第18話 始まり

 仕事が終わって、私は自分が乗ってきた自転車をお店に置かせて貰うように店長にお願いした。

 そして、細田さんの車の助手席に乗り込んだ。私がシートベルトをカチッとはめると、細田さんは車を走らせて近くのファミレスへ向かった。


(車の助手席に座るのはどれくらいぶりだろうか)

 前の旦那の会社の車に何度か乗せて貰った事がある。もしかしたらそれ以来かもしれない。

 私の緊張が細田さんに伝わったのだろうか。

「緊張してますか?」

と、信号待ちで声をかけられた。

「そうですね。私、免許はあるのですが車は持っていないので」

「なるほど。安全第一で運転するので大丈夫ですよ!」

と、細田さんは優しく微笑んだ。


 ファミレスに着くと、ソファーの方に座るように促された。

「そっちの方がゆっくり座れます」

 私は今まで、いつも椅子の方だった。前の夫との外食はほとんどなかったが、行けばソファーには自分が先に座るタイプだったし。自分が食べ終われば早く帰るぞと言わんばかりに私は圧をかけられていた。


 お茶とデザートを食べながら、私は細田さんと色々な話をした。


 細田さんは遠く離れた小さな島の出身だそうだ。

 少し前に御父様が亡くなってから、お母様が1人で暮らしている事。

 島の家はわりと大きな家らしく、細田さんがいつ戻ってきても良いようにと部屋も用意されている事も聞いた。


「あのー、それと僕はバツイチなんです」

 細田さんは、うつむき加減で私に伝えた。

 小さな島では噂が広がりやすくて、何だか息が詰まっていたそうだ。それで、遠く離れた場所に住んでいると細田さんは話をした。



「あ、そうなんですね。お子様は?」

「子供はいません」

 まっすぐな視線。

 私は少し目線を落とした。

「あ、そうなんですね」

 ホットココアを一口飲んだ。

 私はしばらく考えてから、思いきって口を開いた。


「あのー、実は私もバツイチなんですよ」

「えっ?そうなんですか?」

 細田さんは少し驚いている。その時の私は26歳になったばかりだった。幼く見えていたのだろうか。

 細田さんは私より4歳年上だった。

「若い時に結婚したんですよ。子供も1人います。私が育てています」

 私は正直に答えた。

「え、じゃぁ、今は?」

と時計を見て聞かれた。

「あ、母親が見てくれてますから」

「あ、そうなんですね」

 それから暫くは、私の子供の話をした。子供は娘だということや、小学生になった事、以前の結婚生活での苦しかった話などをたくさんした。

 細田さんも、前の奥さんが島に馴染めずに喧嘩が増えて離婚したと話してくれた。

 しばらくして、細田さんは、コーヒーを飲み干して言った。



「あのー、今度娘さんも一緒にご飯でもどうですか?」

これが、細田さんとの始まりだった。


(結婚するわけではないし。一度会わせて娘が嫌がったらやめよう。)

 私はそう決めていた。



 その日から仕事終わりに軽く食事をしたり、お茶に行ったり。


 初めて細田さんと娘を会わせた日。

 娘はお気に入りのキャラクターのついたTシャツを着て、少し緊張ぎみだった。


 細田さんも子供は苦手らしく、どう接していいかわからないようだった。

「結、細田さんに、こんにちわってして!」

と私は娘に促した。

 少し恥ずかしそうに、うつむきながら

「こんにちわ……」

と娘は言った。

「こんにちわ。結ちゃん、ご飯食べに行こっか!何が食べたいですか?」

 細田さんは優しく丁寧な言葉で娘に尋ねた。


「スパゲッティ」

娘の大好物だ。

「よしっ!じゃぁ、スパゲッティ食べに行こう!お店はどこでもいい?」

「うんっ!」

 娘は嬉しそうに返事をして私の手をぎゅっと握って歩き出した。


 いつも、私が連れていくのはフードコート。

 そして、なるべく安くてボリュームのあるものを選び、ふたりで分けて食べていたから。


 娘の心はルンルンだったのだろう。


 そして、車で少し走って到着した。私も行ったことがない、少し高そうなお店に足を踏み入れた。

 私と娘は少食だった為に、いつも1人前のものをふたりで分けて食べていた。


 その日は細田さんが最初に言った。

「結ちゃんも瑠璃さんも好きなものを頼んで下さい。残ったら、僕が食べるので……」


 その時、娘の瞳が輝いた。

「スパゲッティとデザート頼んでもいい?」

「そんなに食べれる?」

と私が聞くと、娘は嬉しそうな顔で返信をした。

「うん!食べれる!」

(嘘だぁー)

 私はわかっていた。


 確かに娘も私も食べきれずに残してしまったが、細田さんは残りをきれいに平らげた。

 娘はデザートだけは残さず食べた。

 小学生になりたての小さな娘のお腹は、パンパンに膨らんでいた。


 夜は私が働いていた為、娘の食事の量がそんなに増えている事に気づかなかったのだ。

「おかな、いーっぱい!!!」

 満足そうにお腹を撫でながら、娘は笑顔で言った。

(おなかをおかなと言ってしまう癖はなおってないんだ……)

 可愛いので、私はそれを自然になおるまでそのままにしておいた。


 それから毎週のように、一緒に出かけるようになった。

娘に

「細田さんとお出かけする?」

と聞くと、

「うん!」

と笑顔で頷く。


 なので、私はそのまま細田さんと過ごした。

 それからは娘も一緒に出掛けたり、買い物に行ったり。

 細田さんと私達の3人の糸が少しずつ重なり始めた。

 そのうちに(細田さん)ではなく(勇二)と呼ぶようになった。



 勇二と私は一緒に過ごすようになり、娘も休みの日は一緒にでかける。

 それが当たり前の日々になった。



【幸せな時間】が始まった。

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