第19話 親父はやっぱり強かった

木漏れ日の山道を走り抜け、自宅へ到着する。

既に弥生と裕美子は到着しており、駐車場には車が停まっていた。


「あ、帰って来た。こっちこっちー!」


本殿に隣接した道場の方から、弥生の声がする。

何事かを顔を向けると、そこには弥生、裕美子の後ろに父の姿があった。

しかも神職服ではなく道着姿。何やら嫌な予感しかしない。


「ご苦労だった。話は後にして、とりあえず着替えて道場に来なさい」


「・・・だぁぁぁ、やっぱりそうなるのかぁ」



本殿に隣接した道場で、父・隆一郎と息子・小次郎は向かい合う。

腰に携えるのは模擬刀ではなく、真剣。


道場の窓と出入口は全て開け放たれ、晩夏の熱い風が時折サァッと吹いてくる。

弥生と裕美子は一段高くなった畳の場所、“親方スペース”に座り見学している。



ここから父子の動きは全く同じであった。


大きく深呼吸し、目を瞑る。

まず初めに独股印、順次に大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印を結ぶ。


「「臨・・・兵・・・闘・・・者・・・皆・・・陣・・・列・・・在・・・前・・・」」

刀を鞘に納めたまま、印を変えるのに合わせて唱える。

唱える声も重なり、言わずとも互いの呼吸を合わせているのはさすが親子。



如月家では、修行範囲は多岐に渡る。

剣術だけでなく武道全般は勿論の事、その一環には修験道も含まれている。


修験道では九種類の印にそれぞれ毘沙門天・十一面観音・如意輪観音・不動明王・愛染明王・聖観音・阿弥陀如来・弥勒菩薩・文殊菩薩を配当するが、

それに加えて如月家では天照皇大神・八幡大菩薩・春日大明神・加茂大明神・稲荷大明神・住吉大明神・丹生大明神・日天子・摩利支天を配当している。


前者の方が一般的に知られているが、神職という立場上、どちらかと言えば後者の方が如月一族には馴染みが深い。


九字を切り終え、二人は大きく息を吐く。

そして静かに抜刀し、正眼の構えをとる。


「「神気、発勝っっっ!」」


「では、参ります・・・・招来、建御雷之男神ミカヅチ!」


「よし来なさい・・・招来、経津主神フツヌシ!」


掛け声と共に、二人の刀はその色を徐々に変えていく。

隆一郎の刀は紺碧に、小次郎の刀は竜胆のような薄い青紫色に変わっていった。


そして暫しの間、道場内には二人の息遣いと刀の音が響き渡った。




「ぜはぁ・・・ひぃ・・・死ぬぅ・・・・け、剣神は勝てねえって・・・」

容赦なく打ちのめされ、ボロ雑巾になった小次郎は息も絶え絶えに文句を言う。


「小次郎さんが完膚無きまでにやられるって・・・・御父様凄過ぎ・・・」

「久しぶりに見させて貰ったけど、隆一郎さん相変わらず容赦無いわね・・・」


当代をも凌ぐ先代の圧倒的な強さに、弥生と裕美子は呆気にとられていた。


「ぬかせ未熟者、悔しかったらお前も出来るよう精進すれば良いだけだろうが」

大の字になった息子を見下ろして意地の悪い笑みを浮かべ、隆一郎は言い放つ。

そして小次郎の傍にドカッと座り込んだ。


「・・・今回の儀式で何があったか、弥生ちゃんと裕美子ちゃんから粗方聞いた。

 まぁ俺が余計な事言わずとも充分にお叱り受けた様だしな。俺からは以上だ。

 あぁ、建御雷之男神ミカヅチ招来は前より格段に良くなったぞ。」


「ぬがぁぁぁーっ、くそぉ。まだまだ足りないものが多過ぎるっ!」


「当主になったんだ、尚一層精進せぇよ~・・・・」

隆一郎はカカカカ、と高笑いしながら道場から出て行く。

が、丁度出た所で振り返り、爆弾を投下した。



「あぁ、そう言えば・・・小次郎。美由紀ちゃんから残暑見舞い来てたぞ。

 近々来るそうだ。母さんが向こうに行ってたから、一緒に来るんじゃないか?」


「ふぇっ!?何それ!?急にも程があるって・・・」


「え、え、何その話、誰それ?」

「小次郎さんがそんなに驚くって、一体どなたが?」


降って湧いた話に二人が食いつく。


「俺が帰郷前に数年お世話になってたトコの娘さんなんです。

 なんと言うか・・・年が離れてるのもあって、かなり好意を寄せられてまして。

 それはそれで良いんですが、神社が神社だけに・・・ちょっと厄介で、ねぇ」


「もしかして、結構大きいトコなんですか?」


「大きいというか・・・お、伊勢神宮お伊勢さん・・・・・(´·ω·`)」


「「あっちゃぁ~・・・・・」」


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