第18話 早津馬、本領発揮

 明かりが消えて間もなく、飛蝶を先頭に10人ほどの女の子がビルの2階から非常階段を下りてきた。今回の飛蝶は籠は持たずショルダーバッグを肩から下げていた。「あのバッグの中に泥酔させた客から奪った金目の物が入っているに違いない。いまいましいヤツ」そう思う求美の視線の先を飛蝶達は集団で中野通りの方向へ向かった。その道すがら女の子が一人二人と消えていった。良く見ると女の子が消えたところには鼠がいた。そしてその鼠達は各々何処かへ走り去った。やがて集団は飛蝶だけになった。求美は飛蝶が子供達のところに帰ると確信し、早津馬のタクシーを使う可能性があると考えてスマホで早津馬を呼び出した。「早津馬さんは絶対近くにいてくれてる」求美が思ったとおり早津馬は近くにいた。と言うより求美が大好きな早津馬は近くで待っていた。スマホをつないだまま、酒の飲みすぎからすでに回復した華菜と一緒に求美は飛蝶を尾行した。飛蝶は中野通りへ出ると左方向を見た。そして中野駅方向に向かう空車表示のタクシーに気づき至近距離なのにもかかわらず強引に前に出て立ち止まり、タクシーを止めた。100回ひかれても1000回ひかれても大丈夫な妖怪だからこそできることだがやられた方はたまったものじゃない。思わず怒鳴ろうとしたタクシードライバーだが、飛蝶が後部ドアの前に移動したことで乗車の意思が分かりグッとこらえた。飛蝶が乗車するとタクシーはすぐに発車した。求美が周囲を見回すとすぐに回送表示の早津馬のタクシーが、飛蝶の乗ったタクシーの後を追うように来て止まった。そして早津馬が求美と華菜を手招きした。早津馬は飛蝶の悪事の場所と求美から聞いていた派手な性格から行き先を読んですぐに追える場所で回送表示にして待機していたのだった。求美と華菜が急いで道路を渡り早津馬のタクシーに乗り込むと間髪入れず発車した。少し進むと飛蝶の乗ったタクシーが信号待ちで停車していた。間に1台乗用車が入ってしまったが、追跡するタクシーの行灯が見えるので見失うおそれがなく、尾行がばれる心配が低くなるぶんかえって好都合だった。求美が「助かりました。早津馬さんが先を読んで待っていてくれたので飛蝶を見失わないですみました。私達では車の位置や向きまで気がまわらないので」と早津馬に言うと「逆にさすが求美ちゃん、そこに気づくんだ。でもそういうことでしか貢献できないから…、だから必要な時は遠慮なく言って。求美ちゃんは俺の優先順位1位なんだから」と心強い言葉を求美に返した。そして続けて「今のところ新宿方向に向かってる」と言った。東京の地理が全く分からない求美が「早津馬さんを危険な目にあわせたくなくてこっそり出てきたのは本心なんです。でも私達だけで何とかしようと思ったのは無謀でした。追跡がうまくいってもそこが何処か分からず迷子になってました。早津馬さんを置いてきた私達なのに見つけてくれてありがとうございます」と言うと早津馬が笑顔で求美を見て「逢いたかったのは俺の方だから」と言った。その早津馬のニヤけた顔を見た華菜が少し厳しい口調で「見失わないでくださいね」と言った。「運転には自信がある。まかせて」と言うだけあって早津馬は本当に運転がうまかった。追跡がばれないよう巧みな運転をしばらく続けたところで早津馬が「やっぱり求美ちゃんが言ってたように華やかなところに行きそうだよ」と言うと、求美が「そこはどんなところですか?」と聞いた。「六本木界わい、と言っても分からないか。今どきの若者達、だけじゃなく若くない人達も集まるところ、特に夜は煌びやかなところだよ」と早津馬が答えると求美が「煌びやか、確かに飛蝶が好きな言葉です。自分はそういうところしか似合わないとさえ思ってますから」と言った。早津馬が「でも仕事で通るだけで遊びに行ったことないんだけどね」と言うと求美が「真面目なんですね」と言った。