第20話 島に住む

 出発の日は母親が見送りに来てくれた。

 母親をひとりで残して行くのはとても心配だった。父親は仕事の都合でほとんど家には居ない。母親が寂しくなってしまう事はとても心配だった。

 長い間、娘の世話を手伝ってもらったし。私が入院してしまった時も、ずっと娘の事をお願いした。

 娘が大きくなったのは、半分は母親のお陰でもあった。

 そして、私は出産後に家に送って貰った日の事を思い出していた。このまま実家に連れて帰って欲しいと、心で願ったあの日。

 今の母親の気持ちを考えると、胸が締め付けられそうだ。

「大丈夫だから、心配いらないよ!」

 母親は笑顔で言ってくれた。



 母親とはなかなか会えなくなるな、と私も寂しくて仕方がなかった。

「元気でね!気を付けてね!」

と、母親は寂しさを隠しながら見送ってくれた。


 そう、離れてしまうのは寂しいけれど。

 私はこれから幸せな生活を送っていけるのだから。迷惑をかけてきた分も幸せにならなくては。


「お母さんもね、ありがとう!電話するから!」

と、私も母親に手を振る。

 涙が溢れたが、構わずに手を振り続けた。


「おばぁちゃん、お手紙書くね!

 娘は元気に手を振った。

「行ってきまーす!」

 娘は珍しく大きな声で何度も何度も言いながら振り返っている。

 こうして、私達は3人で住み慣れた街を離れて飛び立った。




 娘は初めて飛行機に乗った。

 飛び立つ時は私の手をギューっと握りしめて怖そうだった。

 実は私も飛行機が苦手だった為、私もまた娘の手をギューっと握っていた。

 天気も良かったので、飛んでしまえば何て事はなく、空の旅は景色を楽しめた。澄んだ青い空の上に広がる、真っ白い綿菓子のような雲の上を私達は飛んだ。



 そして、今度は島へと渡る船に乗る。

 そんなに大きくはない船だ。

 船は少し荒れた海を進み、私達は何とか無事に島へとたどり着いた。

 船は想像以上に波に揺られる。

「島へ渡る海はいつもこんな感じだよ」

 勇二は強い潮風に吹かれながら、私達に言った。

 私と娘は船の揺れに耐えるのが大変だった。




 想像していたよりも小さな島だった。

 船乗場の階段は細くて、(大丈夫なのか?)と不安になるくらいだ。


 漁港にはたくさん船が並んでいる。

(島では漁師が多いから)

勇二から聞いていた通りだ。



 私も娘も、慣れない長旅の疲れと船酔いで、島へ到着してからもしばらく動けなかった。

 まず、まともに歩けない。船乗り場から、家までは歩いて行ける距離なのだが、私と娘はまずはそこで休憩だ。

 勇二は笑いながらも心配してくれている。

「大丈夫?」

「だいじょばん……」

 蒼白い顔で娘は言った。

(ふっ)と私も具合が悪いのに笑ってしまった。娘が大丈夫じゃない時によく使う言葉。

 大丈夫じゃない時に私が昔言ってたのを真似をして使っていた。

(こりゃー、お義母さんへの挨拶できるかな)

 私は不安だった。

 引っ越しの片付けもすぐにはできない。


 私達はしばらく潮風に吹かれながら波の音を聞いて、ベンチで休憩していた。


「あれ?勇二かぁ?」

「はい」

 島の人に声をかけられている。

「帰ってきたんかぁー!れれっ?新しい嫁っこさんか?おろっ?」

「妻の瑠璃と、娘の結です。今、船酔いでダウンしてるので、すみません」

 勇二が変わりに挨拶をしてくれるので、私は軽く会釈をしておいた。


 日が傾き始めた頃、ようやく立ち上がり、勇二の家へとゆっくりと歩きだした。



 勇二の母親は細田 由紀子さん。

 勇二の父親は亡くなってもう居なかった。

「遠いところ大変だったでしょ?」

 勇二の母親は優しかった。

「ちょっと、私達は船酔いで……」

 休憩はしたのだが、とてもじゃないけど、キチンとご挨拶すらできない状態のままだった。

「そうよねぇ。気にしないで大丈夫だから。ゆっくり休んでね!これから、毎日顔を会わせるんだから、無理に挨拶せんでもええよぉ。心配はいらんよぉ。

この島は小さい島でのんびりしてるから」

「ありがとうございます」

 私は蒼白い顔で、答えた。

 娘は完全にアウトだ。



「そこのソファーで、ふたりともしばらく休むといいよ!」

 勇二は1人で大きな荷物をとりあえず片付けてくれた。

「うーん。結、ゆっくりさせてもらお」

「うーん」

 その日は親子で仲良くダウンした。


 目覚まし時計もかけずに、ゆっくりと眠っていた。

 小さな島は色々な音が奏でられている。都会のような車の音は少ない。鳥の囀ずりや、風に揺れる葉っぱのざわざわとした音。

 ご近所さんの笑い声。

 遠くからかすかに聞こえてくる小さな海の音。


 島で迎えた初めての朝は、とても心地よい目覚めだった。

(んぁーー、寝すぎて体が痛い……)

 娘の足が乗っかっていた。

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