第38話 竹刀忙し四変化

 求美が「飛蝶が出て行く時に私達が出られないように塞いだんだね」と言うと華菜が「これ見るからに凄い悪意が籠もってる。頑丈そうな壁だ。壊すの大変そう」と言った。アーチが「今ここにあるのはさっき買ってきた飲み物だけですよ。どうします?」と言うと求美が「大丈夫!飛蝶の奴、これで私達を閉じ込めたつもりなんだろうけど閉じ込められてないから。さっき自分が目にした刀が凄い能力を持っていて、自分が造ったこの壁が何の役にも立たないなんて夢にも思わなかったろうな。今はバッグに戻ってるけど」と言ってバッグを手にすると前に突き出し「これを刀に変えればこの壁も切れる!…多分」と言った。華菜が思わず前のめりになり高温の壁に当たりそうになったが何とか持ちこたえた。そして「髪の毛焦がさずに済んで良かった」と言った。「このバッグを竹刀に戻して、妖刀に変えてこの壁を切ってみるよ」と言う求美に華菜が「その刀、さっき一旦竹刀に戻らずに直接、刀になって守ってくれたよね!なら竹刀に戻さなくても直接刀に変わるんじゃないの?」と言った。少し考えた求美が「そうなの?」とバッグに話しかけると、バッグが一旦竹刀に戻ることなく、直接妖刀に姿を変え、怪しい光を発し始めた。求美は理解した。丸顔神が手抜きして基本形だけしか教えなかったんだと。求美が「この刀ならきっと切れる」と自分に言い聞かせ刀を構えると、妖刀が更に強く青白い光を放ち始めた。その様子を見ていた華菜とアーチが息を飲むほどだった。求美が飛蝶が造った壁を正面に見据え、正眼の構えから一歩踏み出すと、持ち前の怪力で妖刀を目にも留まらぬ速さで上下左右に二度振った。一見、壁には何の変化も無く、華菜とアーチが落胆の表情を見せたが、剣術を得意とする妖怪の求美は手応えを感じていた。それもそのはずで妖刀は大きな岩をも真っ二つにする能力を持っていた。「良く見て」と言う求美の言葉で華菜とアーチが壁に近寄って全体をくまなく注視すると、壁の表面に大きな四角を描くスジがあるのが見えた。求美が自分の能力で切った訳ではないのに得意気に「切ったよ」と言った。しかし華菜が困った顔で「ボスが切ったって言うんだから切れてるんだろうけど現状は壁に切れ目が入っただけ。穴が開いたわけじゃないから通れないよ」と言った。求美が「確かにそうだね」と言い、続けて「切った壁を押し出せばいいんだけど体を小さくしてる分、力が落ちてるから、普段の体の大きさなら大きめの石ころ程度のこの切った壁とは言え、力に自信がある私でもさすがに押し出すのは無理かな。押し出せる大きさに切るか」と言って再び妖刀を構えたその時アーチが「待ってください。切った壁、奥に少しずれてないですか?」と言った。求美が切れ目を確認すると確かに少し奥にずれていた。「なぜだろう?」不思議に思った求美が妖刀を振った時の動きを再現して気付いた。「刀を斜めに振ったからか…」そうつぶやいた求美にアーチが「どういうことですか?」と聞いた。求美が「四角く穴が開くように切ったんだけど、自然と手前より奥の方が広がって切れるよね。だから下の面も奥に向かって下がって切れてるはず、だから斜面になっていて切った壁の重みで少し奥にずれたんだと思う。だから押せば動くかも知れない。試しに押してみよう…と思ったけど熱くて触れないな、どうしよう?…そうだ!」と言うとまだ妖刀の姿のままの竹刀に「耐熱手袋になって!」と命じた。すると妖刀は直ぐさま耐熱手袋に姿を変えた。求美がその耐熱手袋をして壁を押すと滑るように動き出して向こう側に落ちた。「軽すぎるくらい軽いなー。もっと本気出さないと動かないと思ってたのに調子狂うなー」と言いながら求美が切断面を見ると鏡のように綺麗だった。「さすが妖刀だ」と言うと耐熱手袋が求美の手から外れて浮かび、妖刀に姿を変え、開いた穴の中央に移動し水平になり平地を求美達に見せ青白い光をキラキラ放った。「確かに凄い刀だ。でもなんか丸顔神と似てるなー、すぐ自慢するし。