第40話

「実は僕、魔王を倒したんじゃなくてこの身体に封じ込めただけなんですよね」

そんな爆弾発言をされたのは、仕事帰りの酒の席だった。

「えっ?じゃあアルベルトさんの世界の魔王はまだアルベルトさんの中にいるってこと?」

「そうなんですよねぇ。だから僕、勇者っていっても半人前の勇者なんです。なんてったって魔王を倒す事すら出来ずにこの身に封印するので精一杯だったんですから」

「いやぁ、それでも立派ですよ。俺なんて魔王と友達になってますもん」

そこで笑いが起きる。


まさかそれがフラグになるなんて思いもしなかった。


「サハラさん。僕、もうダメかもしれないです」

「何?具合悪い?早退する?」

俺が心配しているとアルベルトさんは首を横に振って申し訳なさそうにした。

「抑えていた魔王が復活しそうです」

「えっ!?一大事じゃん!?そういうのもっと前も言ってくれていいですか!?とりあえずバルロットさんに報告しに行きましょう!ノイシュくん!」

「分かりました!」

ノイシュくんは先に走ってバルロットさんの所へ報告しに行ってくれた。

「ほら、もうちょっとだから頑張りましょう!なんとか魔王を抑えましょう!ひっひっふー!」

「サハラさん、それ出産の時です」

うん!ツッコミが出来るなら大丈夫だな!

なんとかアルベルトさんをバルロットさんの執務室へ連れて行く時にはもうアルベルトさんの体から黒い靄が出ていた。

まずくね?これ。

そうは思ってもどうしようもない。

「すみません、バルロットさん!アルベルトさんかなりやばそうです!」

「正直かなりやばいです」

「本人もこう言っています!どうしましょう!」

やいのやいのと執務室に入ると、とりあえずソファに座るように促された。

アルベルトさんを真ん中に俺とノイシュくんが見守る。

「異世界の魔王ですか……封印は難しいんですか?」

「それもなんとなくそんなことになっちゃっただけで今からやれと言われて出来ることではないです…すみません……」

アルベルトさんの言葉に心配そうにしていたノイシュくんの顔に少しの呆れが混じる。

「勇者って、みんな適当なんですか?」

「やめて。俺を見ないで」

「適当ですみません……」

俺達勇者コンビが謝っている中でもバルロットさんは真面目に打開策を考えていた。

さすがキクノクスの領主!

「ここは勇者であるサハラさんに頑張っていただくか、同じ魔王のリリィ様をお呼びしてなんとか倒せれば倒すか再度封印していただくしかないですね」

異世界の魔王……倒せるかな?

そんなことを考えているとアルベルトさんがより苦しそうにしだして黒い靄がどんどん濃くなっていった。

「やばいです。もうダメです」

「えっ、まじで?もうちょい頑張って!」

「ダメです…すみませんが後のことはよろしくお願いします……」

そう言うと、黒い靄がアルベルトさんの身体を包み込んだ。

これがアルベルトさんの中にいた魔王の残骸なんだろう。

「とりあえず、何が起こるかわかりません。住人の避難から始めます」

そうバルロットさんが言うと警備隊に連絡をした。

前もってアルベルトさんが魔王の残骸に取り込まれそうだとバルロットさんに報告しておいたおかげでスムーズにミカさん達は住人の避難を誘導している。


「セイ、いるか?」

「いるぞ」

どこからともなくセイが現れる。

「光の精霊王ってどれくらい強い?」

「異世界の魔王の残骸になんて負けない程度には」

そう言うとセイはアルベルトさんを中心に発生している黒い靄に向き合った。

頼もしいな。さすがは精霊王。クッキー消費モンスターと心の中で呼んでいたのは撤回しよう。

「最悪なのだわ!異世界の勇者が異世界の魔王の残骸に取り込まれるなんて!」

そう叫びながらリリィがどこからともなく現れ衝撃波を魔王の残骸に撃ち込まれた。

いつの間にかリリィだけではなく、カシワギさん、カルデラさん、ジャック・ジャックくん達も加勢してくれている。

見たことない面々はまだ知らない四天王だろう。

「本当に困ったことになったねぇ」

「ええ、そうね」

黒い魔女ノアくんと白い魔女もいつの間にか控えていた。

「あっ、白い魔女さん改めまして初めまして。リツ・サハラです」

「まあ、ご丁寧にありがとう。本当にここのクソガキとは大違いだわ」

「自分だってクソババァじゃないか」

火花散る二人だが、しっかりと黒い靄に攻撃はしている。

黒い靄に体を蝕まれてアルベルトさんはとても苦しそうだ。

みんなが頑張って攻撃してくれているが、勝てると言った割には靄に通じていないようにも感じる。

俺も、俺がなんとかしなきゃ。

「俺が助ける!」

俺が前へ出ると、左右からノイシュくんとバルロットさんが負けじと前へ進んできた。

「これでも幼少期から騎士団長に指導を受けた身。そして有事の際には異世界からの勇者であるリツさんの処分を命じられた身です。勇者退治なら今こそ僕の出番じゃないですか?」

