第46話 正義の戦いだ!

 業務中でいつまでも覗いていられない店員がドア前から去ると、入れ代わりに、入店して来た客がドア前を通過しようとして歌声に気付き「うまい!プロが唄ってるのか?」と言って覗いた。求美と華菜の美少女ぶりに更に驚いた。それに気付いた求美だが、自身の美少女ぶりを他人に言われても信じていないので「華菜が可愛いからだ」と嬉しくなった。そうした反応が楽しくて暫しカラオケを楽しんでいた求美だったが「もういいか、飽きたよね。アパートに帰ろう」と言いだした。実力ではなく妖術を使ってなので早く飽きがきたのだ。華菜も同じだった。アーチにいたっては唱える歌がなく聞いているだけだったので、完全コピーを何曲か聞くと「求美さんと華菜さんの本当の自然な歌声が聞きたいな」と思うようになっていた。なので皆異論なく、支払いを済ませると羨望の眼差しの店員を横目にカラオケ店を出て目の前の中野駅に入り、切符を買い、阿佐ヶ谷駅に向かった。そして駅に着き、改札口を出ると真っ直ぐアパートに向かった。部屋に入り炬燵のスイッチを入れると間もなく暖かくなりだした。アーチが炬燵に深々と入り「温かいですねー」としみじみ言うと求美と華菜も同じ姿勢で「そうだねー」と言った。温々しながら華菜が「お腹空いたねー」と呟いた。その数秒後、三人一緒に体を起こし「お弁当買うの忘れた」と言った。そして炬燵の上のテーブルに突っ伏した。弁当を買いに行きたくない三人が顔を見合わせた。「ジャンケンしようか?」と言う求美に華菜が「早津馬に買ってきてもらおうよ」と言った。求美が「早津馬はお友達のお見舞いに行ってるから頼めないよ」と言うと華菜が「じゃ私行く。でももう少し待って」と言ってまた横になった。その時、玄関ドアが開いた。入って来たのは袋を手に提げた早津馬だった。そして「良かった帰ってた。この時間じゃまだ食べてないよね」と言った。「早津馬ー」と言って求美、華菜、アーチが炬燵を飛び出し抱きついた。若い女の子三人に抱きつかれる、そんな経験を全くしたことがない早津馬の顔がデレデレになった。だが明日帰ってくるはずの早津馬が帰って来たことに疑問を持った求美が早津馬に「お見舞いは?」と聞くと、デレデレの余韻を残した顔で早津馬が「三人のことが気になるから新幹線で往復した。面会時間も短くした」と言った。夕食にはまだ少し早い時間だったが求美達は食べることにした。食べながらカラオケに行った話を求美達から聞かされた早津馬が悔しがった。求美と華菜が唄ったと言うのでそれが聞きたかったのだ。アーチが「妖術って言うんですか、それ使って、声以外プロ本人の完全コピーだったんですよ」と言うと今度は「歌声、聞きたかったな」と言った。そして続けて「俺も上手いって言われるよ」と自慢した。

 その3時間程前、飛蝶は都知事の行き付けの赤坂の料亭に、都知事とそのブレーンを同行させて移動し、都知事が密談用に使っている別棟の部屋で、飛蝶が質問し都知事のブレーンが答えるということを、飛蝶が馬鹿だからか質問内容が複雑だからか、何度も何度も繰り返していた。そして飛蝶が納得すると都知事やそのブレーンに各々何処かへ携帯電話をかけさせた。電話が終了するとまだ外が明るいにもかかわらず豪遊を始めた。飛蝶は妖怪らしく酒にめちゃくちゃ強かった。都知事やそのブレーンがいい気分になるなか、一人普段と変わらないままだった。その飛蝶が急に立ち上がり窓際に行き、障子窓を開けた。そしてしばし庭を眺めた後、空に向かって息を吹き出した。息は口元を離れると徐々に黒い煙のようなものに変わっていき、飛蝶の目の前で大きな塊となった。そして飛蝶が両手を前に出し勢い良く振り上げると、暗くなり始めた空に向かって飛んでいった。

