第41話

キクノクスを出て各地を巡ると決めた俺はお目付役であるノイシュくんと共に領主であるバルロットさんからの命令という形で旅立つことになった。

アパートはいつ帰れるか分からないし解約済みだ。

勇者シリーズは正直言ってめちゃくちゃ邪魔だけどいつ何が起こるか分からないから荷物として持っていくことにした。

キクノクスを離れると知った友人達はお別れ会と称して出発までの数日間、飲み会を開いてくれた。

バルロットさんやノイシュくんとも晩餐を楽しんだ。

やっぱり俺はキクノクスが好きだ。

キクノクスに住む人が好きだ。

だから、守るために世界に異変が起きているならなんとかしたい。

ノイシュくんもイグニクス第五王子として遅れてやってきた謎の勇者である俺だけではなく世界の動向を見定めるという大役がある。

そんな俺達は今、地図を見合わせながら唸っていた。

「サンダルソンを通って巡って行こうか。サカラハ国とナタハリ国、どっちから先に行く?」

端の端にあるイグニクスから外国へ出るにはどちらかの国を通るしかなかった。

俺が訊ねると、ノイシュくんは少し渋い顔をした。

王子として色々二国に思うことがあるんだろう。

和平も最近定められたばかりだ。

「そうですね…では、サカラハ国から参りましょうか」

「ナタハリ国より友好的だもんなー」

そう。無事に和平が結ばれたもののまだそれは表面上のもので、裏を見れば権力って怖いとなるのが政の世界だ。

以前と同様、のんびりと馬車に揺られながら半日掛けてサンダルソンを目指した。


「チーズだ!」

久々のサンダルソンに着いてからの一声がチーズだったのは許して欲しい。

だってチーズ美味いんだもん。

サンダルソンはすっかりチーズを名物にしていた。

「すごい…この世界と掛け合わせたまだ見ぬチーズ料理が俺を誘惑してくる…」

俺が歓喜に震えていると肩を叩かれた。

「チーズ料理を食べるのは聞き込みの後ですよ。まずはこのサンダルソンで異変がないか聞き込みをしないと」

「そうだった。チーズのために頑張ろう」

「そこは建前でも平和のためとか言ってくださいよ」

ノイシュくんに呆れられながらとりあえず大通りの店から観光客にまであちらこちらに声を掛けてどこかで異変がないか訊ねて回った。

結果、ここ数日森の奥でドラゴンを見掛けたという情報がちらほら聞こえてきた。

「トルトリンでも思ったけどさ、ドラゴンってそんな頻繁に出るの?」

「出るわけないじゃないですか!ああ!早く早馬でキクノクスにこの情報を知らせないと!」

どうやら悪さをするでもなく、ただただ立ち尽くしては何かを待っているようなドラゴンが悪さをするとも思えず、キクノクスにもイグニクスにも報告していなかったらしい。

俺がまたドラゴンかー、と単純に思っているとノイシュくんは一大事だとばかりに宿で手紙を書き始めた。

「でも、それならやっぱりこれは異変だよな。ドラゴンが頻繁に出ない筈のに人里近くまで現れている。これっておかしいよな?」

「そう、ですね。まずはこのサンダルソンのドラゴン調査からです」

そこでずっと我慢していた俺の腹の虫が鳴り響いた。

「とりあえず、晩飯食いながら話そうか」

「そうですね」

呆れながらも報告書を中断して着いて来てくれるノイシュくん優しい。


「めっちゃ美味い!」

様々なチーズ料理がテーブルを埋め尽くされている。

圧巻の一言だが少しずつ味わいながら苦労して…主にチーズを作ってくれた親父さんが…作ったチーズがこうして進化を遂げているのを目の当たりにするとなんだか感動がある。

「明日は親父さんとこ寄っていい?」

「いいですよ。僕もこんな風に訳のわからない話から見事チーズを発展させてくれたお礼を言いたいです」

ノイシュくんも綺麗に取り分けながら味わっている。

ノイシュくんも俺に付き合ってくれてチーズ作りに奔走したからな。感慨深いんだろう。

「親父さんに久々に会うの楽しみだなぁ」

こちらの世界のチーズとは違う進化を遂げたチーズをどう作ったか聞いてみたい。

「酒も美味いし、サンダルソンに来て良かったよな」

「まったくもう。まだこれからいくつかの村や街を超えて国境を超えて他国へ行くんですよ。サンダルソンで満足しないでください。大体ドラゴンの調査もあるというのに…」

やばい。ノイシュくんがお説教モードに入った。

「ごめんごめん。明日から頑張るから」

「そう言って頑張った日なんてないじゃないですか」

ノイシュくんが冷ややかな目で見詰めてくる。

…この手はもう使えないなぁ。


翌日。

親父さんのところを訪ねるとなんだか立派になっていた。

「おお、あんたらか!よく来たな!」

「お久し振りです!」

「お久し振りです。息災のようで何よりです」

親父さんはとても元気そうだった。

チーズを食べれば分かる。

チーズ作りは親父さんの生き甲斐になっている。

「実は小さな牧場が集まってな、一大企画としてチーズ作りに専念してみたんだ」

「へー。すごいですね」

「これもあんたらのおかげだよ。ありがとよ」

感謝の意としてチーズを山程貰ってしまった。

これは少し食べてバルロットさん達にお裾分けとして送ろう。

「そういや最近ではドラゴンが出るらしいですね」

俺は出来る男なのでチーズの誘惑にも負けず情報収集もきちんとした。

どうだ!ノイシュくん!

ノイシュくんはそんな俺を見ずに親父さんに話し掛けている。

「どんな些細なことでもいいんです。知っていたら教えてください」

うん。そうだよな。今はおっさんのドヤ顔よりドラゴンの方が大切だよな。泣いてないからな。

「ドラゴン…ドラゴンなぁ。俺も見たんだけどよ、迷子のような何かを待っているかのような大人しいドラゴンだったぜ」

ここまで聞いた話と合致する。

ここで俺は閃いた。

よくある異世界転生もの…俺は転移だけど…でよくある仲間になってくれるドラゴンじゃね?と。

俺の存在を待ち構えてここで耐えて待っていたんだとしたらなんて健気なんだろう。

俺はその妄想が事実かのように思い始めてまだ見ぬドラゴンに思いを馳せた。

精霊と契約出来たくらいだからドラゴンとも契約出来るんじゃね?

俺は軽々しくそう思いノイシュくんに提案した。

「ノイシュくん。情報収集も結構したし、そのドラゴン悪いやつじゃなさそうだし俺達も見に行ってみない?」

「また気軽にそんな…でも、そうですね。報告書に書くためには実物の様子を仔細に調べた方がいいかもしれません。行ってみましょう。ドラゴンの元へ」

「それじゃあ、親父さん。俺達ちょっとドラゴン見てくるよー」

俺が軽くそう言うと、親父さんは初めてチーズの話をした時のように目を瞬かせた。

「都会の人は本当におかしなもんに興味があるねぇ。気を付けて行っておいでよ」

「うん。分かったー。チーズありがとなー」

「おかしいのはこの人だけですので。チーズ、ありがとうございました。あとで戴きます」

ノイシュくんが深々とお礼をしている隣で俺はのほほんとチーズを持っていない片手で挨拶をした。


さて、サンダルソンのドラゴンとやらに会いに行きますか。

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