第39話

「美味しいものが食べたい」

「トルトリンであんなに歓迎していただいたばかりじゃないですか!」

俺の何気ない呟きにノイシュくんがプンスカしながら渡す書類を増やしてきた。

王子として、災害続きの中でのもてなしに思うところがあるんだろう。

それはそれとして美味しい物が食べたいのは別問題だ。

「だって近隣の店は大体発掘したし、ここらで新しい店を発見して刺激が欲しいんだよなー」

武具が光る理由もこの世界が勇者を必要とする理由もまだ分からない。

だけど、あの後トルトリンにドラゴンなどがいないか探索して異変はないか確認して、とりあえず今度はサンダルソンの様子でも見に行こうという事になった。

チーズ作りがどうなってるかも気になるしな!

食べ物のことばかりだと非難しないで欲しい。

トルトリンにドラゴンが出た事によりまさかの長期調査師団を編成したりした確認書類を整理したりしているのだ!残業中なのだ!

……お腹減ったな…。いつもならもう晩飯の時間だもんなー。

部署内でも帰りたいオーラが漂う。

うーん。異世界でも残業は嫌がられるんだなぁ。

なんて考えながら書類にホッチキスをパチンと打つ。


そこで明るい声が出入り口からしてきた。

「おーい!リツ!いるかー!」

「おお!フィン!どうした!」

「昨日飲んだ時に今日は残業だって言っていたからな。差し入れだ!」

「まじか!ありがとなー!」

単なる愚痴だったのに気に掛けてくれて申し訳なさと嬉しさが込み上げる。

「じゃーん!人気で二時間待ちのドーナッツだぜ!」

ふふんと得意気な顔をして持って来てくれたのはなんとも甘ったるいお土産だった。

「うわっ、めちゃくちゃ美味い!」

「本当ですね!人気になるのも分かります!」

先程まで終わらないページの仕分けに病んでいたノイシュくんもニコニコ満面の笑みになってしまう。

「けど、量が多くないか?流石に食べ切れるかどうか…」

部署内全員に配ってもまだまだ残った。

どんだけ買ってきたんだ。

「人気店だからな。早々行けないしせっかくだから全種類買って来た。人気があるのは数も少し多く買って来たから安心して食べていいぞ」

いやだからって量が多いんだよ。

もう一周渡して回るか、男三人で食べ切れるか、明日に回すか考えていると、高笑いと共にジャック・ジャックくんが現れた。

「久し振りだな!リツ!ジャック・ジャック様が遊びに来てやったぞ!」

どこから来たのか魔法の力で現れたのかジャック・ジャックくんがやって来た。

「久し振り、ジャック・ジャックくん」

「お久し振りです」

唯一フィンだけは初対面で突然現れたジャック・ジャックくんに目を白黒させていた。

「彼は……?」

「ああ、こっちは魔王リリィの六人いる四天王の一人ジャック・ジャックくん。ジャック・ジャックくん。こっちは俺の友人で飲食店を経営しているフィンだ。お互い仲良くしてくれ」

「魔王案件なら平和ですね、フィンと申します。よろしくお願いします」

魔王案件なら平和という認識はどうなんだろうか。いや、事実平和なんだけれど。

フィンが握手を求めると、意外にもジャック・ジャックくんもきちんと応えた。

「ふん!ジャック・ジャック様は心が広いから民間人にも勿論丁重にもてなしてやろう!」

俺の時は喧嘩しに来たのになー。たいした進歩だ。

俺はジャック・ジャックくんの成長を喜ぶ意味でもドーナッツ会に誘った。

「まあまあ、ジャック・ジャックくんも食べなよ。フィンが買って来たドーナッツ。今人気のドーナッツらしいよ」

「ドーナッツ…!」

ジャック・ジャックくんの瞳が輝いてどれを食べようか熱心に選んでいる。

「リリィ様やカシワギさん、カルデラ姐さん達の分も包んで貰っていいか?」

服の裾を掴まれて尋ねられる。

俺はフィンを見遣ると大きく頷かれて大量にあったドーナッツは半数以上がジャック・ジャックくんへのお土産になった。

「良かったな、ジャック・ジャックくん。みんなで仲良く食べるんだぞ」

「リツに言われるまでもないさ!俺たちはいつもみんな仲良しなんだからな!」

「そっかー。みんな仲がいい事はいいことだ」

うんうん頷くと馬鹿にされたと思われたのかジャック・ジャックくんに小さく蹴られた。可愛い。

「俺達、まだ残業中で仕事が終わってないんだ。遊んでやれなくて申し訳ないけれど、大丈夫か?」

「何!?仕事中なのか!?こんな夜なのに!?お前たちのところ『ブラック企業』ってやつか!?」

「そこまでブラックではないかなー。ちょっと突発的に厄介な事が起きてさ、普通の残業だよ」

「そうか……『ブラック企業』とやらはリリィ様も悲しむからな、ここがそうでないなら良かった」

満面の笑みで言われるがリリィが、ブラック企業を嫌いなのなんでだ?

魔王すら嫌うブラック企業に少し笑いが込み上げる。

「さて、休憩も終わりにしましょう。あと少しで終わります。頑張りましょう!フィンさんもご馳走様でした。ジャック・ジャックさんには遊んであげられなくてすみません。また今度休みの日に来てください」

「夜なら暇かと思ったんだがな…残業とやらなら仕方がない。ジャック・ジャック様はもう帰る。フィンとやら、ドーナッツありがとな」

ジャック・ジャックくんは退屈そうにして帰って行った。

今度遊びに来た時はめちゃくちゃ構い倒そう。


そこでフィンが思い出したようにリュックを漁った。

「そういや俺昔に勇者の籠手っての貰ったんだった。俺じゃあ役に立たないしリツが貰ってくれよ」

「へ、へぇ。勇者の籠手かぁ。ありがとうな」

やばい。勇者シリーズが集まって来ている。

ノイシュくんも遠い目をしている。

しかも毎度なんてことない日常で平然と手元に来る。

勇者の武具シリーズってこんな手の入り方していいのか?

「それじゃあ、俺ももう行くよ。残業頑張れよー」

「ああ、ありがとうなー。またのみにいくから!」

手をひらひらと振ってフィンは帰って行った。

俺は手に持った籠手をどうするかノイシュくんを見遣ると、ノイシュくんは我関せずでページの仕分けをしていた。

ひどい!

とりあえずこれもバルロットさんに報告しなきゃなー。

やることが多いな……。

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