第10話 アーチ変身

 決意表明に続けてアーチが求美に聞きにくそうに質問した。「ついて行く気持ちに嘘はないですが心配なことがあります。あの狸のパワー、もの凄いですよね、人を操ったりもしますし、勝てますか?」と。求美が「さっきあなたの動き止めたでしょう。しゃべれるようにもしてあげたし」と言うとアーチが「それは狸にもされました。とにかくいろんなことができますよね、あの狸」と言った。「あれ、一度しゃべれるようになってたんなら、さっきどうしてあんなに驚いたの?」と求美が聞くとアーチは「鼠をしゃべれるようにできるって凄いことだと思うのに二人目が現れたからです」と答えた。それを聞いた求美が「なるほど」と理解した後、アーチを安心させるように「大丈夫、私もいろいろな能力を持ってるし、何より強いから、それに飛蝶の弱点も知ってるし」と力強く言った。言った後、求美は気づいた。いつの間にか求美達を遠巻きに見ている人達がたくさんいることを。絶世の美女である求美と華菜を見ている人もいたが、そうでない人もいて「ひょっとしてあの人、鼠と話してるんじゃない?」とか「鼠と話してるぞ、凄いな」と言う声が聞こえてきた。「これはまずい」と思った求美はしゃがんでいた姿勢のままアーチを両手で包み、立ち上がりながら小走りでその場から移動した。そしてついてくる野次馬を完全に振りきり、人気のない路地裏に入ってアーチを求美自身の肩にのせた。そして「アーチが安心できるように凄いもの見せてあげる」と言って、華菜を目で促し、華菜がいつの間にか気に入って自分から進んで肩にかけていたバッグを受けとると、両手で持ち前方につき出し「元に戻れ」と念じるとバッグから基本型の竹刀に戻った。それと同時に中に入れていたものがばらばら落ちた。「あちゃー、出すの忘れてた」と思っている求美にアーチが「凄いことできるなと思いますけど、これ戦いの役に立ちます?」と聞いた。「確かにこの状態だけ見るとね、でもここまでは準備段階でここからが本番だから」と言って求美が「本物の刀になれ」と念じると竹刀が怪しく光る真剣に変わった。しかも今回は前回の夜と違い、明るい昼間なので光量不足でアーチを安心させるためのデモンストレーションとしては迫力に欠けるかなと心配していた求美の予想を大きく裏切り、極めて強く青白い光を発していた。鼠のアーチの小さいはずの目が、倍以上になっているのが見てとれた。しばらく青白い光を放つ妖刀から目を離せなかったアーチが「勝てますね、この刀なら」と言った。「大成功」と求美が喜んでいると更にアーチが「それにしてもこの青白い光、何か相当怪しい力を感じます。凄みも感じます」と続けた。「アーチにも伝わるんだね、この妖しさ」と求美が言うとアーチが「はい、かなり」と答えた。「ああ言うの忘れてた。あっちは狸だけど私達は狐、狐の方がずっと賢いんだよ」と求美が言うと今まで求美と華菜が狐であることを知らなかったアーチが急に怯えだし「この件が片づいても食べないでくださいね、私を」と言い出すと華菜が「私達狐だからねー」とアーチを襲う真似をした。怖がるアーチを優しく手で守るように覆い「華菜、やめなさい」と言った後、アーチに「大丈夫、私達は人間と同じ物しか食べないから。心配しなくていいよ」と言った。華菜が「アーチ、不味そうだしね」と好まれざる言い方で肯定した。「はい確かに、って言うのは嫌ですけど、いいもの食べてそうですよねお二人は」とアーチが言うと華菜が「そうだね、だから鼠なんて不味くて不味くて」と本当に不味そうな顔をして言った。だがすぐに笑顔に変わった。それを見たアーチは「ああこの人というか狐は、こういう性格というかキャラなんだ」と納得した。そのアーチの顔はなんとなーく安堵した表情に見えた。それを見ていた求美は「これで華菜とアーチは大丈夫、私が見抜いたとおりアーチは賢い」と思った。華菜がアーチの「食べないで、私を」から連想したのか「眠い、お腹もすいた」と言うのを聞いて、自分もそうだったことに気付いた求美が「悪いけど、アーチのところで休ませてくれないかな?」と頼むとアーチが「それは大歓迎なんですけど、その大きな体では入れないですよ」と言った。