第48話 求美、八狐尾陣を敷く

 早津馬が「防衛省は国を守る組織のトップだから備えは頑強なはず、例え飛蝶といえど簡単には入れないんじゃないかな」と言うと求美が「飛蝶は特殊な虫を操れるんだよね。脳に侵入して人格を操る虫、私達が今いるこの空間とは異なる空間にいるチョウバエの変種だとか聞いたけど」と言った。華菜が「人間には効くけど私達には効かない虫だよね。私達だって脳があるのになぜか効かないんだよね」と言うと求美が「今思ったけど華菜に脳ってあるの?尻尾だよね」と言うと華菜が「あるよ、知らなかったの?」と言った。求美が「今まで疑問に思わなかったから気が付かなかったけど、脳がなかったら単独で動けないもんね。当然あるよね。私の尻尾のことなのに知らなかったなー」と言うと華菜が「私以外の尻尾達にも脳があるよ。私よりずーっと小さいけどね」と言って誇らしげな顔をした後「この間ボスが丸顔神に、いつの間にか私が意思を持ってたって言ってたけど、最初から持ってたんだよ。なんか雰囲気的に知られちゃいけない気がして表に出さなかっただけ」と言った。話を聞いていた早津馬が「海にいる蛸みたいだね。蛸にも八本の足それぞれに脳があるらしいから」と言ったとたん求美と華菜が厳しい目で早津馬をジッと見た。「そういうつもりじゃ」と言いながら早津馬がアーチに頼ろうとするとアーチにも睨まれた。「これはまずい!」と思った早津馬は、求美達の機嫌がすぐに直るのを知っているので、そそくさとトイレに立った。間をおいて部屋に戻ると求美と華菜がおらず、アーチが一人寂しそうに炬燵の上で両手を枕に頭をのせていた。早津馬が戻ってきたことに気付いたアーチが「求美さんと華菜さんが出て行きました。私と早津馬さんを戦いに巻き込みたくないと言って」と早津馬に言った。「飛蝶の居場所を確信しただけで、戦いの話など一切しないで求美と華菜が出ていった?戦いに巻き込みたくないと言って…」その言葉の意味を考えていた早津馬が答えを見つけた。「そうか、求美は飛蝶が、備えが頑強な防衛省にいると確信した時、気持ちを決めたんだ。俺が防衛省の備えが頑強だと言ったので、その防衛省を短時間で制圧支配する方法は、チョウバエとか言う虫で人格をコントロールする妖術を使う以外ないと気付き、そしてチョウバエとか言う虫が自分達には効かないけど俺には効いて人格を変えられるとまずいと思って、俺を戦いに加わらせないようにするため、さっき俺が言ったことで怒ったふりをしたんだ。わざと睨んだんだ。俺とアーチを戦いに巻き込まず、求美と華菜だけで戦いに行くことをアーチに説得出来ても俺は説得出来ないと思って。二人でテレパシーで意思の疎通をとってたんだ」そう思った早津馬がアーチと共に急いで外に出て中杉通りまで走ったが、すでに求美と華菜の姿は何処にもなかった。その時、求美と華菜は中杉通りでタクシーを拾い、青梅街道を左折し防衛省市ヶ谷統合司令部に向かっていた。青梅街道は新宿に近づくにつれ渋滞が激しくなっていった。タクシードライバーによると防衛省の周辺の住民に避難命令が出たからだろうということだった。そして明治通りに達すると警察官が非常線を張っており、防衛省方面には特別な事情がある人以外入れないということだった。そして更に行くと全面立入禁止になると告げられた。求美と華菜はタクシードライバーに防衛省の方向を確認して降りた。そしてすぐ路地に入り、人目がないことを確認すると求美が華菜に「バッグの中身置いてきたよね」と聞いた。華菜が「うん、炬燵の中に置いてきた」と答えると、求美がバッグに「本物の刀になれ」と念じた。バッグが青白く光る妖刀に変わった。求美が「これじゃ腰に差せないよ」と言うと、青地に金の装飾が施された鞘付きになった。