第33話 飛蝶のマンション捜査へ

 求美が早津馬に「もう私達だけで大丈夫。仕事中なのに長い間付き合わせてごめん。仕事に戻って」と言うと、早津馬も休憩時間を取り過ぎていていることに加え、今回の作戦が頓挫し、今ここにいても自分にできることがなさそうなので、納得了承しタクシーに戻っていった。泥酔した鼠達をそのままにしていくことに少し不安を感じた求美が、酔うのが初めてではない同じ鼠のアーチに意見を聞くとヘラヘラしながらだが「泥酔してますけど、そのわりには飲んでないので大丈夫です」と言った。その言葉を信用して妖力を使い、鼠達を天井裏へ瞬間移動させ、そして天井裏が外に通じていない場合を考え、妖力で食器棚の真上の天井に鼠がやっと通れるサイズの穴を開けた。更に部屋の出入口のドアの下部にも穴を開けることを忘れなかった。そして水の入ったコップとお菓子を置いた。やっぱり優しい求美だった。これで鼠達が人間に見つかることはないはず、安心した求美は次に、泥酔客が早く発見されるよう部屋の明かりで目立つ窓に、HELPの文字を窓1つに1文字ずつ、早津馬に置いていってもらったマジックで大きく書き込むと、酔っぱらっているアーチをバッグに入れ足早にビルを出た。アーチの家に向かっていると見慣れたタクシーがこちらに向かって走ってきた。中野駅の近くで客待ちしていた早津馬が、求美達の足がないことに気づき戻ってきたのだ。求美が「アーチの家に泊まるから大丈夫なのに」と言うと早津馬が「俺達夫婦だよ。俺達のアパートまで送るよ」と言った。「ありがとう」と言い求美が早津馬にキスをすると、いつの間にか丸顔神の力が解け、美少女の姿に戻っていた華菜も続けて早津馬にキスをした。何食わぬ顔でタクシーをアパートに向けて発進させた早津馬だったが、運転中の顔はとても人に見せられたものではなかった。アパートに着くと求美に鍵を渡し、早津馬はすぐにタクシー営業に向かった。求美達はアパートに入ると、悪気なく早津馬のことは考えずすぐに寝た。お腹がすいて目を覚ました頃、早津馬がアーチを含む全員の弁当と各自の好みの飲み物を買って帰ってきた。求美が「減収ですよね。怒られなかったですか?」と聞くと、早津馬が「気分が悪くなって休んでいたことにしたからあまり言われなかった。普段の稼ぎがいいからだろうな」と言って笑った。そして「俺、仕事中ずっと考えていたんだけど、飛蝶、まだあのマンションにいるかな?勝手に、マンションがバレてないと思ってそのまま住んでるだろうから、あそこに行けばまた行動を監視できると思ってたんだけど、どうだろう。バレたかもと思って何処かに行ってしまったってことはないかな?」と言うと求美が「確かにそうだね、私も今思ったけど子供達がいるから動かないだろうじゃなくて、逆に子供達がいるからこそ出て行ってしまった可能性もあるよね。子供達が凄い妖力を持っていることを知らないから、子供達を人質に取られないか心配して。油断してた。飛蝶って案外用心深いんだよね」と言った。そして続けて「今すぐまだいるか確認したいけど、早津馬寝てないもんね。きついよね」と言うと早津馬が「大丈夫、普段から仕事明け帰ってきても夜まで寝ないから。俺のマイカーで見に行こう。飛蝶は俺の車、見たことないはずだからちょうどいい」と答えた。すると求美が「じゃあ、まず急いで早津馬が買ってきてくれたお弁当を食べて、皆で行こう」と言った。「相変わらず求美はのんきだな。今すぐ行きたいなら車の中で食べながらってのもありなのに」と思いながらも求美にぞっこんの早津馬は何も言わずそのまま従った。早津馬のアパートの部屋の中で、また人間の少女の姿に変えてもらい、何とか二日酔いよりも食欲が勝るようになったアーチも加えて、4人でテーブルを囲み早めの昼食というか遅めの朝食を始めた。早津馬は急いでいるとはとうてい思えない求美達の相変わらずの女子トークを黙って聞いていた。