第7話 早津馬の決意

 完全に早津馬を信用しきった求美が突然話だした。「私達、決着をつけなければならない相手がいるんです。その相手が東京に、そして更に中野という所にいることが分かったので乗せてきてもらったんです」それを聞いた早津馬が「そういえば那須塩原で食事をしていた時、店のテレビのニュースで中野で何かあったようなこと言ってたね」と言うと求美が「あなどれない人ですね」と敬意を込めて言うと、華菜がわざと「やっぱり記憶を消した方がいいんじゃない?」と求美に言った。早津馬が内心「またこいつ」と思いながら「その程度のこと覚えていたって大したことじゃないと思うな、ねっ求美ちゃん」と安心している求美にはちゃんづけで言った。求美が華菜にのっかって「確かにあなどれないですね、ちゃんと覚えてるんですから」と言ったが求美を信頼しきっている早津馬は華菜に対する態度とは全く違ってあきらかに緊張感はなく「あなどって大丈夫だよー、あなどってほしいなー」と求美に訴えた。すると求美が真面目な顔で「早津馬さんのこと、信用してます。だからあなどれない方がいいんです。私達…、具体的な年齢は言いたくないので言いませんが、長く生きてきたんですがあの殺生石に閉じ込められていたせいで最近の世の中のことが全く分からないんです。だからさっき思いきって東京に来た事情を説明して早津馬さんの知恵を借りようと…、借りられますか?」と聞いてきた。早津馬が間髪入れず「俺程度でいいんならいくらでも…、求美ちゃんの役に立ちたい!」と答えると、求美が「うれしい、ありがとうございます」と言い、さっそく決着をつける相手の説明をしようと「相手はですねー…」と言い始めた時、早津馬が首を細かく振って止めた。そして「具体的に言わなくていいよ、一般的な例にたとえて話してくれれば」と言った。その言葉の意味を理解した求美が「早津馬さん、心配しないでください。何があっても記憶を消したりしないです。早津馬さんが絶対信頼できる人なのは私が確信しています。華菜だって早津馬さんをからかうようなことを言ってても本心では信頼できる人なの分かってますから」と言ってくれた。「なら良かった」とほっとした早津馬だったが「こいつ、俺をからかってたのか」と狐の妖怪の脅威から解放されたばかりなのに、華菜に内心ムッとしていた。求美が「それでですね、その相手も妖怪なんですよ」と話し始めたの聞いた早津馬はまた血の気が引いていくのを感じた。今日は早津馬にとって正に体温がエレベーターのように上がり下がりする一日になっていた。それでも「俺も男だ、今さら後には引けない」と決意する早津馬だった。求美が話を続けていた。「足が6本ある狸なんですけど人間に化けるとすっごい美人になるんです。それでこの前戦った…、不意討ちにあったんですけどあれは何百年前だったかなあ。あっ、歳がばれる」と口を手で押さえた求美に早津馬が「殺生石の歴史、だいたい知ってるから…、俺、実年齢より見た目が大事だと思うから、求美ちゃん本当に綺麗で可愛い女の子だよ」と本心から言った。求美はお世辞だと思い、うれしそうにしただけで話を続けた。「飛蝶っていうですけどその狸、本当に美人なんで人間だけでなく女好きの神様までだまされて、私達殺生石に閉じ込められていたんです」と言うのを聞いた早津馬が「だまされた神様ってさっきの!」と言うと「やっぱりあなどれないですね」と求美、もう求美と華菜に脅威を感じなくなった早津馬が聞いた。「人間に気づかれないようにってアドバイスがあったということは神様と和解できたということだね」求美と華菜がうなづき、求美がリュックから、まだ【窓】にしたままの竹刀を取り出し「神様からこれをもらいました」と早津馬に見せた。「何それ?」と聞く早津馬に求美が「秘密兵器です」と答えると「ふーん」とだけ言い、求美の手にある【窓】をじっと見つめる早津馬だった。

 その頃、新宿のとあるキャバクラでは那須の殺生石から抜け出して遊びに来ていた丸顔神が「求美のやつ、何か俺の悪口を言ってたな…、周りの声がうるさくて聞き取れなかったけど」と一人言を吐いていた。さすが神様と言いたいが、どこで話しをしていても話をしているという事実は分かるのに、周りがうるさいと言ってる内容が聞き取れない中途半端な能力の持ち主だった。