こういうモノでも持ち主に似るってことか」と求美が言うと妖刀がそそくさと耐熱手袋に戻り、元通り求美の手に収まった。華菜が「確かにこれだけ綺麗な表面だと簡単に滑るよね。怪力のボスならなおさらだ」と言った。するとアーチが「妖刀が岩を切れる刀だってことを知らないんなら、出入口ぎりぎりの所を壁天井にした方が、上向きで壁を崩すことになって私達がもっと大変な目に合うのが分かんなかったんですかね?」と言った。求美が「そうだよね」と言った後、華菜と声を合わせ「やっぱ馬鹿だからなぁ」と言った。華菜が続けて「言いたくないけど見た目…やっぱ言いたくないなー。とにかく顔と頭の出来が反比例してるから」と言うと求美が「深く考えるってことを知らないからね」と言った。ほぼ勝った気分の飛蝶だったが、現実は求美と華菜に散々言われ放題だった。求美が「飛蝶は私達をがっちり閉じ込めたので当分出てこられないと思っているはず。案外近くで優越感にひたって本当は苦手なのに格好つけてブラックコーヒーを飲んでるかも」と言った。言った本人の求美が「本当にそうかも」と思い確かめたくなり、耐熱手袋になっている竹刀に「ここから出口まで届く梯子になって!」と命じて出入口までの通路を確保し、高温の穴を通り抜け、倒した高温の壁の上を渡って出口に達し、目から上だけを出して辺りを見回すと、想像した通りに数メートル先の壁に寄りかかった飛蝶が気取った姿で缶コーヒーを飲んでいた。そして缶コーヒーを口にした後、苦そうな顔をしていた…。求美が後に付いて見に来た華菜とアーチのせいで出口が窮屈な中、二人の様子を見ると、華菜は手で口を押さえて笑いをこらえアーチはそれに加え体を小刻みに揺らしていた。「今の飛蝶は完全に気が緩んでいるから大丈夫だけど、その気になると簡単に気付かれるから気をつけて」と言う求美も笑いをこらえていた。飛蝶の次の行動を見張るため、抑えているとはいえ元々妖気が強い妖怪の求美と華菜は奥に戻り、アーチが見張りに立った。完全に油断している飛蝶は求美達に見られていたことに気付くことなく、缶コーヒーを飲みきるとその缶を立てた小指にのせ、バランスを取りながら楽しそうに西に向かって歩き出した。アーチが急いで求美の元に行きその事を伝え「尾行します!」と言うと求美が「鼠の姿で尾行するのは人間の目があるから危険だよ。人間の姿に変えても飛蝶が何処まで行くか分からない以上、不確定要素が多すぎるしアーチじゃ対応出来ないことが起きる可能性もある。危険過ぎてアーチに任せる訳にいかない」と言って華菜を見ると華菜が不敵な顔で「了解」と言って立ち上がった。求美がトランシーバーを探しだし「これ持ってって!」と言って渡そうとした時には華菜の姿は消えていた。「多分出口に達し出ようとしている。普段ならここでサイズアップしてって言うのにそれも言わない。高揚してるみたいだな。このままではちっちゃな人形のような華菜が歩いているのを人に見られてしまう。これはまずい!」そう思った求美は止むを得ず、華菜が出入口から少し離れたと思うタイミングで華菜をいつものサイズに戻した。人間にその様子を見られることは避けたかったが案外、人は突然目の前に人が現れてもそれほど騒いだりしないことを実体験していたし、ちっちゃな人形が歩いているのを見られる方がよほどまずいと思ったからだ。外に人がいたかどうか分からないが求美が想定した通り外は静かなままだった。

 求美と華菜はテレパシーで話せるが、それをすると尾行中の飛蝶に気付かれてしまう。なのでトランシーバーを持たせて会話することでそれを避けると共に求美と飛蝶の距離を稼ぎ、もし求美の特に強い妖気が出て存在がばれても、完全に見えない距離まで離れていれば飛蝶は尾行されているとは思わないと判断したのだったがそれは不可能になった。華菜の無事な帰りを待つしかなくなった。

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