すると求美が突然、早津馬に「さっき私のことのんきだなって思ったでしょ。分かるんだよ、妻だから。違うよ。もし飛蝶が逃げた後だとしても飛蝶の子供のあの子達が、何か伝言を残してくれてると思うからだよ。だからあわてずきちんと食事をして、それから行ったほうが体にもいいと思ったからだよ」と言った。「なるほどそうか!確かにそうだ。妻だから分かるというにはあまりにも早すぎるけど…」と半分合点がいった早津馬に求美が「お腹が空いてたってのが大きいのは確かだけどね」と続けた。「やっぱりのんきだ。でも正直者だ。そこがまた可愛いんだよな」と思う早津馬だった。食事が済んだ後、食休みまでしっかりとって求美達は早津馬の車で飛蝶のマンションに向かった。今回は、深夜だった前回と違い昼間なので、通行のじゃまにならず、加えてもし飛蝶がいても見つからないよう、念のため少し離れた所に場所を探して車を止めた。そして求美が飛蝶の気配を探りながら、4人で飛蝶が住んでいるマンションに近付いて行った。求美が「気配を全く感じない、子供達も含めて。やっぱりもう出て行った後かも」と言った。早津馬が「予想が当たったってことか。でも本当に出て行ったか確認する必要があるし、もし出て行ったとしても求美が言ってたように飛蝶の子供達の伝言があるかも知れないから行ってみよう。部屋は分かってるんだから」と言うと求美が「早津馬が私を自然に呼び捨てにした…、早津馬と私、まだ恋人同士だね」と言った。すると華菜が「べたべたするな」と言ったので早津馬が気を利かせて「華菜ともまだ恋人同士だな」と言うと華菜が「そんなことないよ、私は妻だから」と言いながら、顔は照れていた。マンションのエレベーターを使い最上階の飛蝶の部屋の前まで来たが、それでも求美が飛蝶と子供達の気配を感じることはなかった。求美がドアが開くか試そうとして気づいた。ドアノブが豪華な特注品だったのだ。「やっぱり…、相変わらず見栄っ張りだなぁ」と言う求美を見て、思わず4人顔を見合わせて笑った。早津馬が「ドアノブだけ豪華ってのもねぇ」と続けると皆、また笑った。ドアノブを回してみるとロックされておらず回った。「やっぱりいない。あれでも飛蝶はあの子達の母親だからドアロックしてない訳がない」そう思いながら、求美が念のため静かにドアを開けると、やはり飛蝶はおらず中はゴミ屋敷だった。それを見た早津馬が「ドアノブとのギャップが凄いなー」と言うと求美が「私の記憶の中の飛蝶はこれほどじゃなかったんだけどなー」と言った。華菜が「そんなこといいから早く探そう、部屋の中がこんな状況だとかなり時間がかかりそうだから」と言うと求美が「そうだね。でも逆に簡単に伝言を残せそう。期待できるなこれは」と言った。そして廊下に人目がないことを確認し4人全員で入室した。部屋の中はドアから覗いたよりもっとひどく、食べかけのお菓子や衣類などが散乱していた。求美が「普通は子供が残した食べかけなんだろうけど、これは飛蝶の食べかけだね。あの子供達はこんなもの食べないから。だらしない親からよくあんないい子達が育ったもんだ」と言うと早津馬が「まさしく反面教師だね」と言った。求美が「本当にそうだね」と相槌を打った後、続けて「あいつ子供達が妖力を持っていることを知らないから妖術の洋服じゃなくて、家族で本物の洋服を着てるんだね。人間の家族みたいに。しかしここに置いていった衣類は捨てていったものだね。と言うより要るものだけ持っていったという方が適切かも」と言うと早津馬が「普通、要るものだけ持っていくんじゃないの。急いでいればなおさら」と言った。すると求美が「それは人間の場合だよ。妖怪それぞれの方法があるけど、例えば持っていきたいものを選ばずに、妖術で全てを1つずつの砂粒に変えてハンドバッグに流せば全部楽々入っちゃうんだよ、小さなハンドバッグに。それも一瞬にしてね。持っていく物を決めて妖術で変えるより、その方が早いよね。