第24話 早津馬初老初婚妻二人?

 求美と早津馬のキスは、ただ互いの愛を確かめるために唇を重ねるだけの浅いものであったが、二人とも満足していた。特に早津馬は求美の唇にただ柔らかいだけではない、なんとも言えない心地良さを感じてもいた。求美が両腕をゆるめた。そして体を離し、恥ずかしそうにした。それを見た早津馬は男らしさを見せたいためでなく、求美のあまりに可愛い姿に求美が怪力なのを忘れて、衝動的に自分から求美を抱きしめ、キスをした。早津馬からのキスを求美が微笑みを持って受け入れた。そして自然な流れで求美が抱きしめ返した。早津馬の体のどこかから変な音がした。その音が聞こえた求美が体を離しながら「ごめんなさい」と言って、求美と早津馬の初めてのキスが終了した。求美を愛する早津馬が、求美に悟られないように痛みを我慢しながらポケットからスマホ用のモバイルバッテリーを出し、求美のスマホにつないで充電を開始した。そして「これで大丈夫、急速充電タイプだから2時間くらいで充電が終わるはずだよ」と言った。「ありがとうございます」と求美が相変わらずの丁寧な言葉づかいでお礼を言った後、うつむき加減で前を見たまま黙ってしまった。恋愛経験不足であっても初老の早津馬、初歩的な知識はあった。求美の方にゆっくり手をのばし、求美の右手をとって自分の左手と恋人つなぎにした。求美は少し驚いたようだったが受け入れた。でもそこまでだった。求美と早津馬は恋人つなぎのままフリーズして動かなくなった。ただ二人ともとても満足した表情を浮かべていた。その状態のまましばらく経過した頃、突然後席のドアを誰かが開けた。華菜だった。そして車内に入りながら「ちぇ、つまんねーの」と言った。ほんわか頭ですっかり無防備状態の求美が「何かあったの?」と聞くと華菜が「やっぱり私が見てたの気がついてない。それなのに手をつないでるだけなんて…」と不満そうに言った。すると求美が、華菜がこっそり見てたことをとがめるのではなく自慢するように「私、早津馬さんとキスしたんだよ、ねっ早津馬さん」と笑顔で早津馬に同意を求めた。想像もしなかった求美の言葉にただ「う、うん」と答える早津馬だった。すると華菜が「えっ、そうなんだ。良かったね、やったねボス」と求美に賛辞を送った。その後、早津馬に視線を移した華菜が「当然、愛のあるキスだよね?」と早津馬に聞いてきた。華菜が自分にしたキスを「愛情はない」と言ったのを思い出した早津馬が、求美への自分の愛が本物であることを伝えるため「ある、愛情あるよ。大好きだから」と言うと華菜が「結婚、成立だ」と言った。やみくもな華菜の言葉に早津馬がきょとんとしていると華菜が「私達の世界では互いに愛情を持って口づけをすると結婚が成立するのです」とうれしそうに言った。早津馬が確認するように「互いに?」と声に出して求美を見ると、遥か昔に生を受けたはずの求美が、少女のように恥じらいながら「愛情あります」と言い、大きくうなずいた。「やっぱり結婚成立」と華菜が言った。早津馬にとってうれしいことなので異存はないのだが、あまりに突然のことで頭が追いつかず、とりあえず「結婚式は?披露宴は?」と聞くと華菜が冷たく「ないですよ、そんなの」と答えた。求美が恐縮した態度で「私達の世界に慶弔行事はないんです」と答えるのを聞いた早津馬が「狐の嫁入りって、ないんだ」とつぶやいた。その声が聞こえた求美が「早津馬さんがしたいんならしてもいいですよ。人間界でも人によってやること、やらないことがあるように、狐界でも狐によっては嫁入り行列をしたりもするので」と言った。早津馬は求美のことを考えて結婚式のことを聞いただけで、自分にその意思はないので「しなくていいよ、と言うよりしたくない。俺は求美ちゃんと一緒にいたいだけだから」と答えた。すると求美が「じゃあ結婚式なしですね、分かりました」と言い、続けて「今から早津馬さんのあのアパートが早津馬さんとのこれからの仮住まいになるんですね」と言った。求美が言った「仮住まい」の意味が分からない早津馬が「仮住まい?」と繰り返すと、求美が「私と華菜は常に一緒なので、あのアパートの部屋ではくつろぐには狭いんですよね。