 所戻り、早津馬の部屋では早津馬が「すごい美人の狸か、見てみたいなー」と言い、求美のひんしゅくを買っていた。「すぐに会えると思いますよ、多分」と求美が不機嫌そうに言ったので、やっと気づいた早津馬が話題を変えようと「求美ちゃん…」と言いかけて「あっ、ずいぶん年上の人なのに、ちゃんづけしちゃった」と言って求美を更に不機嫌にさせてしまった。早津馬があたふたしていると、その様子を見た求美が「ちゃんづけでいいですよ、ものすごーく年上ですけど…」と笑顔で言った。日頃から年長者に気づかいする早津馬が「でも…」と言いかけると求美が笑顔で「私、少女にしか見えないはずなので、求美ちゃんて呼んでもらうのが自然でいいと思います」と重ねて言った。清らかで屈託のないその笑顔を見て「やっぱり可愛い、もう妖怪でも何でもいい」と求美への愛を悟りきった早津馬は初老としての照れもなく「狸の美人なんかどうでもいい、ものすごーく年上でも関係ない、求美ちゃん以上に可愛い子なんているはずないから」と言っていた。「うれしい」と言って両手で顔をおおう求美の姿がまた可愛かった。求美と早津馬が抱き合うでもなく、ただ照れて向き合っているだけなのを見て、「子どもかよ」と思う冷めた華菜がいた。しばらく照れた後、求美が「私達、東京都内の地理が全く分からないので、早津馬さん協力お願いします。時間がある時でいいので」と言うと早津馬が「仕事がタクシー営業だから、お客さんさえ乗せていなければいつでも大丈夫だよ」と返した。その言葉を受け取った求美が「ありがとう早津馬さん、見られますよ狸の超美人」と言うと求美への心が決まり落ち着きはらった早津馬が「さっき言ったとおり、求美ちゃん以上の美人はいない、そして求美ちゃんは人間じゃないけど人間の女以上の心をもった魅力的な人だから狸の美人なんかもうどうでもいい」と言った。「私の人間としての心を分かってくれる人がいた」そう思う求美の心は幸せに満たされていった。早津馬が「求美ちゃんの都合が悪くなったら、俺の記憶消してもいいよ」と言った後、更に「集中して協力したいから明日の仕事、休もうかな」と言うと求美から「早津馬さんありがとう、でも仕事は休んじゃ駄目ですよ」と諭された。「怒られちゃった。年下だからしょうがないか」と言った後、求美から視線を外して早津馬が小さな声で「やっぱり休もうかなー」と言うのを聞いた求美が今度は少し強めに「仕事は大事ですからね、休んじゃ駄目です」と言った後、「明日は何時出勤なんですか?」と聞いてきた。「休ませない気なんだ」と観念した早津馬が「遅番だから…、あっ遅番ていうのは文字通り遅い出番、この業界では早番、遅番があって出社時刻が違うんだ。俺の場合はここを午前10時20分頃に出て行って翌朝8時頃には帰ってこられるかな」と事実を伝えると、ここまで黙って聞いていた華菜が「はい分かりました。ということは平社員ってことですね」と言うので早津馬は「気を悪くさせる尻尾だ」と思いながら「そうだね、まあそうだね」と華菜の方を向いて言うと求美が「華菜、もう少し気を使いなさい。早津馬さんだって好きで平社員な訳じゃないんだからね」と言った。「求美ちゃんももう少し気を使って欲しいなー」と心で思う早津馬だった。気を取り直して早津馬が「食事にしよう」と言うと華菜が「食べよう、食べよう、お弁当、お弁当」とうれしそうに買ってきた弁当をテーブルに並べ、求美はお湯を沸かし、早津馬が用意したインスタント味噌汁に注いだ。準備が整ったところで三人声を合わせて「いただきまーす」と言って食事を始めた。普段は「いただきます」も言わずテレビを見ながら一人でただ黙々と食べていたので、人間ではないと分かっていても見た目が女の子二人が加わった目の前の現実はガヤガヤとにぎやかな食事風景だった。早津馬が名誉挽回とばかり「タクシードライバーになる前は自営業やってて、一応社長だったんだよ」と言うと一瞬静まりかえった後、「すごいですね」と求美が早津馬を見ずに言い、華菜は何も聞こえなかったかのようにただ黙々と食べていた。「確かにどうでもいいことだよな」と早津馬がぼそっと言うと求美が「暗くならないで食べましょう」と言い、華菜が「人間の姿のままで夜更かしすると肌が荒れるんでさっさと食べましょう」と言った。それでも普段と違うにぎやかな食事に高揚した早津馬が「そうだね、変わったお客さんの話とか困った客の話とか…、興味ないよね?」と話をふったが求美と華菜はのってこなかった。「無理だ」と悟った早津馬は「そうそう明後日のことだけど、帰ってきてから仮眠するので午後からなら協力できるよ」と伝えた。「分かりました」と答えた求美に早津馬が聞きにくそうに聞いた。「寝るのは狐の姿、それとも人間の?昼間、車の中で狐の姿で寝てた時かなり窮屈そうだったから、狐の姿で寝るんならじゃまになりそうなもの全部かたづけるけど」と、すると求美が「ぐっすり眠れるのは狐なんですけど、どっちがいいですか?」と聞き返してきたので早津馬が「誰か来るわけじゃないからどっちでもいいと思うけど」と答えると華菜が「のんびりくつろぐと、より大きくなるのでこの部屋だときつきつになると思うな」と言った。早津馬が「この部屋に納まるんなら俺は隣の部屋で寝るから…」と言うと華菜が屈託のない笑顔で「狐で寝まーす。人間だと熟睡できなくてお肌があれちゃうもん」と言ったので早津馬が「毛がじゃまで肌は見えないと思うけどな」と小さな声で言ったのだが華菜には聞こえていて「狐のときは見えなくても人間の姿になった時出るんです。これだから男は…」と言われて「すみません」と言うしかない早津馬だった。華菜が腕をくみ「今日のところは許しましょう」と偉そうに言ったのを求美が「ちょっと華菜」とたしなめてから「ごめんなさい早津馬さん」と恐縮しながら言った。早津馬が「華菜ちゃんは悪くないし、キャラにも大分慣れてきたから…、お休みなさい」と言って隣の部屋に移った。その後、風呂に入ったりイヤホンを使って携帯テレビを見たりして過ごし、いつもの就寝時間になったので寝ようとしたが、隣の求美と華菜が気になるので気配をさぐったが、大きな狐のはずなのに物音一つせず、寝息さえ聞こえなかった。そのうち早津馬も眠りについていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る