「ノイシュくん、それ俺の前で言わないでほしかった」

それに笑いながらバルロットさんも答える。

「私の街ですからね。私も守らせていただきますよ」

三人で並ぶと、不思議とやれる気がしてきた。

いや、三人だけじゃない。

「リツばかりに格好つけさせないのだわ!異世界の魔王の残骸ぐらい私様が倒してやるのだわ!」

リリィを筆頭に、六人控えて出てきた。

六人いる四天王なんだろう。

これだけいればきっとやれる。

異世界の魔王の残骸なんてやっつけてアルベルトさんを救い出すことが出来る!

最近勇者シリーズが俺の元に集まってきたのはこの時のためかもしれない。

異世界の魔王からこの世界を守るために。

そう決めてから、ようやく届いた警備隊の人達が持って来てくれた勇者シリーズを身に付ける。

探すのに手間取ったそうで申し訳ない。

だって発光していて迷惑だったんだ。

でも、不思議と今は発光していない。

今がその時だからかもしれない。

「よし、やるか」

俺は遅れて戦線に立ち、黒い靄目掛けて切り裂いた…つもりだがまつまたく手応えがない。

靄だけで本体じゃないからだろう。

アルベルトさんを傷つけるのか?

いいや、それはダメだ。

みんなもそう思っているのか先程から攻撃しているのは靄だけだ。

みんな優しいよな。

この優しい人達を俺は守りたいしアルベルトさんも守りたい。

何度攻撃しても黒い靄は次第に笑うようになり、こちらの攻撃が通じないことをケタケタと笑い始めてはそのうちこちら反撃するようになった。

バルロットさんの執務室が半壊状態になり、みんなで慌てて外へ避難した。

「異世界の魔王はなんて品位がないのかしら!」

リリィが攻撃を放ちながら憤慨する。

それでも攻撃は通じない。

やはり本体であるアルベルトさんを攻撃するしかないのか。

何度も頭を過ぎる考えに首を振る。

「なんとかしなきゃ」

なんとかしたい、じゃない。

「俺がなんとかするんだ!」

俺が叫ぶとリリィが隣に並び立った。

「リツが、じゃないのだわ。私様達が、なんとかするんだわ」

リリィの目線を追うとみんな傷だらけでも立ち上がって前を見ていた。

「早くアルベルトさんを助けないと、ですね」

ノイシュくんがにこりと笑う。

俺は、俺が勇者だからって気負い過ぎていたのかもしれない。

「ああ、またアルベルトさんと美味いもん食べるために頑張るか」

そう言って、何度も黒い靄に攻撃を続ける。

するとやがて変化が訪れた。

黒い靄がアルベルトさんの体から出て来始め形を成してきた。

残骸の集合体が出来る。

こいつ相手なら攻撃も通じるかもしれない。

みんな頷いて靄の塊に集中攻撃をした。

しかし、中々手応えがない。

まだダメなんだろうか?

靄は黒さを濃くしながらこちらへの反撃を続けて来た。

大通りは人が避難していなかったら大惨事だろう。

「あの靄が集まり終わったら一撃を入れる。セイ、力を貸してくれるか?」

「契約関係にあるのだから当然だな。ただ、これが通ったらクッキー百枚は用意しておけ」

「私様の分も用意しておくのだわ!」

俺が攻撃を防ぎながら収束していく靄に近付いて行くと、いつの間にかリリィが側にいた。

「リリィ」

「どちらが魔王として上なのか、異世界の魔王だろうと示さなきゃいけないのだわ」

そう言うと、かつてない程の衝撃波を靄にぶつけた。

笑い声から呻き声に変化している。

つまりは攻撃が効いているってことだ。

「リツ!」

「ああ!」

リリィに促されて俺は一直線に突っ走り、既にアルベルトさんから離れ掛かっていた魔王の残骸を剥離して最後の一撃を与えると、魔王の残骸は竦み上がるような悲鳴を発しながら霧散した。


「……勝ったのか……?」

「勝ちました…よね?」

「勝ったのだわ!あの古い亡霊に打ち勝ったのだわ!さすがはリツ!私様が見込んだ勇者なだけあるのだわ!」

リリィが俺に抱き付いて歓喜する。

俺も喜ばしいが、今はとりあえずアルベルトさんだ。

「アルベルトさん!」

魔王の残骸が離れてから地面に突っ伏して倒れ込んでいるアルベルトさんを揺さぶり起こそうとするも意識は戻らない。

「アルベルトさん、大丈夫ですか!?」

「うぅ……」

良かった、意識はある!

