第47話 飛蝶、防衛省を制圧

 その続報は、謎の集団の代表が宮内庁に対し「ナインフォックスの総司令官の私、足利将尊を征夷大将軍に任ずるよう至急、天皇陛下へお取り次ぎ願う」と要請し、続けて「私は源氏の末裔であり、防衛省市ヶ谷統合司令部を今、制圧し支配下においた。陸海空自衛隊の日本国内の駐屯地、基地も間もなく全て私の統制下におかれることになる。私をおいて天皇陛下をお守り出来る者はいない」という表明を出したというものだった。足利将尊はその後すぐ、取材中の記者や野次馬を集め同様のことを声高に言い「私がナインフォックスの初代征夷大将軍である」と宣言していた。足利将尊と名乗る男の正体は都知事の一波が作った組織の一員であった。源氏の末裔どころか名前も嘘だった。防衛省市ヶ谷統合司令部をほぼ制圧出来たと判断した飛蝶が、都知事に命令し、携帯電話で皇居坂下門前にいる足利将尊に、天皇陛下に自分を征夷大将軍に任ずるよう宮内庁を通し要請させたのだった。

 なぜ防衛省市ヶ谷統合司令部が制圧されようとしているのか、それはその前日の夜起きたとんでもないことが始まりだった。飛蝶が飛ばした黒い煙のような物が防衛省上空に現れ、四方に飛散し、やがて敷地全体に広がると、建物の外にいる自衛隊員を含む職員だけでなく、空調設備などから侵入して室内にいる者にまで静かに襲いかかり、あらゆる手段で体内に侵入し脳に移動するとその人格を支配した。それは飛蝶が使う妖術で、脳に侵入して人をコントロールする恐ろしい能力を持った異空間にしか存在しない極めて小さいチョウバエの変種を呼び出し、操るものだった。その妖術は使った本人が死なない限り人格が元に戻らないため、犯罪を怪しまれないよう泥酔強盗では使わなかったが、今回の大計画を達成するためにはどうしても必要と考え使ったのだった。この虫は集団で固まっているうちは黒い煙のように見えるが、極めて小さいため一匹だけの状態で存在に気付く人間は希だった。夜が明ける頃には多くの自衛隊員を含む職員が、飛蝶の命令で動くロボット状態になっていた。そのタイミングに合わせ、防衛省正門から、飛蝶のコントロール下の衛兵に誘導され、飛蝶と都知事、都知事のブレーン、その他装備機器のオペレーター数人を乗せた改造大型トラックが堂々と入って行った。そして儀仗広場で停車した。停車すると飛蝶は妖術で自衛隊員達を呼び集め、重装備で厳重に正門を守ること、周囲からの敷地への侵入を厳重に警戒阻止することを命令した。正門は自衛隊員達が集まり過ぎ、ひしめく状態になった。その改造大型トラックは異常な野心家の都知事、一波がいずれ必要な時がくると思い用意していたものだった。装甲車以上の頑丈な造りで、何処で手に入れたのか機関銃まで装備してあった。そして各種アンテナやコンピュータ、妨害電波発生装置等、あらゆる装備がしてあった。その時点で防衛省市ヶ谷統合司令部をほぼ制圧していたにも関わらず飛蝶は車から降りず車内にとどまっていた。都知事のブレーンが、場所が二十三区内で、武器等を使用していない現在の状況で空爆やミサイル攻撃はあり得ないという判断を聞き、車の頑丈さ、更に失敗した時自分が表に出ていなければ、求美と都知事が組んでやったことにして逃げやすいと判断したためだった。ニヤリと笑いながら飛蝶が、改造大型トラックの換気口に口を寄せ息を吹き出すと、また黒い煙のように変わり外に出ていった。そして日本全国の駐屯地や基地に広がっていった。大量に必要なため息の吹き出しは延々続き、体力のない妖怪の飛蝶は息もたえだえで表情を笑顔から苦悶に変えたが、日頃の飛蝶とは打って変わって頑張り続けた。

 その続報を聞いた求美が「いよいよ始まったね。飛蝶の存在を知らない政府の偉い人達はまだ軽く考えているだろうけど、これから大変なことになるよ」と言った。華菜が「ナインフォックスって言ったよね、軍隊名。明らかに何かあった時、私達を悪者にして自分は責任逃れするつもりだよね」と言った。飛蝶の策略は華菜に読まれていた。求美が「そうはさせない。きちんと責任をとらせる。でも何処にいるんだろう」と言った後、「防衛省って何?」と早津馬に聞いた。早津馬が「日本を守る陸海空自衛隊全体のトップに位置する政府の機関と言えばいいのかな」と答えると求美が確信した顔で「飛蝶はそこにいる」と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る