第9話 助っ人アーチ誕生

 中野駅の北口から出た求美は、人の少ない場所を選んで精神を集中し、飛蝶の気配を探ってみたが何も感じとれなかった。周囲を見回すと左側に新しいビル群が見えた。そしてその右、というよりほぼ正面に古いビルがあった。「変な形!」と華菜が言った。求美も「そうだね」と言って側まで行ってみると中野サンプラザと表記してあった。7月に閉館されるようだ。だが、ここでも飛蝶の気配は感じとれなかった。求美は昨日のテレビニュースのことを思いだし、昏睡強盗の被害者が見つかった場所に行ってみることにした。求美と華菜、二人とも中野の地理が全く分からないので、答えてくれそうな人を選びその場所を教わりながら進んだ。そしてたどり着いた所は、今乗って来たJR中央線の高架線路を中野駅から少し高円寺側に戻った、ガード脇の道がガードを東側から西側にくぐるためのアーチになっている所だった。求美はその場所に着く前から、微妙ながら飛蝶らしき匂いを感じていた。そしてその場所に着いた時「飛蝶は最近間違いなくここに来ている。あのテレビニュースの件はやはり飛蝶がかかわっている」と確信した。早朝でもなくなったため駅に向かう人が増えてきた。そんな中、求美と華菜が飛蝶が何か残していったものがないか周囲を鋭い目で探していると、人目を気にせずちょろちょろ動き回る鼠が目に入った。求美がじっと見ていると、その視線を感じた鼠が求美に視線を向けた後、逃げようとダッシュの体勢をとったがそのまま硬直して動かなくなった。求美が妖力を使ったからだ。鼠を両手で優しくすくい、鋭い目つきを優しい眼差しに戻した求美が、鼠への妖力を解いて聞いた。もちろん逃げられないように、両手で包み首だけ出てる状態でだが。「昨日の多分早朝、ここで起きたこと詳しく知らない?」と聞くと鼠が何か口をもぐもぐさせた。求美が「ああしゃべれないか」と言った後、鼠の目を見つめるとその鼠が急にしゃべりだした。鼠自身がしゃべれたことに驚いていた。驚きながら「昨日の早朝のことって、酔っぱらって動けなくなった人を何人かここに捨ててったことですか?」と聞くので求美が「そうそう、知ってるんだ」と喜びながら「飛蝶がやったはずなんだけど」と言うと鼠が「飛蝶って誰のことですか?」と聞き返してきた。「飛蝶じゃ分からないかー、6本足の狸って言えば分かるかなー」と求美が言うと飛蝶が狸の姿に戻っているのを見たことがある鼠が「あの人、飛蝶っていうんですね…、もしかしてその仲間なんですか?」と言って体をこわばらせた。「どうもひどい目にあわされたようだ」と思った求美があわてて「ごめんごめん、先に言わないとね。私、求美っていうんだけどそしてこの娘、華菜はその6本足の狸を退治しに来たの、だから怖がらなくて大丈夫よ」と言うとここまで黙っていた華菜が「信じられる?」とつけ加えた。すると鼠が「私達鼠は直感で生きてます。信じられます」と即答した。求美が「良かった」と言った後「さっきのことだけど」と繰り返すと鼠は「その飛蝶って人…、狸か、私達はその狸に一昨日の夜から脅されて人間に変えられて、ここよりもっと北の方でホステスをさせられたの」と言った。求美が鼠に「私達って、一人じゃないんだ?」と聞くと鼠が「私を含めて五匹です」と答えた後、「逃げないんで緩くしてもらえませんか?」と続けた。「忘れてた。ごめん」と言って鼠を包んでいた両手を緩めた後、求美が「大丈夫?」と聞くと鼠はなんとなーく笑顔になったように見えた。「鼠には表情筋がないからよく分からないけど、多分、笑顔を作って見せたんだろう」求美がそう推定して自身も笑顔を作って鼠に見せている時、華菜が気づかいなしに鼠に「で、さっきちょろちょろ動き回ってたけどどうして?」