俺はホッとしてアルベルトさんを再び横たわらせると一気に疲れが出たのか腰が抜けた。

よくよく周囲を見渡せば、みんなかなり疲弊していた。

残骸だけであんなに強い魔王を身体に封じ込めるアルベルトさん、凄くね?

ダメな勇者仲間だと思っていたらアルベルトさんめちゃくちゃ凄かった。

なんだよ。俺だけじゃんか、そう思ったけれど、先程のリリィの言葉を思い出した。

そうだよな。俺はリリィに見込まれた勇者なんだよな。そんな俺が『俺なんか』って言っていたら評価してくれているリリィに失礼だ。

俺は、俺に出来ることをしよう。

まだ隣に居て腕に抱き付いているリリィを見てそう思えた。


その後、フィンの店で祝勝会をした。

「じゃんじゃん食べてくれ!この街を救った英雄だからな!いやぁ、勇者が友人なんて俺も鼻が高いよ」

「マジで!?やった!食べ放題!」

「サハラさん、ご厚意に甘えすぎてはダメですよ!」

なんて言うノイシュくんの取り皿には既にこの店の高いメニュー順から取り分けられている。

「裏路地に俺の店があって良かったよ。おかげで被害も少なくて済んだ」

「大通りはちょっとどころじゃない災害が起きたみたいなもんだからなぁ」

「そうです。やる事は山程あります」

バルロットさんが疲れた顔で言う。

「明日からは復興もありますからね」

「まぁまぁ、今日くらいは」

俺がそう言って酒を勧めると、バルロットさんは困った顔をしつつカップを差し出してきた。

「アルベルトさんも、そんな隅に居ないでどんどん食べましょうよ」

「いえ、でも僕自身の意思ではないとはいえ皆さんにかなりの迷惑を掛けてしまいましたし……」

「あんなこと、迷惑のうちに入らないね。存在そのものが迷惑なクソババァならともかく」

「そうね。存在自体が抹消して欲しいクソガキがやらかしたことならともかくあなたに罪はないわ」

ノアくんと白い魔女さんは仲悪いのかいいのか分からないまま隣同士で焼き鳥食べている。

「ほら、アルベルトさんも来てくださいよ!」

半ば強引に席に座らせると何度目かの乾杯でアルベルトさんの無事を祝われた。


やいのやいのと騒いでいると、リリィがどこかぼんやりとしている。

「んー……」

リリィが眠そうにしているので俺は近寄ってリリィに上着を掛けてやった。

「リリィ、眠いなら早く家に帰ってベッドで寝たほうがいい」

「でも、私様を置いてみんなで楽しんでいるのずるいのだわ」

「また今度ケーキパーティーに付き合ってやるから」

俺が苦笑しながら言うと、リリィの瞳が輝いた。

「ほんと?」

「本当、本当。だから早く帰ってちゃんと寝て体を休ませろよ。リリィは今回の功労者の一人なんだから」

「分かったのだわ!」

そう言うと、上着を俺に返しながら薄らと消えかけていく。

「リツ。リツは私様が亡霊になったらちゃんと倒してね」

「そんなことにはならないさ。俺がリリィを亡霊になんてさせないよ」

俺がそう言うと、リリィは少し寂し気に微笑んだ。

そうだ。俺の方が短命で先に死ぬ。

リリィがこの世界で倒される事態になる事なんて今のところなさそうだし、俺が死んだ後のリリィ達のことまでは分からない。

それでも俺はリリィを見詰めて言うしかなかった。

「誓うよ」

「約束なのだわ、リツ」

今度こそ消えて魔王城へと帰って行ったリリィに気付いたカシワギさんと四天王達はゾロゾロと帰って行った。

そこはリリィみたく消えて帰らないのかよ。徒歩か?徒歩で来たのか?そんなに近いのか魔王城。

「そんなわけねーだろ。雰囲気作りだよ」

ジャック・ジャックくんが冷めた目で答えた。

なんだよ、雰囲気作りって。消えて帰った方が魔族っぽいだろ。

ジャック・ジャックくんはフィンさんからお土産にドーナッツをたくさん貰って慌てて仲間と帰って行った。

「歯は磨けよー!」

ひらりと手は振られたから聞こえたんだろう。

まったく、魔族ってのは分からない。


分からないなら、知ればいい。

今度こそ、この世界を旅してこの世界がどうなっているのか知るべきだと思う。

これまでなかったことがこんなに立て続けに起こるんだ。

この世界で何かが起きているんだろう。

俺は、三百年遅れてきたとしてもこの世界の勇者として何かをしなくちゃいけないのかもしれない。

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