第25話 飛蝶の気配再び

 華菜がしっかり見届けたという顔をして早津馬を見ていた。「夫婦円満の秘訣はかかあ天下、って聞いたことあるし…、これでいいんだよな」と自分を納得させる早津馬だったが、早津馬は気づいていなかった。求美の圧倒的な戦力に華菜まで加わって、早津馬に選択権など初めから全くなかったということに…。一般的な人間の世界なら結婚式をしないにしてもハネムーン先をどこにしようかとかなるのだが、求美達は飛蝶との戦いに勝利するという何よりの先決問題があるので、早津馬と愛でたく夫婦となり雑念が消えた求美と華菜の顔からほんわかムードが消えていた。それを見て早津馬も、求美と華菜と夫婦になり、立場が明確になったことで積極的に発言することにし、求美に「まずは昨日と同じ場所で張り込みかな」と聞くと求美が「そうですね。飛蝶が来てることを確認しなければならないですからね」と答えた。早津馬が「じゃあ行こうか」と言うと求美が「先に華菜とアーチに買ってきてもらったお弁当を食べましょうよ」と言った。「そう言えばまだ夕飯食べてなかったね。もう深夜だけど」と言う早津馬に華菜が「夕食もとらずに出陣とは早津馬さん気合いが入ってますねー。それともボスとしたキスの興奮がまださめないんですか?」とからかうように言った。なので早津馬がわざと「おつりは?」と聞くと華菜が斜め上を見ながら「私は呼び捨てにしようかなー」と言い、ゆっくり視線を早津馬に向けて早津馬の目をじっと見ながら「早津馬ー、おつり、私にちょうだい」と甘えた言い方で言った。「自分は女の子に呼び捨てされるのは好きじゃない」と思っていた早津馬だったが、いざ華菜に呼び捨てにされてみると悪い気はしなかった。それをチャンスとみた華菜が一瞬の隙をつき、早津馬の頬にキスをした。そして「あなたの妻なんだから本当は口にしたかったんだけど、ボスとしたばっかりでまだ余韻を残しておきたいだろうと思ったから、ほっぺにしたよ」と言った。当然、のぼせあがった早津馬の口から出た言葉は「おつりは好きに使っていいよ」だった。求美の様子が気になる早津馬が求美の顔を見ると、本当に華菜となら気にならないようで笑顔で華菜に「良かったね、お小遣いできたね」と言った。華菜が「えへっ」と笑った。タクシーの中で4人の食事が始まった。求美は華菜が早津馬に何かしても、自分の一部なので気にならないのだが、早津馬との関係は華菜より自分が深くいたいので何か甘えられることがないか探していた。そして見つけた。華菜がとんかつ弁当3個と早津馬用に健康を考えて焼き魚弁当を買ってきたので、早津馬も少しはとんかつも食べたいはずだと思い「とんかつ食べたいでしょ、口をあけて」と求美が早津馬に言うと少し恥ずかしそうに早津馬が口をあけた。早津馬の口に求美が箸でとんかつ一切れを入れてあげると、うれしそうにもぐもぐしてみせて食べた。求美が「こんどは私にその鯖を少しちょうだい」と言って口をあけた。早津馬がまだ恥ずかしさが抜けない表情で「ここが柔らかくて味もいいから」と言い、その部分を箸で取って、待っている求美の口に入れた。求美と早津馬がうれしそうにやりとりしているのを見てアーチが「私達何を見せられてるんでしょうね」と華菜に言った。華菜が「早津馬さん…、じゃなくて早津馬は人間として、ボスは妖怪としてかなり長く生きてきて初めての経験なんだからしょうがないよ。大目に見てあげようよ」と答えた。アーチが「そんなこと言って、求美さんの尻尾なんだから自分も初めてのくせに」と思いながら華菜を見ると、華菜の顔に「次は私が…」感があふれ出していた。なごやかに食事が終わり求美達全員が飛蝶無能化作戦への緊張を高める中、早津馬が「神様を呼び出すタイミングだけが問題だね」と言うと求美が「あの神様の生きがいは女遊びですからね、なかなかの問題ですけど、そこは臨機応変に対処するしかないと思います」と答えた。早津馬が「生きがいが女遊びって言ったりして、神様に聞かれてないかな」と言うと求美が「大丈夫です。今頃また女遊びに夢中だと思うんで。そういう時は聞こえないようなんですよ」と答えた。

