第20話 自称・嫁、襲撃

ボロ雑巾状態からなんとか復活して起き上がり、縁側で風に当たる。

父親に叩きのめされる前よりも涼しい風が心地良い。

「チックショウ、化け物め・・・全くもって勝てる気がしないんだよなぁ・・・・」


小次郎は体格でこそ父親と同等ではあるが、そこはさすが年の功。

ましてや隆一郎は剣道の全日本選手権を複数回連覇した経験もある。


かたや小次郎もインターハイ個人戦で3連覇を成し遂げてはいるものの、

全日本選手権への出場はまだ許されていない。

他ならぬ父からの了解が得られないのだ。


剣道だけではなく剣術、居合、空手、合気道etc・・・

自宅の総合武道道場で若先生という立場でありながらも『未熟である』として。


小次郎が弱いという訳ではない。

むしろ神気発勝・招来神降ろしが可能だという時点で合法ドーピングなのだ。

最も、正式な試合では相手に失礼であるとの教えから決して使用する事は無く、

自らの稽古の仕上げや有望な門下生を鍛える為、他道場へ出向く際には

『稀に使用する事もある』といった程度。


それを差し引いても相当強い部類なのだが・・・隆一郎の強さが異常なのだ。



如月家は裏の顔で【月を継ぐ一族】として一目置かれているだけではない。


若かりし日の隆一郎が、とある弱小剣道部の主将が涙ながらに語った

「僕たち強くなりたいです、力を貸してください」という熱い思いに負け、

地区大会万年一回戦負けのチームをわずか1年で全国の強豪校に導いたその指導は、

瞬く間に全国の武道関係者に知れ渡った。


表の顔では武道関係者から【真の武人】として恐れられ、一目置かれているのだ。


その件以降、関係者の間では“強くなりたければ如月道場月の下に集え”が合言葉となり、

様々な武道団体からのお誘いも引っ切り無しに来るが、全て固辞していた。

唯一、警察官の逮捕術と剣道の稽古だけが年間スケジュールに組み込まれている。


学生時代に一度、小次郎は鳴見神社総代会の重鎮たちに相談した事がある。

「脳筋親父、何とかなりませんかね?」と。

しかし即答で「能ある鷹の爪は隠し切れないもの。頑張って下され若様」と

打ち返されてしまった経緯があるため、今更どうする事も出来ないのだ。


前述の経緯もあってか、GWや夏休み・冬休み等といった大型連休の際には、

インハイ・インカレ常連校や、地元スポ少や中学・高校からの合宿申し込みが

後を絶たない。

神事(表も裏も)と少々の退魔、それ以外は道場での時間が圧倒的に長いのだ。


稽古後に、自宅脇で両親が営む喫茶店のカウンターで爆睡していた、というのも

一度や二度ではない。最終的には枕が置かれていた程だ。



「心の強さが足りない、てか。理解してはいるんだけどね・・・・・・」



母屋から西瓜を持って来てくれた弥生と裕美子が言うには、

一足先に引き上げた隆一郎は早くも晩酌を始めたらしい。

なんとも豪胆なものである。


小次郎にコレ飲ませろ、とついでに預かってきたのは家伝の薬湯。

回復効果は抜群なのだが・・・不味い。とにかく不味い。

西瓜にかぶりつく前に、薬湯をグビッと一気に飲み込む。

「んぐ・・・・うぇ、相変わらず不味ぃ」



三人揃って「「「いただきます!」」」と言った後、

西瓜を食べながら談笑していると、母屋の方から元気な声が聞こえる。


「ただいまー!今帰ったわよー」

「「「こんにちわー!」」来ちゃいましたぁー!」ダダダダダ・・・

「あ、こら待ちなさい、あ~ぁ、行っちゃった」

「あらあらあら、もう・・・」


「おにぃーーーちゃーーーぁん!来ましたよぉーーーー!」

叫びと共に、渡り廊下を物凄い勢いで何かが走って飛びついて来た。


「・・・は?何?・・・・あ、みゆ・・・うわぁ!・・・んがっ!」ゴン。

勢いそのままに小次郎は道場の床に押し倒され、後頭部を強打する。


声の主は、長い黒髪の少女。


五摂家筆頭・近衛家の娘にして、伊勢神宮大宮司お伊勢さんのボス近衛宗重このえむねしげの娘。

ちなみに小次郎の母、環菜かんなは近衛家の出で、宗重の姉に当たる。

もう一つ言えば宗重の妻は父・隆一郎の妹である彩羽いろは


近衛家の娘である環菜が如月家に嫁ぎ、小次郎の母となり。

如月家の娘である彩羽が近衛家に嫁ぎ、この少女の母となった。

表沙汰にはなっていないが、現在の伊勢神宮アマテラス鳴見神社ツクヨミは表裏一体なのである。


弥生と裕美子にそこまで説明はしていなかったが、少女は小次郎の従妹に当たる。


自分より遥かに年上の小次郎を誰よりも愛し、

「ぜったいお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」と公言してはばからない少女、

“自称・如月家の嫁”


近衛美由紀、その人だった。

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