もっと広い部屋がいいな」と甘えるように言った。早津馬は「そうだった。求美ちゃんと華菜ちゃんは離れられないんだ。だからあの部屋では確かに狭い」と納得し、更に大好きな求美に甘えられたのがうれしくて「そうだね、できるだけ早くそうしよう」と言った。言った後、求美と華菜が狐の姿でくつろいでいる時、驚くほど大きいことを思い出した。そのせいで早津馬の顔がやや怯えに似た表情になり、それを見逃さなかった華菜が不信感を持ち「この結婚の証人は私です。早津馬さん分かってますね。ボスが優しいから何かあっても大丈夫だと思ってるかもしれないけど、ボスが許しても私が許しませんから」と脅すように言った。久しぶりに華菜の妖怪としての迫力を見せられ早津馬がびびっていると外から「寒い、中に入れてよ」と言う声が聞こえてきた。早津馬を脅していた華菜の顔が急に笑顔に変わり「忘れてた」と言って、アーチが入る前に閉めてしまった後席のドアを開けた。アーチが両手を合わせて小刻みに擦りながら体を小さくして立っていた。華菜が「ごめんごめん」と言いながらアーチを引き入れ抱きしめた。華菜のその行動が意外だったので、アーチが不思議そうに華菜を見ていた。求美が「早津馬さん、華菜が早津馬さんに厳しいこと言いましたけど華菜も本当はうれしいんですよ。華菜は私の尻尾なので単独では結婚できないんです。だから事実上今日、私と一緒に早津馬さんと結婚したんです。素直にうれしそうにすればいいのにそういうの苦手なんですみません」と言った。「えっ」と驚いた早津馬が思わず「こんなに可愛い美少女が同時に二人も俺の妻に…」と声に出した。これは早津馬にとってもの凄くうれしいことである反面、今後のことを考えるともの凄く不安なことだった。「これからどうなるんだろう」早津馬が恐々華菜を見ると、華菜は見るからに一切何も考えていない明るい笑顔で「素直じゃなくてすみません。そういうことなんで、これから今まで以上によろしくお願いします」と言って後席から運転席の早津馬の胸の前に手をまわし、軽く抱きしめ、早津馬の頭の上に自分のあごをのせた。思いがけない華菜の行動で反射的にビクッとした早津馬に華菜が「今、ボスが言いましたよね。私も早津馬さんの妻になったって。分かってますか?このくらい普通のことなのに驚くなんて許せない」と言ったが顔は怒っていなかった。華菜が続けて「今すぐ、妻二人の環境に慣れるのが無理なのは分かります。が、すぐに慣れてください。でないと私とのファースト夫婦げんかになりますので」と言った。早津馬は華菜との夫婦げんかだけは絶対に避けたいと思い「がんばります」と真剣な顔で答えた。すると求美が「早津馬さん、私も早津馬さんの妻なのですぐに慣れてください。すぐに慣れないと私が相手の夫婦げんかになりますからね」と言った。「さすが本体、伝わってくる迫力が華菜とは次元が違う」と思うのだが、信頼し愛している求美に恐さを感じることはなくなっていた。求美が早津馬に「飛蝶は早津馬さんにとっても敵になったと思っていいですか?」と聞いた。早津馬が「もちろん」と答えると求美が「じゃあこれからは早津馬さんにも遠慮しません、飛蝶無能化作戦に参戦してもらいます」と言った。アーチが「飛蝶無能化作戦て聞いたことないんですけど、私はどうすればいいんですか?」と求美に聞いた。求美が「そう言えばあの時、アーチ泥酔してたんだったね」と言った後、アーチに説明を始めた。早津馬がもともとそのつもりだったので気合いが入る反面「こりゃ本当に命がけだな」と思い緊張していると、アーチへの説明が簡単な内容しかなかったのですぐに終わった求美が、早津馬の方を向き、早津馬の顔を見て「でも早津馬さん無理しちゃだめですよ。気をつけてくださいね。私のたった一人の大事な夫なんですから」と言った。「やっぱり求美ちゃんは優しい」と早津馬が感動していると突然求美が「かかあ天下でいきます」と宣言した。意表をつかれた早津馬は思わず「よろしくお願いします」と言ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る