第12話 地獄の日々
産まれたての娘に名前をつけて、役所に出生届を提出にいく。
退院の日に、そのまま役所の近くを通るので提出して家に帰れる。
会社の営業マンだから、車で仕事をしているし。
そんな時くらい、何とか都合はつくのではないか?と旦那に確認をとるが。
「無理!」
という訳で、私は自分の父親に無理やり頼み込んで、 役所へ寄ってもらい出生届を提出した。
そのまま実家へ娘を連れて帰る事になった。
娘には『結』と名前をつけた。
たくさんの人とご縁で結ばれて欲しかったから……。
ただ旦那は自分の初恋の人の名前をつけようとしていた。
さすがの私もそれには猛反対をして抗議をした。
(危なかったー)
本当のグズ男というのはこうゆう人の事をいうのだろう。
私は気づくまでに時間がかかりすぎた。気づいていたけれど、認めたくなかったのかもしれない。
出産後は母乳が出るように、助産婦さんが毎日胸のマッサージをしてくれた。
それが、とても痛い。
だが、我が子の為だ!と我慢をして耐えた。
旦那の産まれたばかりの娘への面会は少なく、『頑張ったね!』などという、労いの言葉のひとつもないまま、時間は流れた。
義理の両親も一回会いに来ただけだった。
それよりも、自分の30歳を過ぎた息子の食事のほうが気がかりだったようだ。
(情けない、本当に私は一体何を頑張っているのだろう)
時折そんな事を考えてしまう。
同じ部屋で出産後の母親同士で色々な話をした。
お昼休みを使って我が子と奥様に毎日会いに来る旦那様から言葉をもらった。
「うちの嫁も長い時間かかって大変だったんですけど。奥様も若いのに頑張って大変でしたね!お互いにおめでとうございますですね!」
と、嬉しそうな笑顔で言って下さった。
「ありがとうございます」
私は、自分の旦那には貰えなかった言葉を同じ時期に出産された奥様のお裾分けで頂いたようだ。
そして、その奥様よりも1日早く私は退院して実家に戻った。
必死で痛みに耐えながらやって貰った胸のマッサージは無駄に終わってしまった。
私の母乳はストレスですぐに全く出なくなってしまったのだ。
生まれたての我が子の世話をする。母親の力も借りながら必死だった。
退院後の最初の健診で助産婦さんに言われた。
「母乳の出が悪いのかなぁ。赤ちゃんの体重があんまり増えてないね……」
その時の私は、ダメな母親だとハンコを押されたように感じた。
今ならわかる。
別に母乳でも、粉ミルクでも、子供に愛情を持って接していれば何の問題もない。
ただ、若すぎた私には、その時にはわからない。
実家で座布団に寝かされている我が子をとんとんしながら寝かしつける。
(私のこの胸は、なんの役にもたたんなぁ)
出産後に私の胸はペチャンコになった。
そして、妊娠中の悪阻が治まっても食欲が増えなかった私は、あっという間に妊娠前の体重に戻った。
それから、旦那が実家に時々子供の様子を見に来るのだが、その度に何かしらイヤな思いをさせられる私は少しずつ痩せていった。
ともあれ、実家はやはり居心地が良かった。
仕事から帰ってきた母親が色々と手伝ってくれる。昼間と夜中さえ頑張っていれば何とかなったから。日に日に娘は成長し、笑顔を見れるようになって私は少し救われた。
実家で1ヶ月ほど過ごして、家で家族3人の生活が始まった。
家まで両親は送ってくれた。
その時に初めて私は両親の存在の大きさを感じた。
学生時代はあんなに嫌な思い出しかなく、私には辛い地獄の日々にしか感じていなかった時間が、本当は幸せだったのかもしれないと思うようになった。
そのまま実家に連れて帰って欲しい……。
私は心の中で叫んでいた。
その時、旦那は自分の両親と食事に出かけていて留守だった。
娘とふたりぼっちになった部屋で初めて泣いた。
明かりだけがついている、暖かみのない部屋に感じた。
気持ち良さそうに寝ている娘を1人で何とかしないといけないんだ。
実際に、次の日から私は慣れない生活に悪戦苦闘することになった。
朝は旦那のお弁当を冷凍食品を使って作ると嫌みを言われる。
なので、前の日のおかずを少し残して、冷凍食品を一品だけ入れてお弁当を仕上げる。
出かける前に鞄の中にタバコが2箱入っているか確認をして、足りない分を補充して見送る。
しばらくは体がしんどいので我が子と一緒に眠り、ミルク、おしめの交換。
まぁ、普通に新米ママとして奮闘する日々。
それは、なんてことない。
大変なのは、旦那が帰宅してからだ。
準備しておいた食事を出して、お酒の準備。食費の中に旦那のタバコとお酒のお金も含まれているため、お金が足りない。そして、食費が足りないと口にすると、やりくりが下手だと文句を言われる。
こっそりと持っていた、独身時代の私の貯金は少しずつ減っていった。
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