頭を下げた。


「瑠璃、本気??」

 勇二は不安げに尋ねてきた。

「本気。急に決めちゃってごめんなさい。でも、母親の所に帰ります」


 お義母さんは黙っていた。

 お義母さんをまた1人にしてしまう、それもまた苦しい選択ではあったのだけれど。


 そして数日間、細田家での話し合いは続いた。

 遅れて連絡が取れた父親がとりあえず病院には行ってくれている。

 母親の入院はしばらく続くようだが、体調は安定しているらしい。


 娘の意思は硬く、私も同じだった。

 そして、話し合いは終わった。

 私は娘を連れて、母親の所へ帰る事になった。そして、母親の家の近くで新しく住む場所を探して、引っ越しをする。


 勇二は仕事の段取り等もあるため、後から島を離れて引っ越しをしてくる事に決まった。


「お義母さん、本当に申し訳ございません。また1人させてしまって………」

 私は頭を下げるしかなかった。

「いや、もともと私は1人で暮らしていたんだからぁ、問題ないさぁ。ただ、寂しくはなるけどねぇ。瑠璃さんのパンも食べれなくなる……」

 寂しそうにうなだれてしまった。

「でも、夏休みとかに遊びに来るよ!」

 娘は嬉しそうに言った。

「梨乃ちゃんとも約束したもん!」

と笑った。

 その様子を見て、お義母さんも笑った。

「楽しみに待っとるわぁ!」

「うん、待ってて!」


 ただ、なるべく島の人には出発前まで黙っておくことにした。

 島での話はすぐに広がってしまうから。

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