第31話

いつものようにセイにクッキーを与えて自分の朝食を食べて出勤する。

変わらない毎日。

時々リリィがやって来てはアレが食べたいとかコレがしたいとか我儘放題して帰っていく。

そんな日々が数週間続いた。

そんなんだから自分が役に立っていなくても勇者でリリィが魔王で白い魔女が人間を滅ぼそうとしたり黒い魔女のノアくんが訪れたりしたことなんてすっかり忘れていた。


すっかり忘れていたので仕事を終わらせて帰宅してドアを開けたらノアくんが悠々とお茶とクッキーを嗜んでいて正直かなりビビった。

「えっ、今日来るって言ってましたっけ?」

「いいや、気紛れさ!」

気紛れでやって来て人の家のお茶とクッキー探し出して用意して食べるのやめて欲しい。

異世界人自由過ぎるってだけじゃなくて普通に不法侵入だからな。…前もだけど。

リリィといい、人のプライベートくらい守って欲しい。

「黒い魔女!」

セイが、ヒュッと現れてノアくんから俺を守るように背中に隠した。まあ、大きさ的に隠れきれてないんだけどなー。こういうところ、可愛いよなー。頭を撫で回したら怒るからやらないけど、小型犬とか飼うのもアリだよな……。

「犬と一緒にするなよ!」

「……精霊って心が読めるの?」

俺が驚きながら尋ねるとセイが憤慨した。

「やっぱりそんなこと思っていたのか!これだからリツはリツなんだぞ!それから黒い魔女!そのクッキーは俺の物だ!素直に返してもらおうか!」

「これはこれは。光の精霊の王じゃないか。人間と契約を結んだって噂で聞いていたけれど、リツくんととはね。ちなみにこのお茶とクッキーは君がリツくんと契約する前から常備しておくようにリツくんに言っておいたものだ。つまりは僕のものだ。ねっ、リツくん」

語尾にハートでもつきそうなくらい可愛らしい笑顔で小首を傾げるノアくんとプンスカしながらなんとかノアくんの手からクッキー缶を奪い取ろうとするセイ。

ちょっと待って。ノアくん、セイのこと光の精霊の王って言った?えっ?まじで?

このクッキーソムリエ目指してんのかってくらいの小さな可愛いセイが?えっ?まじで?

ノアくんは攻防に飽きたのかクッキーを一つセイに与えると、セイは満足して齧り付いた。

ノアくん自身もクッキーを摘みながら溜息を吐いた。

「まさか、光の精霊王が勇者と契約するなんてねぇ」

「俺も超びっくりしてる」

リリィといい、ノアくんといい、セイといい、バルロットさんやノイシュくんも高位の存在なのに気安くし過ぎる。

「まあ、気紛れだな」

セイは軽く言う。いいのか、それで。

「しかし、ただでさえ白い魔女と黒い魔女と勇者と魔王が同世紀に現れるなんて稀なことなんだよ。ましてや精霊が人間と契約をするなんてね」

お茶を啜りながらノアくんは何事かを考えて、何かに気付くとカップをソーサーに戻してポンっと手を叩いた。

「あのクソババァがリツくんを呼んだのかもね」

キラキラの満面の笑み。正解はこれだって顔しているが、本当にそれが答えなんだろうか?

俺も俺がこの世界に呼ばれた意味なんて分からない。

「白い魔女が勇者を呼んだ根拠は?」

「さあ?クソババァのことなんて僕分かんないし」

にっこりと微笑まれた。

ノアくん、そんなに白い魔女のこと嫌いなの?

ていうか天使のような美少年の口からクソババァって連呼されるのちょっと…。

「というか、やっぱり根拠なんてないんだな」

俺の存在意義について少しは何か分かるかと思ったけれど、結局何も分からなかった。

肩を落としたところでチャイムが連打された。

鳴り終わる前に鳴らし続ける迷惑行為に嫌な予感がしつつも覗き窓から見ると予想通りの人物だった。

「リリィ。他の住人にも迷惑だからこういうのはやめておけ。カシワギさんも、見ていたなら止めてくださいよ」

「いえ、申し上げたのですがまったく聞いてくださらなくて」

俺がリリィの躾に関してカシワギさんに文句を言っているとリリィはさっさと「失礼するのだわ」と言って入って来た。

溜息を一つ溢してからカシワギさんも招き入れてリビングへと戻っていく。


「ノア。来ていたのね」

「やぁ。リリィちゃん。元気そうでなによりだよ」

セイはリリィまで来たことで小さく「ゲッ」と言って姿を消した。

天敵が二人に増えたならそれが賢明な判断だ。

「実はリツくんがこちらの世界に来たのは白い魔女が原因なんじゃないかという名推理を披露していてね」

まったく名推理じゃねーわ。

「そうなのね」

リリィはカシワギさんが勝手にうちの台所を使って淹れられた紅茶に口をつけながら相槌を打つ。

「そうなのだわ!白い魔女に聞けばいいのだわ!」

今度はリリィが名推理をした!という風に閃いた顔をした。

えっ、敵対してるんじゃないの?そんな気軽に聞けるの?

