第5話 “当主”としての顔

「で、ですね。“庁”が付くからてっきり公務員だと思うじゃないですか?」


「ハハハ、それで宮内庁を希望した、と。確かに調べないと解らないですもんね」


「神社本庁の問題を宮内庁に聞かれても『?』としか言えないんですよね。

 そもそも直接的な繋がりは無いんですから」


「とんだ流れ弾ですよね。入って早々大変だなぁ・・・・お察しします」


場の雰囲気に慣れたのか、先輩である弥生がフランクに話す相手だからか。

いつの間にか、裕美子も小次郎に対し砕けて話をするようになっていた。




神社庁、神社本庁は呼び名に“庁”が付くが、官公庁公務員ではない。


宗教法人法に基づき文部科学大臣が所轄する団体であり、

伊勢神宮お伊勢さんを本宮とし、日本各地の神社を包括する宗教法人なのである。


その関係性は、神社本庁が『本店』、各都道府県にある神社庁が『支店』と言えば

ある程度のイメージは浮かぶだろうか。


・・・もっとも、ここ数年は神社本庁へのイメージは余り芳しくないものがあるが。




『土地不正取引』『著名神社の本庁脱退』といったニュースは記憶にも新しい。


神社本庁には、象徴として行事を担う「統理」と実務を担う「総長」が存在する。

現在はこの「総長」の座を巡って神社本庁の内部で争いが起きており、関係者からは

『これはまるで南北朝時代の再来だ』と言われるまでに泥沼化しているのである。



「統理が誰だとか、かつての五摂家がどうだとか、総長が誰になるか、とか。

ぶっちゃけ鳴見神社ウチの様に属していない神社にとっては直接関係が無いですしねぇ。

組織が大きくなれば意見や方針が割れて然り。実際、挙がってきた意見をバランス良く汲み取るには組織が大きくなり過ぎた部分も有るのかもしれませんね・・・」


脇を流れる清流からの風を扇風機で効率よく駅舎内に循環させたおかげで、外に比べ快適な温度が保たれている詰所の中で、小次郎は力なさげに呟いた。 



空が茜色に染まり、半刻程すれば東の空に月が見え始めるであろう頃。

「さて、そろそろ禊を行ってから、着替えて取り掛かるとしますね」

小次郎は立ち上がり、奥の間に移動する。


「了解。んじゃコッチは外でユミちゃんに現地レクチャーしておくわね。

 地域の皆さんもボチボチお見えになる頃でしょうから」

そう言って、弥生は裕美子を連れて外へ出る。



しばしの後、禊を行い着替えた小次郎が姿を現す。

その出で立ちは上半身に黒い上着、下半身は白紋入りの白袴だった。



「お、出てきたね。相変わらず見惚れちゃうねぇ」


「えええぇ!あの色って! せせせ先輩、良いんですかぁ!?」


裕美子が仰天するのも無理はない。

本来であれば、小次郎の年齢や鳴見神社の規模からして着用が許される物ではない。神社本庁が定めた別表神社格上の神社の宮司や神社庁の役職経験者が身に着ける物であり、

神職として最高位を表す『特級』の出で立ちで、大祭の時に纏う正装だ。


何故、彼がそれを身に纏っているのか。

神社本庁と無縁だからOK、という簡単な理由ではない。

絶対に表沙汰に出来ないが、特級の正装コレについては宮内庁も容認している程だ。


これから執り行う神事の為に必要な物だから。

如月家を継ぐ者として、身に纏うべき物だから。



先程、弥生と裕美子と談笑していた時とは全く別人の顔付き。

そこには鳴見神社当主としての威厳ある佇まいがあった。

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