と聞くと鼠は「ちょろちょろ」という言葉が気に入らなかったようで、なんとなーくムッとした顔になった。「めんどくさ」と言い離れた華菜に代わり求美が「ごめんね」と言いながら笑顔を見せると鼠は機嫌を直したのか「その狸、一昨日の夜からさんざん私達をこき使ったのに何もくれなかったんです、チーズの一切れさえも。なので何か忘れていった物がないか探してたんです」と言った。求美が「昨日の夜明け前からずいぶん時間がたってるから、もう無理でしょ。そんなこと言ってる私達も探してたんだけど」と言うと鼠が「昨日の朝も狸がどこか行ってから探したんですよ。そしたら見つけたんです。まだ何か見つかるかなと思ったんですけど眠くて、だから昨日はそこであきらめて今日また探してたんです」と言った。求美が「昨日見つけた物見せて」と言って鼠を路上に下ろすと一瞬逃げようとしたが、絶対無理を体感したばかりの鼠は、なんとなーくしぶしぶに見える顔でコンクリートの隙間に体を深く突っ込み、何かを口にくわえて引きずり出してきた。求美が鼠からそれを受け取ると、それは一万円札を何枚か重ねた後折ってクリップで留めたものだった。数えてみるとちょうど10枚あった。飛蝶が落としていったものに間違いなかった。「これ、どうするつもりだったの?」と求美が鼠に聞くと「これでいろんなものが手にはいるんでしょ」と言うので求美が「鼠がこれを店に持っていっても取り上げられて追いはらわれるだけなんじゃない」と言うと復活してきた華菜が「殺されちゃうよ」と脅しめいた言い方で言った。なんとなーくくやしそうに見える顔で「でもー」と言う鼠に求美が「じゃあどうする?鼠のあなたじゃこのお金全く使えないと思うけど」と言うとなんとなーく不満そうな顔のままだが「そうですね。使えないですね」と納得したので求美が「正直に言うわね、私達も今お金がなくて困ってるの、飛蝶を退治するまで預からせてもらえないかな。飛蝶を退治したら働いて絶対返すから」と例の清らかな笑顔で言うと鼠は即答で「おまかせします」と言った。求美の笑顔は鼠さえも幸せな気分にさせる。「あなたもお金のこと、心配だと思うから、私達と一緒にいたら」と求美が言うと、鼠が求美の笑顔効果を引きずるようになんとなーく笑顔に見える顔で「はい、ついて行きます」と答えた。「私達の名前覚えてる?」と求美が聞くと鼠はなんとなーく恐縮した顔で「忘れました」と言った。「じゃ、あらためて、私の名前は求美そしてこの娘が華菜」と言って華菜の肩を抱いた。「あなたの名前は?」と求美に聞かれた鼠が「ないです。人間の言葉をしゃべれなかったので」と言うと求美が「そうだよねー」と言って視線を上げた。そしてその数秒後「アーチがいいね、アーチにしよう」と言った。華菜が「今、上を見てた」と言うのを聞いた鼠が「そこが名前の由来ってことですね」と言ってガードに作られたアーチの上の部分を見上げた。鼠なので何のことやら分かってないはずなのに、なんとなーく分かっているように見える顔をして「素晴らしい名前です。アーチ、気に入りました」と言った。求美が「良かった。気に入ってもらえて」と言った後「アーチ、あなた飛蝶にこき使われたのに何ももらえなかったって言ってたよね。賢そうだし、もし良かったらだけど私達と一緒に飛蝶と戦わない?もちろん嫌なら断っていいよ」と言うとアーチは「さっき言いました、ついて行きますと。お金が心配だからじゃないです。求美さんならついて行けます。求美さんが私を選んでくれた以上、求美さんは私のこれからのリーダーです。一緒に戦います」と答えた。

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