その美しい外観に満足した求美は妖術で、今流行の洋服姿を小袖に袴という出で立ちに変え、腰帯に妖刀を差した。そして小袖に襷がけをした。その姿の凜々しさに華菜が思わず「格好いい!」と呟いた後、求美の体に合体し消えていった。そのタイミングで求美が霧を発生させた。霧はどんどん深くなって辺り一帯を包んだ。求美が風になり防衛省に向かうにつれ霧も防衛省に向かって広がっていった。ただ求美が妖刀に風になるよう念じても妖刀のままだった。なので単体で空中を飛んでいるように見えた。だが鞘付きになったので青白く光って目立つことがないので妥協することにした。防衛省の全体を把握するため、タクシードライバーが言っていた距離までもうすぐと思う処で、風の求美は流れる高さを低空に変えた。そしてそのまま流れ続けると、いつもの見慣れた密集した街並みが終わり、樹木があって広場があるそこそこ広い場所に出た。左側には深い霧の中であってもうっすらと二十階建てくらいの建物も認識出来た。ここが防衛省であると確信した求美は、戦場となるであろう場所を詳細に知るため、風のまま敷地全体をくまなく見てまわった。そのため自衛隊員の中には風と共に移動する青い鞘の刀を目にする者もいた。しかし、自衛隊や警察の有事の対応に無知な飛蝶が、都知事のブレーンから空爆やミサイル攻撃の心配はないと聞かされたのを空を警戒する必要はないという意味だと感違いし、ヘリコプター等による侵入、攻撃があることを予測出来ず、自分のロボットと化した自衛隊員に空への警戒を命令していなかったため、青い刀を目撃したにもかかわらず、その自衛隊員は警戒対象外と判断し無視した。チョウバエにコントロールされている自衛隊員はチョウバエを支配する飛蝶の命令でのみ動くため、自分で臨機応変に判断することはなかった。そこまで読んでいた訳ではない求美にとってラッキーなことだった。取りあえず防衛省の全体構成を頭に入れた求美はほぼ中央に位置する一番大きなビルの屋上に向かった。上がってみるとそこはヘリポートになっていた。そして防衛省の敷地外からの侵入を監視するため十名ほどの重装備の自衛隊員がいたが、深い霧で侵入者がいても見えないため、ただ立ちつくしていた。その自衛隊員達に気付かれないよう、求美は自分の周囲の霧だけ濃くしつつ、同時に風からいつもの人間の姿に変身し、自分の周りのごく狭い範囲の霧だけ消して視界を確保してヘリポート上に降りた。すると何時ものように華菜が求美から分離して出てきた。そして求美の背後を守るように背中合わせに立った。求美が眼前を見据えると、残りの八本の尾が求美から分離し、小さな狐に姿を変え求美の前に横並びに整列した。求美が八匹の狐全ての顔を順に見た後、目配せすると上空に飛び上がり八方に散って行った。求美の能力の一つ、八狐尾陣を敷いたのだ。これにより、求美の攻守の要が完成した。

 その頃警察庁では、突然現れた情報の蓄積が全くないナインフォックスと名乗る闇の組織の全容を暴くことに全力を注いでいた。しかし頼りに出来そうな正確な情報がない中、防衛省一帯に深い霧が発生し、事件への対応に影響するため気象庁に問い合わせても原因不明、いつはれるかも全く予測出来ないという答えだったことから、霧はナインフォックスと名乗る組織が高い技術力を持っていて発生させたのかも、という憶測をする者までいて対策本部は混沌としていた。

 防衛省庁舎屋上のヘリポートにいる求美が腰に差している妖刀を抜いた。そして青白く光る刀身を立て、手首を九十度内側に回し平地を見ながら「この刀は何でも切れる。物以外も…、きっと」と呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る