第37話 待ち伏せ!

 確かに飛蝶が気配を消していたので、求美が飛蝶の存在を都庁ビルの屋上から感じ取ることはなかった。だが、飛蝶は求美の視力が驚異的であることを忘れていた。生け垣の切れ目から都庁ビルの正面を向き、3人で会話をしながら都庁ビルの高さを再確認しようと求美が見上げたその時、蝶に変身した飛蝶が飛び出すのが見えたのだ。高層ビルの屋上から飛び立つ蝶、人間には全く見えないが求美には見えるのだ。「この季節に飛ぶ蝶、飛蝶だよねーバレるよねー。馬鹿だから私の視力の凄さを忘れてしまったのかなー。でもなぜ蝶に変身して飛んでったんだ?飛ぶの疲れるから普段は飛ばないはずなのに…。あっ私が馬鹿!話に気持ちがいってて気配出してた。飛蝶が気づいてタクシーを使わずに逃げてったってことだ」と求美が言うと華菜が「でも飛蝶が何の攻撃もしないで逃げるって不思議だよね」と言った。求美が「そうだねー不思議だねー、馬鹿の考えることは分かんないね」と言った。結局飛蝶は馬鹿にされていた。求美が「これで都庁に潜入する必要がなくなった。あいつ私達を確認したかったのか一旦こっち側に出てきたくせに、都庁の向きから見て向きを北西に変えて飛んでいった。きっとそっちに目的地があると思う。私達もそっちへ行こう。都知事のいるところ、あいつつかんでるはずだから、きっとそこに向かってるよ」と言うとアーチが「求美さんには今も飛んでる飛蝶が見えるんですか?」と聞いた。すると求美があっさり「もう見えないよ」と言った。「じゃあ追いかけられないじゃないですか」と言うアーチに求美が「もうここに居たってしょうが無いし、あいつが飛んでいった方向に行けば、馬鹿なあいつが何処かで気を抜いて気配を出す可能性が高いから、それに期待しよ」と言った。

 その頃飛蝶は「あいつら隠れてたのか姿が見えなかったな。やっぱり腹立つわ。探し出して何か大きな物落としてやればよかった。でも結構飛んで来ちゃったし、もう少し頑張れば目的地だからな。でもやっぱり疲れるなー」と呟きながら飛んでいた。