求美が「大丈夫だから案内して」と言うと「さっき出会った場所です」とアーチが答えた。求美は「鼠の行動範囲は狭いからあの近くだとは思ったけどまさかズバリとわね」と心で思った。そして先程の人だかりが残ってないか念のため注意しながら、出会いのガードのアーチ部分に戻るとすっかり解消していた。「さすが都会人、何でも早い」とあらためて感心する求美だった。それでも少ないが人通りがあるので、求美が自分達への視線がなくなるのを待って「小さくなれ」と念じると、求美と華菜、求美の身の回りの物が全て小さくなった。念じる前に路上に下ろしたアーチを除いて。もともと竹刀のバッグは求美の念に応じ自ら小さくなった。求美と華菜が自分と同サイズになったのを見てアーチが「凄ーい、これなら狸に勝てるかも!」と言うのを聞いた華菜が「勝てるの!」と強く言った。アーチが華菜に前足でまあまあという仕草をした。完全になじんだようだ。求美がポケットにしまってあった、重ねて折った一万円札の束をアーチに見せると「お金まで小さくなってる!」とアーチが感心していた。「小さくしないとアーチの住み家がその分狭くなるでしょ」と求美が言うとアーチが「求美さんの想像より広いと思いますよ」と言ってニヤリとした。アーチの先導でガードの壁面まで進むと突然アーチが消えた。そして消えた所からアーチの手が、いや前足が出てきて求美と華菜を足招きした。そこは小さな段差が路面の裂け目をうまく隠す秘密の出入り口だった。「なかなかいい所見つけたじゃない!」感心しながら求美がそこから地下の通路状の微妙な隙間に入り、アーチの後をついて行くと突然広い所に出た。確かに求美が想像していたよりかなり広かった。そして綺麗だった。アーチが誇らしげに求美と華菜を見ていた。でも残念ながらそのことに華菜は無関心で「早起きしたから眠いんだけど、それ以上にお腹すいた。何か食べたーい!」と先程の言葉を繰り返した。「そういえば早津馬さんに買ってもらったおにぎりとパンまだ食べてなかったな、いただこう。飲み物だけあればいいかな」と思う求美の目に、なんとなーくもの欲しそうに見える顔をしたアーチの姿が見えた。「アーチは何が食べたい?」と聞くとなんとなーく笑顔になったように見えるアーチが「早速このお金を使うんですね」と求美の服のポケットを前足で指した。「そうだね」と求美が言うとアーチが「求美さんならお金を使わなくてもどうにでもできるんじゃないですか?」と聞いたので求美が「正当な理由がない限りそういうことに力は使わない、それが私達、じゃない私の誇り」と言った。華菜が不服そうに「私達じゃなく私って言うのはなぜ?」と聞くので求美が「華菜は人を驚かすことに使うからね」と言うと華菜が「確かに、でも止めらんない」と言ってニヤリとした。アーチが「誇りですか、そこがあの狸と違うところですね」と言うと華菜が「汚いやつだからね、いつかコテンパンにしてやらないとね」と言った。「これから戦いが始まるんだから精をつけないと…、久しぶりにぜいたくしたいな、チーズがいい、ぜいたくチーズ」とアーチが言い、求美が「私はお茶、抹茶入りがいいな。華菜は?」と聞くと華菜が「私が買いに行くのでその場で決める」と言って求美から一万円札を一枚受け取り「じゃあ買いに行ってくるねー」と言って路上への出口に向かった。その華菜の背中に求美が「見つからないように気をつけてね」と声をかけると華菜が振り返り「はーい」と言って右手を振った。そして華菜は出口まで行くと出口から目の上だけ出し、周囲を見渡し人がいなくなるのを待って路上に出、穴の中に向かって「サイズアップして」と少し大きめの声で言った。すると一瞬で華菜が元の大きさに戻った。尻尾の華菜には小技は使えるが大技の妖力は使えない。求美と華菜の阿吽の呼吸である。華菜の足音が遠ざかっていった。しかしその後コンビニで買い物をするだけのはずの華菜がなかなか戻ってこなかった。求美の心配がつのりだした頃外から声が聞こえた。「サイズダウン」華菜の声だった。求美が念を送ると、少ししてまたサイズダウンした華菜が、すまし顔で入ってきた。華菜をチラッと見た求美が華菜を心配していたのも手伝って少しきつく「遅い!」