第4話 御目付役と当主の御役目

「どうしました?こんな早い時間に来るなんて聞いてないですよ?」


至福の時間一服タイムを遮られ、ボヤキながら車に近付いていく。

小次郎はヘビースモーカーと言う訳ではないが、あまりにもタイミングが悪すぎた。


「ゴメンゴメン、今回は新人も連れて来たからさ。チョット早過ぎたかな?」


降りてきた女性二人のうち、背の高い方の女性が顔の前で手を合わせて縮こまった。

もう一人の女性は所在無さ気に後ろに立っている。あちらが“新人さん”か。


「あ~・・・、なら仕方ないですね。新人さんだと短時間での状況把握は難しいでしょうし。準備は殆ど終わって、後は着替えるだけなんで大丈夫ですよ。時間まで中で休みますか?」


「お言葉に甘えて、そうさせて貰おうかな。車内のエアコンは冷え過ぎるからね」


軽いやり取りの後、三人は連れ立って詰所へと向かう。



まだ日は高いものの、昼過ぎとなれば徐々に日は傾きを見せつつある。

夏らしく、辺りには「カナカナカナ・・・」と蜩の鳴き声が響き渡っていた。



「・・・で、改めて紹介するね。こっちが新人の“岩間裕美子いわまゆみこ”ちゃん。今回は新人研修の一環として私に帯同って事になったの」


「い、岩間です。よ、よろしくお願いしまっしゅ・・・あっ!・・・します・・・」


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですって。別に取って食う訳じゃないんですから。

 弥生さん・・・俺の事を一体どんな風に説明したんですか?」


新人さんのいきなりの噛みっぷりに、苦笑いしながらもフォローを入れる。


弥生さん、と呼ばれた女性は“加藤弥生かとうやよい”という名前だ。

先代である父の頃から面識があるので、小次郎にとっては少し年上のお姉さんという感覚なのである。


「いや、きわめて普通ふっつーに説明はしたわよ?古くから続く神職で、庁にも本庁にも属さず、神社として唯一の宮内庁直轄トップシークレットって事は説明したけど」


「最後の一文が余計ですって・・・・そら噛むわ・・・」



ここで言う“庁”と“本庁”はそれぞれ都道府県神社庁、神社本庁を指す。

弥生と裕美子は神社本庁ではなく、宮内庁の人間である。

今回の神事にあたり、言い換えれば御目付役として派遣されたのだった。


本来であれば数年ごとに担当交代してもいいのだが、

『アタシが現役のウチは、絶対この役目は譲らない!』と、弥生が断固として譲らないと言うのが真相である。


庁にも本庁にも属さない神社は全国各地に多くあり、それについては何ら問題はないのだが、鳴見神社は日本で唯一、宮内庁直轄の神社なのだ。しかもそれはごく一部の皇族・・・継承順位が高い皇族数名と宮内庁の一部関係者にしか知られていない。


「あっはは、資料だけの説明だと確実に現地で面食らうでしょ?ユミちゃんとも事前に生の情報を共有しておかなきゃと思ってね。それに、便宜上は宮内庁ウチらの直轄だけど、予算を出しているとは言え実際のところ神事に関しては何も口出ししない、てか出来ないし」


「ま、その程度であれば構いませんけどね。御目付役も大変ですねぇ」


「当主の御役目程ではないよ~。本音を言えば東京にいるよりずっと気楽」



小次郎と弥生はどちらとも無く声を上げて笑い出した。



宮内庁で、普段はキリッとした仕事振りを見せているのだろう。

小次郎との軽妙なやり取りを見て、裕美子は目を白黒させていた。


「はわわゎゎ・・・先輩、いつもと全然違う・・・」

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