それにしても他の人が着られるものならまだいいけど、あいつは狸のくせにやたら細いから着られる人はなかなかいないだろうし、柄も色使いも普通の人はなかなか受け入れないだろうからゴミにしかならない。置いていかれたら片付けなきゃならないんだから迷惑だよね」と返した。早津馬が「あの子達、きちんとしてそうなのに、親がやったこととはいえこの状態をそのままにして出て行くなんて不思議だな」と言うと求美が「そこがあの子達の賢いところなんだよね。何の能力もない振りをして、黙って親について行くのが飛蝶が一番嬉しがるのが分かってるから」と答えた。早津馬が「求美みたいだね」と言おうとした時、華菜から「そこ、手を動かす!」と厳しい言葉がとんだ。早津馬が「なんか今日の華菜は真面目だな」と思っていると華菜が早津馬をじっと見た。「怒ってるんじゃなくて私もかまっててことなんだ」と気づいた早津馬は今度は華菜に「あの子達、布みたいになって舞い降りてきたんだから凄いよな。秘めている能力ってどのくらいなんだろう?ひょっとしたら怪物って言われるくらい凄いのかな」と聞いてみた。すると思ったとおり笑顔になった華菜がこともなげに「怪物だよ。あの子達は」と答えた。半分、冗談で聞いた早津馬が驚いていると求美が割り込んできて「多分、あの子達が本気になったら飛蝶も私も押さえられない。でもここ何百年変わらずいい子達なんで怪物にはならないと思うよ」と言った。そして続けて「飛蝶に見つからないように工夫して隠したと思うので、丁寧に探そう」と言った。早津馬が「そうだね」と答え、それから暫く全員無言で探した。早津馬が窓辺に置いてある絵に気がついた。「妖怪の子でも絵を書くんだ」と思いながら何が書いてあるのか見ると求美と華菜と思われる女性を3人の子供達が囲んでいる絵だった。その隅っこに犬のようなものが書かれていた。早津馬はすぐに気づいた。「これは求美と華菜とあの子達が再会した時の様子を描いたんだ。ということはこの犬のようなのが俺ってことか。う~んちょっと…、でも書いてくれただけましってことか」と早津馬が思っていると求美が何か見つけた。「早津馬、これ見て」と言うので早津馬がそばに寄ると、求美が空き缶を手にし「これ私が殺生石から町におりて、スーパーに立ち寄った時に見つけたけど、高いのであきらめたカニ缶だよ。贅沢な」と憤慨した。早津馬が「手掛かりを見つけたんじゃないんだ。でも怒った顔も可愛い」と言うと、それを見ていた華菜が呆れた顔をした。次に早津馬が何かを見つけ「求美、これ見て」と言うので今度は求美が早津馬のそばに寄ると早津馬が木箱を手にし「この桐の箱、間違いなくメロンが入ってた箱だよ。最低でも2万円はするよ」と言うと求美が「味も分からないくせに…」とまた憤慨した。華菜が「アーチはちゃんと探してるよ。2人は何してるの?」と呆れた口調で言った。求美と早津馬がそれぞれ「すみません」と謝るとその直後、華菜が「まだ開封してないポッキーだ」と声を上げた。求美と早津馬がそろってこけた。後ろを向いていて2人がこけたことに気がつかない華菜が、求美を見ずにポッキーを見つめたまま「食べていいよね?」と聞いた。早津馬が「毒入りだったりしない?」と言うと求美が「飛蝶は食べ物に何か入れたりしない。忘れて自分が食べて苦しんだ経験があるから。毒入りの饅頭を作って私に食べさせようとして、いやしいからつい忘れて自分が口にしてのたうちまわってた。だから大丈夫だよ」と答えた。「まだポッキー、あるんじゃないか?」と早津馬が言うと求美も探し始めた。4人そろって探したがポッキーはその一箱だけだった。ポッキーをのんきな4人で分けて食べた後、念入りに伝言か手掛かりがないか探したが、結局何も見つからなかった。求美が「あの子達、伝言残していかなかった。ショック」と呟いた。

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