 一方、早津馬家のアパートでは夕食を終えてからも求美、華菜、アーチが大笑いしながら歓談を続けていた。早津馬は女子会に自分は加わるべきではないと思いそれを見ているだけだったがそれでも楽しかった。そんな中、テレビのニュースで飛蝶の何らかの情報が流れていないか見てみようと、求美がテレビを点けると緊急速報が流れていた。皇居、坂下門の前におよそ100人の集団が天皇陛下への謁見を求めて座り込んでいるというものだった。気になった早津馬がネットニュースで記事を探すとすぐに見つかった。足利将尊と名乗る男がおよそ100人の男達を引き連れて宮内庁を訪れ、天皇陛下への謁見を求めたが拒否された。にもかかわらず退去しないため、皇宮警察が坂下門外に強制排除した。が、そのまま門前に座り込み、解散するよう説得したが応ぜず今も座り込みを続けているという内容だった。全員、羽織袴姿で、代表を名乗る男は二つ引両の家紋が入った羽織を両手で高く掲げ、取材に来たマスコミや野次馬にアピールしているという。武器になると思われる物を所持していないため、皇宮警察は出動した警視庁機動隊と共に坂下門を封鎖し睨み合いになっているというものだった。ただ、謎の集団の代表を名乗る男が掲げた羽織の二つ引両の家紋は足利尊氏のものということだった。早津馬が「足利尊氏って足利幕府の初代征夷大将軍だったよな」と呟くと求美が「征夷大将軍って何?」と聞いてきた。なので「昔、国を支配した最高権力者」と答えて早津馬は気付いた。そして求美も気付き、顔を見合わせ頷きあった。「飛蝶が関わってる。けど、あの集団、飛蝶が操っているとは思えない。馬鹿なあいつにそんな知識ないし、だいたい飛蝶は真っ正面から何かするような正々堂々とした妖怪じゃないから」と言って求美が考え込んだ。早津馬が「俺、前からあの一波って都知事、信用出来ないんだよな、人相が良くないよ。キャバクラに都知事専用の隠し部屋があるのも、何人ものボディガードをつけてるのも、まともな人間じゃないからだと思う。なんか関係あるんじゃないかな」と言うと求美が「都知事?そうかその手があったか。飛蝶の奴まだ何も考えていないと思ったけど企んでたんだ。都知事の側近を使って日本を自分のものにするという計画を」と言った。早津馬が「始まったか、飛蝶の日本征服。都知事のブレーンを使ったとすれば緻密な計画を立ててるだろうから…、これからどんなことが始まるのか検討がつかない。恐怖だね」と言うと、事の重大さを認識出来ていないアーチだけ元気一杯に「正義の戦いだ!オー」と言って拳を突き上げた。つられて求美達も拳を突き上げた。全員、笑顔になった。早津馬が「飛蝶の奴、何をやろうとしてるんだろう。気になるな」と呟いた。求美が「坂下門の前の集団の中に飛蝶は絶対いない。座り込みなんかする性格じゃないからね。飛蝶が居なけりゃ行く意味ないし、だからといって飛蝶の行方を闇雲に探しても無駄だから、少し様子を見ようか」と言うので全員で緊急速報の続報を気にしながら、ただテレビを見続けた。おおらかな性格がなせる技だった。いつの間にか眠りに落ちていた求美が目覚め、体を起こすと点けっぱなしだったテレビが消されていた。早津馬が消したようだ。その早津馬も自然と決まった炬燵の定位置に寝ていた。求美の目覚めに合わせ、早津馬も目覚め「おはよう」と言った。その声が、寝てはいても腹を空かしている華菜とアーチには弁当に直結し、飛び起きると口々に「お腹が空いた」と早津馬に言った。そうだろうと言う顔をした早津馬が「朝早いうちに目が覚めたんで弁当、買ってきた。冷蔵庫に入ってるよ」と答えた。華菜とアーチが急いで炬燵から出て冷蔵庫に向かった。その様子を温かい目で早津馬が見ているなか、飛蝶の新しい情報がないか気になる求美がテレビを点けると昨日の緊急速報の続報が流れていた。

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