第17話 『若様』の気苦労

常世と現世を繋ぐ場所としての『平坂黄泉比良坂


如月家が平坂の地を代々護り続けて来た理由は、その場所にあった。

この神聖な地域を護り、地域はいかなる外敵からも“月を継ぎし一族如月家”を護ってきた。


閉鎖的と言ってしまえばそれまでかもしれない。

しかし鳴見神社と如月家は特別中の特別なのだ。


通常ではありえない“宮内庁直轄トップシークレット”扱いがそれを示している。

廃線駅なのに駅舎が奇麗なのも、ある意味『神域』であるこの地を守るためなのである。



「明治維新の神仏分離令までは御神体が観音様だったというのも珍しくないですし、掛持ちしていた神社仏閣も多いですよ。歴史で習う【神仏習合】ってやつです」


「はい、確かにソレは歴史の授業で習った事あります」


「今でも当時のご神体である観音様を所蔵している神社は多いですし、鳴見神社ウチにも他から引き受けたりして収蔵されている仏像は複数ありますよ?祝詞だけじゃなくて仏教真言は俺もある程度使えますし」


「えぇぇ、そうなんですか?印を結んだりとかも?」

裕美子は眼をランランと輝かせて反応する。


「明治政府の方針が徹底しなかったというのもありますが・・・ウチの場合はホラ、ある意味特殊な存在でしょ?まぁ外で頻繁に仏教真言は使いませんけどね。使うのは主に修練だったり。外で使うのは年に数回程度ってトコでしょうかね」


「特殊というか・・・別格扱いになってるのはあるわよね」

弥生が頷きながら笑いかける。


「過去には噂を聞き付けた神宮お伊勢さん大社出雲さんの方が訪ねて来て、ひと悶着ありましたからねぇ・・・・放っておいてくれればいいのに」


宮内庁直轄トップシークレットである事は間違い無いのだが、残念ながら宮内庁OBが神宮や大社に天下るという事も珍しくはない。その場合、何とかして如月家を自分達で囲えないかと画策する者もゼロでは無いのだ。


事実、小次郎の幼少期には『ちょっくらお祓いしてくるわ!』と、まるで「タバコ買いに行ってくるわ」的な軽いノリで、先代である父が神宮に単騎突撃した事がある。先々代の祖父にあっては、よりによって総代会のメンバーを引き連れて大社の正門から堂々と乗り込んだため、報道沙汰になりそうだったのを宮内庁が極秘裏に動き何とか鎮静化させた事もあった。


「ネットや携帯が普及してない時代だったから何とかなりましたが、今だったらバズるどころの騒ぎじゃないですからね。自分で自分の首を絞めちゃいますよ」


「間違いなく今なら国家レベルの大騒ぎになるわよね・・・・」


今でこそ神宮や大社に所属する元宮内庁職員そつぎょうせいとは良好な関係になり、儀式の際には秘密裏に御招きを受けたり、親睦を深める機会もある。むしろ神宮や大社の方が御忍びで訪れ「是非拝見させて頂けないか」と懇願してくる程なのだ。


「対外的な事もあるからって、神職の資格取るために國學院大學がっこう通ってる時が一番大変でしたよ。どこから嗅ぎ付けたのかアプローチ凄い人も多かったですし。中には『ウチの娘を是非とも嫁に!』とか『是非お近づきに!』なんて方もいましたしね」


「「うわぁ・・・・・」」


「幸いにも平坂出身じもとの方が近くに居て下さったので、随分助けて頂きましたけどね・・・偶然だったのか見越されていたのかは謎ですけど」



実は、小次郎の読みは当たっていた。


大学に通うために平坂を離れる事になった際、総代会では極秘裏に何度も会合が行われ「何としても若様を護らにゃイカン!」と鼻息荒く総員一致で決議されていたのであった。


平坂出身で、首都圏で財を成した者も多い。

平坂出身で、国政に身を投じた者も多い。

世間一般で“成功者”と呼ばれる者。その誰もに共通していたのは

「平坂出身である事に誇りを持ち、如月家に敬意を表している」という事であろう。


その思いを知ってか知らずか、もしくはどこかのタイミングで気付いたのか。

帰郷してからの小次郎は、天狗になってヤンチャだった頃の言動はどこへやら。

地域の方々に対しての敬意を忘れず、月を継ぐ次期当主としての器を備えた立派な青年に成長していたのであった。



---最も、卒業後に数年お世話になっていた神社での繋がりが、

                       小さな火種になるのだが---



今は誰も、その事には気付いていなかった。

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