第17話 飛蝶の悪事:中級を現認

 その頃華菜は待機所になっている居酒屋の前にいた。中から声が響いていた。店内は大盛り上がりのようだ。華菜が店内に入るとアーチを中心に数人の男達が集まりそれぞれの特技を披露しあっているようだった。本来野生のはずなのに何のガードもせずただヘラヘラしているだけの泥酔鼠のアーチを見て華菜は「こういうヤツは信用できる」と思った。一方、「今日はもう役にはたたん」とも思った。

 その頃、見張りの求美の目にはすでに相当飲んでいると思われる男を連れて飛蝶のいるビルの2階へ非常階段を上がって行くホステスが映っていた。求美が「始まった」と思う中、あまり間隔を空けず次々と泥酔した男を連れたホステスが非常階段を上がって行った。しかしいつまでたっても飛蝶のいる2階は静かなままだった。「今、2階で何がおきているのか調べるにはアーチを鼠に戻してなんとか送り込むしかないか…」と求美が考えていると背後に何かが近づいてきた。それに気づいた求美が振り返ると細身の華菜がアーチを支えながらよたよたやって来るのが見えた。求美が二人に近寄り「そんなに飲ませちゃ駄目じゃない」と華菜に言うと「居酒屋に着いた時はもうこの状態」と華菜が言った。求美の「アーチを鼠に戻して…」の案は消えた。求美も手伝いアーチを見張り場所に連れて行った。そして真面目な求美が華菜に「居酒屋で私達が頼んだ分の支払いは?」と聞くと華菜が「お客さんの一人が楽しかったからいいよって言ってくれた」と答えた。求美が「やったー、華菜やったじゃない」と嬉しそうに言うと華菜が「それはこの方の手柄」とアーチの肩に手をおいた。お手柄のアーチを見ながら求美が「あの母ちゃんもこれじゃもう飲めないし、帰ってほしかっただろうね」としみじみ言った。アーチは本当にひどい状態だった。アーチが求美に気づいて謝っているようなのだが何を言っているのか分からないほどだった。このままでは足手まといになるだけでなく危険だと思った求美はアーチを鼠に戻し、元々特殊能力を持った竹刀を変えたバッグなら安全と判断して中に入れた。アーチはその間ほとんど反応しなかった。それに対し求美と華菜は妖狐、しこたま飲んでも完全につぶれることはなかった。眠そうではあったが…。しばらくすると飛蝶が2階から非常階段を下りてきた。籠を手に中野通りと逆の方向に歩いて行く飛蝶を確認した求美は華菜を見張りに残し一人尾行を開始した。求美が「また鼠を補充するつもりなのか、でも今頃になって…」と不審に思いながら尾行を続けていると何回か右左折を繰り返した後立ち止まり、辺りを見回した。そして持っていた籠から何かを取り出し、路上に捨てた。鼠だった。夜でも遠くまではっきり見える妖狐の求美にはそれが確認できた。「補充じゃなくて捨てに来たのか、でもなぜ?」と求美が思っていると、飛蝶が捨てた鼠に顔を向けた。すると鼠が人間に変わった。男だった。そして腰をおとした飛蝶が妖術を使い、男から更に何かを聞きだしそのまま置き去りにして帰って行った。飛蝶が昏睡強盗の被害者を捨てにきたのは明白だった。「飛蝶のやつ今回はこんな近所で済ませて…これも進歩の一種?でも馬鹿だからなあ、やっぱり手を抜いただけだろうな」と思いながら飛蝶の気配が消えるのを待って求美が横たわる男に近寄ると、完全に泥酔状態で意識がなく寒空の下そのままでは危険なため、やむを得ずスマホで早津馬を呼んだ。早津馬はお客を探し近所を走っていたということですぐにやってきた。求美が「ありがとうございます」と言うと早津馬は「たまたま近くを走ってて良かった」と言った。求美は心の中で「嘘つき、でも大好き」と叫んだ。申し訳ないと思いながら後を早津馬に託し、求美は華菜のいる見張り場所に戻った。一方、早津馬は「タクシー営業中に倒れている男を見つけた」と通報することで警察に疑惑を持たれないよう対処した。見張り場所に戻った求美が華菜にその後のことを聞くと「飛蝶が戻ってきてビルの2階に上がって、それだけ。特に何も」と答えた。それからしばらくして飛蝶がまたビルの2階から籠を持って下りてきた。また求美が尾行すると今度は途中からルートを変え同じ位歩いたところで、また同じことをした。「寒空の下このままにはできない」と思う求美だが続けて早津馬に頼むと早津馬が疑われるので歩いて中野通りまで出て、「人が倒れているのを見つけたけどスマホを忘れてきたので通報してほしい」と通行人に頼み、自分は倒れている人のところに戻るふりをして華菜のいる見張り場所に戻った。その後も基本、同じことが繰り返され求美は大忙しとなった。求美を気づかう華菜が「もういい加減にしろ」と小さい声でつぶやくとビルの2階の窓のカーテンのすき間から漏れていた明かりが消えた。

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