第17話 出逢い

 しばらくすると、パートも長い時間できるようになってきた。


 色々な困難を乗り越えながら、私達は何とか暮らしていた。

 役所へ行き、相談を何度もした。


 そんな努力の甲斐もあってか、母子家庭として受けれるサービスを受けるべく、実家の近くに私は安いおんぼろアパートを借りれる準備が整った。


 羽が生えたのではないかと思った時から数年かかった。

(あー、長かったぁーーー)

 けれど、金銭的には楽な生活ではない。


 借りれたのはとても古い2階建てのアパートだ。

 どこの国の出身かもわからない言葉が下の部屋から聞こえてくる。


 玄関の扉に鍵が差しっぱなしの部屋には、耳の遠いおじいちゃんがひとりで暮らしているらしい。


 錆びついた階段を登って、3つ目の扉が我が家だった。

(いたっ!)

 錆びて所々塗装が剥げた手すりは、気を付けないとケガをする。


(カンカンカンカン)

 階段の登り降りには音が鳴り響く。いつ崩れてもおかしくはないくらいに古い建物。プレハブのような玄関を開けると小さな靴箱がある。


 靴を脱いで(ガラガラ~)とすりガラスの扉を開けると台所がある。

 お湯は出ない。お風呂もない。

 ないないだらけの部屋。

 小さな四畳半の部屋と六畳の部屋は襖を開ければそこそこ広く感じる。

 一番奥に小さな押し入れとトイレがある。昔ながらの古い便器に小さなタイルの床。

 歩けばギシギシと畳の音がする部屋だ。


 貰った冷蔵庫やテレビ、こたつを置いた。

 エアコンは備え付けの古い物で、音はうるさいし、真っ黒なカビを掃除しないと使えない。

 でも、ないよりましだ。

 そして、ペラペラの絨毯も貰い物を敷いて生活が始まった。


 娘は基本的に母親の家で生活をする。古い土壁の部屋は埃っぽくて、アレルギーもちの娘には可哀想だった。私が使っていた部屋は娘の物になっていく。

 私はほぼ寝るためだけに実家に帰る。

 洗濯機もないので、実家で回してアパートで干す。

 窓から身を乗り出して洗濯物を干すのだが、正面には別の家の窓があり、とても陽当たりの悪い部屋だ。

窓からそよ風すら入って来ない。


 ただ、住所は移して、私はある程度利用していたので、母子家庭としての申請は受け付けて貰えた。


 小学生になり、娘は少しずつ病気をしなくなってきた。

 私は昼も夜も働いた。


 私が働いていたのはつけ麺の美味しいラーメン屋さんだ。

 お昼ご飯は賄いが付いていたのでとても助かる。


 幹線道路に面した小さなお店。店長が仕込みをして、ラーメンを作る。

 そして忙しい時間帯は奥様が厨房を手伝っていた。


 私は基本的にホールをひとりでこなし、たまに洗い場にも入る。とても良いご夫婦で私は楽しく仕事ができていた。


 その頃良く来ていたお客さんがいた。

 最初はたまーに来ていたが、そのうち毎日来るようになった。

 私は夕方の開店準備を任されるようになっていたため、1人でその日の買い出しをして、開店準備をしていた。

 ある日、開店前にやって来た。

「あの、すいません。もうしばらくお待ち下さい!」

私は声をかけた。

「はい、早くに来てスミマセン」

 彼はいつも敬語で丁寧な人だった。

 急いでオープンさせて、店内に彼を迎え入れる。もうそろそろ店長も到着する頃だ。

 何気ない会話をしていた。

「あのー、僕は細田 勇二といいます」

「あ、澤村 瑠璃と申します」

「はい、名札を見てるのでお名前は知ってます」

 私は自分のエプロンに付けられた手書きの名札を見た。

「あ、そっか!」

 私は思わず笑ってしまった。

 細田さんも笑った。



 それからも毎日、細田さんはラーメンを食べに来た。とんこつラーメンとつけ麺を日替わりで注文して、ゆっくりと食べて帰る。

 ある日、私は聞いてみた。


「あのー、毎日うちのお店のラーメンって飽きませんか?」

 すると、細田さんは少し苦笑いをした。

「メニューを変えて注文してるんですけど、さすがにちょっと……」

「ですよねー」

 私が口にした事で少しホッとしたのだろうか。細田さんが椅子に座り直して言った。

「あの、仕事が終わったらどこか行きませんか?」

「……へっ???」

 私は驚いていたが、よく考えると納得ができた。

 いくらラーメン好きでも、毎日毎日同じラーメン屋には通わないよね……。

「えっとーーー……」

 私は何と答えたら良いのか、戸惑っていた。

 すると、細田さんは優しい声で言った。

「息抜きに、ちょっとお茶でも……」

「あ、はい」

 私は、彼の誘いを受けることにした。

 細田さんは、良く日に焼けている。無精髭は、数日に一回キレイになくなる。見た目とは違い、優しい言葉使いは私の中では好印象だった。



 いつも私達を見ていた店長はにっこりと笑って、何も言わずに頷いていた。

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