第23話 のら猫達

 この小さな島は、本当にのんびりとした穏やかな島だった。

 本来なら、縁もゆかりもない瑠璃達は冷たくよそ者のように扱われたのかもしれない。

 だが、細田の家に嫁いできた嫁と娘という噂は一気に島の住民達へ広まった。


 娘が学校の入学式に参加する頃には、細田さんのお孫さんだと認知されていた。


 美しい海に囲まれたこの島には、のら猫達もたくさん生活していた。

 もちろん飼い猫もいるのだが、どこからともなく猫は現れる。


 広がる田んぼや畑。

 緑が生い茂る小さな山々。

 緩やかな坂道を登っていくと、そこには役場や消防署など生活に必要な場所が集まっており、のら猫達ものんびりと横切っていく。



 もちろん規模はとても小さい。

 そして、小さな診療所もある。

 生活に欠かせない重要な施設は、どの家からも集まりやすいように、島の真ん中の小高い土地に集められていた。


 唯一、スーパーだけは丘よりも下の方に存在する。

 週に1回、船で商品が送られてくるからだ。

 スーパーといっても、小さな商店だ。それが(みっちゃんの所)だった。

 島にはコンビニなど存在しない。

 唯一あるのは、飲み物の自動販売機だ。


 お肉やハム、パンやお菓子、お豆腐や納豆などは、ここでしか手に入らない。

 島では当たり前の事だったが、私達にとっては少し不便だった。


 テレビを見ていたら、

『このシュークリーム美味しそう!』

 って思ってしまう。

 今までなら、近くのコンビニに行って買うこともできたし、翌日パートの帰りに寄って買ってくることもできていた。

 だが、我慢するしかない。

 パン作りが得意な私は時々お菓子も作るようになった。

 もちろん、材料があれば……の話。



「みっちゃん、ヨーグルト買いたいので入れて欲しい!」

と、娘はよくお願いしてくれた。

「ヨーグルトかい?お砂糖入ってる小さなやつかい?それとも大きな箱のやつかい?」

 みっちゃんは希望を聞いてくれる。

「どっちでも良いよ!すぐになくなっちゃうから、いくつかお願いします。他の人も買いたいかもしれないし」

「あー、そうだねぇ。じゃあ、注文してみるねぇ!あ、結ちゃん。これ、お饅頭。美味しいよ!」

と、時々わけてくれるそうだ。

 娘はみっちゃんのお店の常連さんになった。



 細田家は島の中でも大きな一軒家だからだろうか。

 雨の日はのら猫達がよく遊びにきた。

 道ですれ違うのら猫達は、行く先々で名前をつけられているようだ。


 娘もよくのら猫と遊んで名前をつけていた。

 どの猫も可愛くて、煮干しやカリカリや缶詰めを買っておいている。

 初めて出会ったのら猫は白い小さなのら猫だった。

「ねぇー、お母さーん!!」

 またあの声だ……。

「なあに?」

「見てー、可愛いのら猫ちゃん!白くてまだちっちゃい!」

 娘の指差す方を見ると、白いのら猫がいた。

「ほんとだ、可愛いね!しっぽ曲がってるね!」

 娘にも見えたようだ。

「ほんとだー。ケガしたのかな?」

「なんかね、カギしっぽって言うらしいよ!幸せのカギしっぽ!」

「可愛いー!ねー、何かあげたーい!」

「食べ物あげていいのかな……」


 私達の会話を聞いていたお義母さんが声をかけてくれた。

「島のみんなで育ててるから、いいんだよ!煮干しならあるよ!」

 娘は急いで煮干しをもらいにいった。


「おいでー!煮干しだよ!」

(にゃーん)

 可愛らしい声に目を細めてしまう。

「あれ、このにゃんこ、瞳の色が左と右で違うね!オッドアイってやつじゃない?」

「えー、どれー?あ、ほんとだ!違うね!」

 可愛らしい、小さな白いのら猫はおしりの所に小さな黒いプチがあり、しっぽはくねっと曲がっている。

 左目は、神秘的なブルーの瞳で、右目は、琥珀の様な綺麗なゴールドの瞳をしている。

    

「可愛いー!名前つけてあげたい!」

「たくさん名前があったら迷わないかなぁ」

 私はふと口にすると、娘は嬉しそうに言った。

「ここに来た時にたくさん呼んであげたら覚えてくれるよー、絶対!!!」

 その自信はどこからやってくるのかさっぱりわからなかったが。

 しばらく悩んでいた娘は窓を開けて、大きな声でのら猫の名前を呼んだ。


「オッドーーー!!!」

「オッド?オッドアイのオッド?!」

「そうっ!今日からキミはオッドだよー!」

 娘が嬉しそうだったので、私も賛成した。

「オッド!おいで!」

 声をかけると、くねっと曲がったしっぽをフリフリとしてくれた。

「ほらっ、煮干しだよ!オッドおいでー!」

 娘が呼ぶと、しっぽをフリフリとして、恐る恐る歩いてきた。

「怖くないよー!オッドー!」

「にゃぁ」

 とそばに来てくれた。


 そして、娘の手から煮干しを咥えて、少し距離をとってからムシャムシャと食べ始めた。

「まだあるよー!オッド。ほらっ」

 オッドをここでの自分の名前だと認識したのだろうか。

 また、ゆっくりと近づいてきて煮干しを咥えて食べ始める。

 オッドはそのあとも煮干しを受け取り、ムシャムシャと食べた。

 オッドは食べ終わった後、綺麗に毛繕いをしていた。

 その様子をのんびりとふたりで眺めていた。

「人懐っこいべ」

と、お義母さんは笑っていた。


 オッド以外にも、真っ黒いネコや、茶色いぶちのある猫達が雨が降るとよくやって来た。

 細田家は、雨宿りしやすいのだろうか。

 濡れるのを嫌うのら猫達は、よく集まってきていた。


 のら猫達は自由なので、食べ物を貰うとすぐにお気に入りの場所などに行ってしまう。

 だが、オッドだけは毛繕いをしながら側にいてくれるのだ。

 そして、そーっと頭を撫でると気持ち良さそうな顔をするようになった。

(可愛い……)

 娘と私は特にオッドを可愛がっていたかもしれない。

 たまにゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくれると、可愛くてしかたなかった。


 娘は色々と他ののら猫にも名前をつけて呼んでいた。

「オッド!チョコ!おいでー!」

と名前を呼び、猫の缶詰めや煮干しを与えて可愛がっている。

「あら、黒スケ!」

 今日もまた、いろんな所からのら猫達が遊びに来ているようだ。


 雨は憂鬱だけど。

 そんな日は、のら猫達がやってきてくれる。

 ほんの少し楽しみができた。


 そして、小さかったオッドは、あっという間に大きくなっていった。

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