 求美達は近くの人達の視線がなくなるタイミングを待って、人間に姿を変えながら生け垣を出、とりあえず都庁前の道路を北に向かって歩き出した。そして交差点に達した後は、北西へ向かうように路地を含めて適当に道を選びながら歩いた。そこそこ歩き、少し疲れを感じ始めた時、華菜が見慣れた文字を見つけ「あっ、中野って書いてある!」と叫んだ。求美が「上に東がついてるよ」と言うと華菜が「確かに…。東中野って何処?」と求美に聞いたが、すぐ「知らない」と自ら答えた。北西に向かっていたはずだったが、道がゆるく曲がっていたりで感覚が狂い、ほぼ北に向かって歩き、東中野駅の近くに出たことを知らない求美が「東中野ってことは普通に考えて、中野の東ってこと、飛蝶が直線的に目的地に向かっていたとは限らないから、今回も行き先はまた中野なのかもしれないね」と言うと華菜が「あの辺なら私達も少し地理が分かるね。お酒が飲める処も」と言った。「中野に行こう。線路沿いを行けばきっと中野駅に行ける」と言う求美を、華菜とアーチが笑顔で両側からピッタリ挟んだ。「二人ともそんなにくっつかないで」と言いながら求美も嬉しそうだった。求美達は進む方向を北西から西に変えることにしたつもりだったが、それが本来の方向の北西への軌道修正に自然となったことに当然気付くことはなく、結果オーライとなった。アーチが「今のところ早津馬さんから電話ないですね」と言うと華菜が「仕事に集中してるってことか、これで我々の生活が安定するね」と言った。すると求美が「早津馬だけに負担はかけられない。飛蝶の件が片付いたら私達も何か仕事を探さないとね」と言った。華菜が「このままが楽でいいんだけどなー」と大きな声でつぶやいた。アーチが真剣な表情で「私はその時どうしたらいいんですか?」と求美に聞くと、求美が「好きにしていいよ」と答えた。アーチが言いにくそうに「求美さんと一緒にいるのは駄目、ですか?」と求美に聞いた。すると求美が「私と華菜は妖怪だよ」と言って怖い顔をしてみせた。しかしアーチは全く怯まず「求美さんに一生ついていきたいです」と言った。すると求美が迷わず「いいよ」と即答した。求美は仲間と認めた相手を、相手が拒否しない限り自分から切り捨てることができない性格なので当然だった。山手通りに出た3人は通りを横断しJR中央線に向かって歩いた。線路を超えた所に線路に沿って細い道が走っていた。「助かった。これなら道に迷わないで済む」と求美が思った時、飛蝶の非常に弱い気配を感知した。求美が「今行こうとしている方に多分飛蝶がいる」と言うと、華菜が「中野の方か、やっぱりあの辺にいるのか」と言った。求美が「気配が凄く弱いから断定できないけど、でも方向的には間違いない。行こう!」と言った。飛蝶を追跡中にもかかわらず緊張感なく、3人和気あいあいと中央線の線路沿いを進んだ。途中、地面より低かった線路が高くなってガードに変わったり、道がガードから離れたりしたが臨機応変に道を選んで進むと広めの道路に出た。先に道が通ってないように見えたが、少しガード側に寄った方にガード沿いに進める道があるのを見つけた求美が「あの道を行こう!」と言って歩きだすと、すぐに立ち止まり華菜とアーチに言った。「さっきまであった飛蝶の気配がいつの間にか消えてる。なぜだろう?」華菜が「私達の気配に気付いたのかなぁ?」と言うと求美が「そうかも知れないな」と同調した。すると求美が同調したにもかかわらず華菜が「でも飛蝶だからね。飛ぶのが嫌なくせに飛んだら飛んだで、地上に降りてタクシーを見つけるのが面倒だなと思ってそのまま飛び続けて、へとへとになって気配が微弱になっただけだったりしてね」と言った。「その可能性、十分あるね。気配を悟られないように気を付けてきたんだから、そうそう気付かれるはずないもんね。このまま気配を出さないようにして中野駅に行こう、そのうちまた気配を出すだろうから」と求美が言い、見つけたガード沿いの道を道なりに進むと推定した通り中野駅に出ることが出来た。華菜が「最近、ここと仲良しになりつつあるね」と言うと求美が「本当にそうだね」と返した。アーチが自分のテリトリーに近付いたせいか、少しウキウキしていた。そして「ちょっと家で休んでいきませんか?」と言った。求美がアーチの気持ちを察し、いや飛蝶の動向に留意しなければならないのに生来ののんびりした性格で「そうだね」と言い、自販機を探し始めた。そして各々好きな飲み物を買うとアーチが嬉しそうに先頭にたってアーチの家に向かって歩き出した。アーチの家の出入口に着き、周囲の人の視線がなくなるのを待ち、求美の妖力で小さくなり中に入った。求美達はマットのような物の上に座り飲み物を飲みながらしばし談笑した。完全に油断しきっていた。するとその時突然、求美の背後から何者かが求美に向かって「くらえ!」と叫んだ。その瞬間、求美がバッグに姿を変えさせていた竹刀が妖刀に姿を変え、青白い光を放って浮き上がると刃先を上にして水平になり、求美を守るように平地を何者かの正面に向け求美との間に立ちはだかった。何者かが求美に向けて発射した輝く炎のような光線が妖刀の平地に当たって反射した。「あっち!」と言う声がした。求美が声がした方を見ると、自分達と同じくらいのサイズになっている飛蝶が頭を両手で押さえて立っていた。髪が焦げていた。反射した光線が飛蝶の頭の上をかすめていったからだった。「いつの間にそんな刀を、卑怯な!」と言う飛蝶に求美が「背後から攻撃してきたくせに卑怯とは何よ、卑怯はあんたでしょ!」と言うと、飛蝶はそれには答えず焦げた髪を両手で払いながら「その刀に助けられたね。今頃、狐の丸焼きが出来てたはずだったのに」と言い放ち、いつもの派手な蝶に変身し飛びたった。が、超見栄っ張りな性格なので派手さを捨てられず、狭い通路でもそれに見合うサイズにならず通常の大きさだったので、通路のあちこちに羽をぶつけながら飛んでいった。外に出た瞬間、表面が少し焦げた頭部に風がしみた飛蝶は切れた。そして「許せない。閉じ込めてやる」そう言うと周囲の人間を気にせず、人間の姿の飛蝶に戻り、アーチの家の入り口に向かって輝く炎のような光線を発射した。

 なぜアーチの家に突然飛蝶が現れたのか…。それは少し前、目的地に向かって飛んでいた飛蝶が求美達に何もせずそのままにしてきたことへの腹立ちをどうにも抑えきれず、気配を消して求美達を待ち伏せしていたからだった。

 一方の求美も、妖刀の身幅より飛蝶の発した光線の直径の方が微妙に大きかったので後ろ髪が少し焦げていた。それに気付いた華菜とアーチが手で口を押さえ笑いを必死にこらえていた。「丸顔が言ってた持ってて損はないということはこのことだったのか…。油断してたから本当に助かった。でも確かに助かったけど、妖刀の身幅がもう少しあったら髪の毛焦げずに済んだんだけどな。いつももう一つなんだよな」と求美がつぶやいた。それまで何となく誇らしげな感じをかもし出していた妖刀が、静かにゆっくりとバッグに姿を戻していった。突然アーチが「思い出しました。私、ここで飛蝶に捕まりました」と言った。それを聞いて求美が「飛蝶の奴、自分が捕まえたアーチのことを覚えていて、私達がここで休むとふんで気配を消して待ち伏せしてたな。鼠のアーチの記憶を消したのはここまで読んでいた訳じゃないだろうけど」と言った。アーチが「飛蝶がどっちに飛んで行ったか見てきます」と言って出入口に向かってダッシュした。少しカーブしたところを超えてアーチの姿が消えた途端、アーチの「あちっ!」と言う声が聞こえた。求美と華菜が「何だろう」と思っているところへアーチが頭を押さえながら戻ってきた。そして「あの先に壁が出来てます。止まりきれなくって頭がほんの少し壁に触れました。本当にほんの少しだったんですけどやたら高温の壁で頭の毛が焦げちゃいました」と言った。「本当、大丈夫?」と言いながら少し焦げたアーチの頭を見て求美が苦笑している横で、華菜があからさまに笑っていた。その華菜を見て求美が更に苦笑しながら、アーチが頭の毛を焦がした所まで行ってみると、アーチの言うとおり壁が出来ていて通路を完全に塞いでいた。そして熱による煙さえ上げていた。

 あれっ?華菜が作者の私を睨んでる…。分かりました。あなたの髪には一切手を出しません。怖いなー妖怪は…

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