早津馬が「そこで遊ぶだけの…」と言いかけて「あれ、コンビニに入りそうだなあ」と言った。その言葉を聞いた求美と華菜が後席から前に身を乗り出して飛蝶が乗っているタクシーを見ると確かにコンビニの駐車場に入って止まった。しかしタクシーから降りたのは別人だった。だが早津馬は気づいた。「車内で着替えたんだ…。ヘアスタイルも変えた。よくあのサイズのバッグにあの服を入れてたもんだ」と早津馬が言うと求美が「早津馬さんのところで私達がお風呂を使わせてもらった時に言ったじゃないですか、妖術でどうにでもなるって、飛蝶も妖怪なので人間の目をだましてるだけです。あのタクシーの運転手だってだまされていいように操られていると思いますよ。まあ私と華菜だって怪しいと思わずに見てたらだまされますから」と言った。華菜が「飛蝶はなぜそんなことするんだろう」とつぶやいた。早津馬が「自分の住んでいるところがばれないようにしてるんだと思うよ。今乗ってきたタクシーも普通なら待たせておくのに行かせたから」と言うと求美が「そうですね。いくら妖力に長けているといっても我が子ですからね、住んでるところを知られたくないはずですよね。それはそうとしてアイツきっとタクシーの料金払ってないですよ」と言った。早津馬が自分もタクシードライバーなので気になり「どうしてそう思うの?」と聞くと求美が「アイツ、今夜仕入れた酒の代金踏み倒すつもりですから。鼠の化身に話してるの直接聞いたので間違いないです」と言った。早津馬が「許せないな…、俺の顔はまだバレてないはずだからコンビニで飛蝶が何をしてるか見てくる」と言ってタクシーをコンビニの前から少し先に行ったところまで移動させて、戻るかたちで歩いてコンビニに向かった。求美と華菜はもしもの場合を考え臨戦態勢で早津馬を見守った。早津馬はコンビニに入ってすぐに出てきた。そして乗車するなり求美に「まだ聞いてなかったけど、俺が通報を頼まれた泥酔客って飛蝶が直接捨ててったの?」と聞いた。求美が「そうです」と答えると「まとめて捨てるんじゃなくて一人ずつ捨てるに変えたんだ」とつぶやき「まあそれはこの際どうでもいいとして、その時飛蝶は泥酔客に何かしなかった?」と求美に聞いた。求美が「そう言えば泥酔した人の顔に自分の顔を近づけて妖術で何か聞きだしてました。私には分からない内容だったので詳しくは覚えてないですけど、あんしょう…とか言ってた気がします」と答えると早津馬が「やっぱりそういうことか」と言った。「どういうことですか?」と聞く求美に早津馬は「現金はもちろんだけど本当の狙いはカードだったんだよ。カードのほうが遥かに得られる金額が大きいから。持ち歩いている現金だけだとしれてるからね、中には大金持ち歩いてる人もいるかもしれないけどまずいない。聞いてた飛蝶はそんなチマチマ稼ぐことしないと思ったんだ」と答えた。そして続けて「求美ちゃんが聞いた、あんしょう…というのはカードで現金を引き出す時に必要な暗証番号のことなんだ。現金を引き出す機械をATMっていうんだけど飛蝶がさっき使ってた。一度に何枚も使うと怪しまれるからすぐに出てくると思うよ。そしてまた何店かコンビニに立ち寄るはずだから、出てきたらタクシーを拾うからここで見ていよう」と言うと本当にすぐに飛蝶がコンビニから出てきて、乗ってきた方向と同じ、早津馬のタクシーが止まっている方向に向かう車を見始めた。飛蝶が早津馬のタクシーに気がついた。その瞬間自分のタクシーに乗ろうとするかもしれないと思った早津馬は車を発進させた。そして脇道に入りすぐUターンした。それを見ていた求美と華菜が「さーすがー」と声を合わせて言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る