 その頃、また新宿のとあるキャバクラ来ていた丸顔神が「求美のやつ分かったようなこと言ってるな。女遊びに夢中だと聞こえないんじゃないんだよ、神だから百人でも千人でもその気になれば聞き取れるに決まってるだろ。ただ疲れるからやらないだけだよ」とつぶやいた。そんな時、店長に言われて席を移動してきた少し馴染みの女の子が丸顔神に「ねえ、ちょっとだけ高級なやつでいいんだけど…バッグ欲しいな、今持ってるの流行遅れで恥ずかしいんだ」と言うと丸顔神が「いいよ、買ってあげるよ」と即答し肩を抱き寄せた。ニヤけながら顔を女の子に近づける丸顔神、神とは思えない普通のスケベオヤジだった。女の子が隣に座った時、丸顔神はどう見ても無能だった。

 その頃、求美達4人は前日張り込みをした場所に向かっていた。華菜がわざと「今夜こそ飛蝶との決戦になるから居酒屋に行くことはないはず、人間の姿で酔いつぶれた鼠を運ばないで済むと思うと気が楽でいいわ」と言うとアーチが面目なさそうな顔をしてうつむいた。それを見た求美が「最初はみんなそんなもんだから、気にしなくていいよアーチ。華菜だって初めて飲んだ時は…」と言いかけたところで華菜が「分かりました。もう言いません」と求美に待ったをかけた。アーチに笑顔が戻った。もうすぐ目的の張り込み場所に着くという時、求美が早津馬に「停めてください」と言った。「えっ、何?」と聞く早津馬に求美が「近くに飛蝶がいます」と答えた。華菜が小さな声であっけらかんと「私、何も感じなーい、これが私とボスの差なんだよなー」と言った。求美がその言葉に苦笑いしながら「飛蝶が私達の気配を探っているようです」と言うとアーチが「私、耳には自信あるんです。でもバッグの中だったので良く聞こえなかったんですけど、飛蝶の子供達が来ましたよね。あの子達がしゃべったということですか?」と求美に聞いた。求美が「飛蝶の子供達は大丈夫、絶対言わない。今頃になって通りで私達と出合ったのを思い出したんじゃないかな」と答えた。華菜が「あの出合いから今まで、私達のことを忘れていたってことか、あいつならあり得るな」と言った。求美が華菜に「飛蝶はまだ私達の気配に気づいていないようだから、私達を包んで」と言うと「分かった。尻尾に戻って包めばいいんだよね」と答えた華菜が、人間から金色の狐の尻尾に姿を変えながら、元々ふさふさの尻尾を見る見るうちに巨大化し黒く色を変え、車内の求美達をふんわり包んだ。求美が「これだけは尻尾の華菜にしかできない。これで私達の気は外に出ないから大丈夫」と言った後に華菜がテレパシーで「気を使ってくれたのかもですけど、私はボスの一部なんで…」と求美に話しかけてきた。そして「なんでこんな優しいボスから人間を脅かして楽しむ私が出来たんだろう」と本気で考え始めた。求美もテレパシーで「確かにそういう部分はあるけど、華菜自身が気がついていないだけで本質は優しいと思うよ」と話しかけると華菜が「ボスの一部で良かった」とテレパシーで返した。求美も嬉しそうな笑顔を見せた後「華菜は私なので、飛蝶への気配を遮断しても飛蝶からの気配を遮断することはないんです」と早津馬とアーチに説明した後、数秒間集中した。そして「大丈夫です。飛蝶は私達に気づいていません。と言うよりまた恋でもしたのか、その男が近くにいるか探っていたようです」と言った。元の美少女に戻った華菜が「相変わらず惚れっぽいな」とあきれ顔で言った。

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