第14話 実家

 タクシーに乗り込んで行き先を告げる。

 娘は大人しく、外の景色を見ていた。昼間でも普段は混む道も、なぜかスムーズに進み実家にたどり着いた。

 小さな娘を抱っこして、大きな荷物を2つ抱えてふらふらとしながら玄関の前に荷物を下ろす。

「ちょっと待ってねー」

と娘に話しかけながら鍵をあけて中に入った。


 その頃の娘はとても可愛い盛りだった。

 この世に産まれて来た時は真っ赤なゴリラだった娘は、薄い髪の毛がやっと伸びてきていて、風に吹かれると柔らかく揺れる。

 笑うと小さな歯が見えて愛くるしかった。



 何も知らないし、何も理解できない小さな娘は無邪気にオモチャで遊びだした。大好きな画用紙とクレヨンを持たせると、やっぱり小さくなった赤いクレヨンを手にする。そして、机の上で画用紙の大きさを超えたお絵かきが始まった。

(おぃおぃおぃ!)

机に落書きが……。

 そして私は、流れてくる涙を娘にバレないようにぬぐった。



 夕方、仕事から帰宅してきた母親はビックリしていた。

「どしたん?こんな時間におっても大丈夫なん?」

(そりゃ、驚くよなぁー)と内心ドキドキしていた。

「うん、大丈夫!」

「旦那さん、遅いからゆっくりできるん?」

と聞かれる。

 旦那が厄介な人である事は母親も十分承知していた。孫に会いに来ても、旦那と会わないように

いつも早めに帰っていたから。


「ばぁばぁばぁばぁ……」

この時期は時々、小さな怪獣が現れる。

 娘が何かを喋っている。


「今日はゆっくりできるの?結ちゃん!」

母親は娘を抱き上げて、嬉しそうにゆらゆらと体を揺らして娘をあやしている。



「ゆっくりできるし、今日は帰らん!」

私は言葉少なく、母親に言った。

「泊まってくん?」

「うん、泊まってく!」

しばらく母親は黙っていたが、やっぱり気になるのだろう。


「旦那は大丈夫なん?明日帰るん?」

母親も何かを察したのか。

 可愛い孫を抱っこしながら尋ねる。

 それとも、厄介な旦那だから心配したのか。


 私はさらりと母親に伝えた。

「泊まるよ!ずっと」

「ずっと泊まる?いつ帰るん?」

「もう、あそこには帰らないから!」

私は、もう限界だった。



 その後の会話の記憶などはない。

 とりあえず何も考えずに、逃げ出したのだ。

 娘が2歳になって間もない頃の事だったと思う。



 帰宅して、真っ暗な部屋を見た時の旦那はどんな顔をしていただろうか。

 キレイに片付けられた部屋で旦那は何を感じたのだろうか。

 置き手紙ひとつせずに目の前から消えた、妻と我が子の事をどんな風に思ったのだろうか……。

 その当時はそんな事考えもしなかったけれど、今はふとそんな事を思う。

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