と言い更に「華菜、唐揚げ食べてきたでしょ」と言うと「やっぱりばれた」と華菜が屈託のない笑顔を見せて言った。「当たり前でしょ、華菜は私の一部なんだから、今の様子を見れば何してたか検討つくわよ」と言う求美に、華菜が求美の怒りをおさえるように笑顔で「はい」と言ってバッグからお茶を出して渡した。そして続けて高級チーズをアーチに渡した。アーチの顔は小さなチーズになんとなーくがっかりしたように見えた。華菜は自分用にペットボトル入りの紅茶、それに加え弁当も買ってきていた。求美が「華菜、唐揚げを食べてきたのに、おにぎりとパンの他にお弁当も食べるの?太っちゃうよ!」と言うと華菜が「なんだか無性にお腹がすいたんで」と言った。求美が「九本の尻尾のうち一本だけ大きくなったらバランス悪くなる、今でも他の八本より少し大きめなのに」と一人言のように言った後「チーズを元の大きさに戻すね、アーチのサイズは変わってないから」と言って念を送りチーズを元の大きさに戻した。そこそこの大きさになった高級チーズを前にしたアーチが「贅沢!食べきれない、おデブになっちゃう」と、なんとなーく多分満面の笑みで言った。求美が「本当、アーチよりチーズの方がずっと大きい。これなら1年持つんじゃない」と言うとすっかりなじんだアーチが「持つかー」と返した。言った後すぐ「調子にのりました」となんとなーく恐縮しているように見える顔で言うアーチに求美が「いいのよ、気にしないで。みんな平等だから」と返すとアーチの顔がなんとなーくうれしそうになったように見えた。妙に華菜が静かなので視線を向けると、目があったとたん悲しそうな顔で華菜が「太るから食べない」と言って求美に弁当を差し出した。「気にしたかー、ごめん。今日だけなら大丈夫だから、食べていいよ。」と求美が言うと華菜が笑顔になり、凄い勢いで食べだした。華菜の食べっぷりを見ながら求美もうれしそうだった。食事を済ませた後、夜間行動することになるため三人…、いや三匹は眠りについた。アーチはいつもの場所で、求美はその反対側で狐の姿で、そして華菜は求美の尻尾に戻っていた。ただ所詮鼠の巣なので、巣全体近く大きくなっても本来の九尾の狐の体の大きさにはほど遠く、熟睡しにくいがそれで我慢していた。求美は気付かなかった。アーチが狭い空間となった自分の家の中でもっと息苦しさを感じていたのを。

 夜の10時を過ぎた頃求美が目を覚ました。大きなあくびをした後、人間の姿に変身し、アーチをおこそうとしたがいなかった。置き手紙をしようにも字が読めないはずなので、このまま出て行こうか迷っていると息を切らしながらアーチが戻ってきた。求美がアーチに「どこに行ってたの?」と聞くとアーチが「記憶を頼りに一昨日の夜、狸に連れていかれた場所を探してみました」と答えたので華菜が勢いこんで「分かった?」と聞くと「一瞬で移動させられたので途中が分からないんですよ。だけど私、帰巣本能が他の鼠より強いので、あの時連れていかれた場所がここから北の方なのは見当がついたので行ってみたんですが広すぎて、結局あきらめて戻ってきました。役に立てなくてすみません」と答えた。求美が「ありがとう、でも無理しちゃだめよ。飛蝶に気づかれると危ないから」と言うとアーチが「やっぱり求美さんは優しい」となんとなーく感激しているような顔になった。華菜が「で、私達今から飛蝶の居場所の捜査に出かけるんだけど一緒に行く?」とかしこまった言い方で聞くとアーチが「日頃の私の行動範囲の何十倍も動いたので凄く疲れました」と答えた。求美が「そうだよね。じゃ華菜と捜査に行ってくるね」と言い、歩き出すと「行きます。行きたいです」とアーチが言った。そして続けて「ただ、求美さんの邪魔になると思うんです、歩幅が違いすぎますし。でもポケットやバッグだと苦しいので私が入れる丈夫な箱かなんか用意してもらえませんか?」と言った。その言葉を聞いた求美は「ごめん。気が回らなかった。そうだよね」と言った後アーチ見ながら何かを念じた。するとアーチが人間の女の娘に変身した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る