俺が展開に置いてけぼりになっていると、リリィがなにやら鏡を取り出して問いかけ始めた。

「もしもし、白い魔女。聞いているのだわ?」

いや、連絡取れるのかよ!?

しばらくして鏡から美しい美女が映し出された。

「珍しいわね。リリィちゃんからわたくしに連絡をしてくるなんて」

しかも白い魔女もリリィちゃん呼びしてんのかよ!

精霊同様実は仲良しなんじゃないのか!?

「あなた、今代の勇者の召喚に関わっているのかしら?」

「なぁんだ、そんなこと」

リリィの問いに白い魔女がクスクス笑う。

これは白い魔女が俺をこの世界に呼んだのか?

なんのために?

ドキドキしながら会話を聞いているのは俺だけで、ノアくんはクソババァと言う割に我関せずで悠々とティータイムを満喫している。

うん。全部俺の家の物を勝手に使われて食べられているんだけどな。

まぁ、ノアくんとセイ用だから別にクッキーは幾ら食べても大人しくしていてくれればそれでいいんだけど。

それより今は白い魔女だ。

手鏡の中の美しい女性は妖艶に白い口紅で彩られた唇で告げた。

「まっっったく知らないわ」

「デスヨネー!」

思わず片言になったことを許してほしい。

これでリリィとノアくんと敵対する白い魔女が俺をこの世界に召喚したなんてことになったら事態は更にややこしくなる。

良かったー!白い魔女に召喚されていなくて!

「それに、わたくしが勇者に選ぶならもっと見目良い男性を選ぶわ」

白い魔女が興味無さ気に俺を見て言った。

心で泣いた。

カシワギさんとノアくんがそっと肩を叩いてくれたがその優しさが逆に辛い。

異世界でも顔面偏差値が優位なのか。

俺、一応最強勇者なのにな……そんな場面一度もなかったけれど。

いや!ドラゴンやっつけたり伝説の剣を抜いたりした!信じよう!俺を!!

「用件がそれだけならわたくしはもう寝るわね。夜更かしはお肌に悪いもの」

白い魔女がそう言って通信を切ろうとした時だった。

今までのんびり過ごしていたノアくんが白い魔女に「ああ、小皺が目立つようになりましたもんね」と喧嘩を吹っ掛けたのは。

リリィの持つ手鏡が白い魔女の圧力によってピシリとヒビが入る。

「あっ、手鏡越しですら盛大な皺が刻まれましたよ。早く寝たほうがいいんじゃないんですか?一生」

ねえ!なんでそんなに煽るの!?

白い魔女めちゃくちゃキレてんだけど!?

「いや、白い魔女さんめちゃくちゃ美人ですよ!美しくて俺なんて凡人は平伏しちゃうなー!」

慌てて白い魔女にフォローを入れると手鏡のヒビも修復されていき白い魔女は先程のような妖艶な顔になった。

「顔は凡庸だけれど、この中の誰よりも見る目があるようね。今代の勇者。貴方のお名前は?」

「リツ・サハラです」

やっべー。これ絶対めんどいことになった。

「そう。リツね。リリィや小僧の元が飽きたらいつでもいらっしゃい。それなりにもてなして差し上げるわ」

「はあ。ありがとうございます」

そして通信は今度こそ切られた。

命拾いした……!!

「ノアくん!いくら嫌いな相手でもあんな風に煽ったらいけないよ!」

こういうこと、リリィとセイ相手にも言ったな…。

なんで上位存在ってこんなに我儘で面倒くさいんだ。

ノアくんは少し頬を膨らせてムスッとした。

「あのババァが悪い」

うーん。黙っていれば天使のような美少年なのになぁ。

いや、でも白い魔女も美人だけど人類滅ぼそうとしているんだよな。

やめるように言っておけばよかった。

「まあ、とにかくほどほどに争いにならないようにね。リリィもね!自分がそうとは思わなくても相手にとって不愉快なこととかあるから気を付けてな!」

「はーい」

まったく聞く耳を持たないくせに返事だけはして問題児コンビは帰って行った。

結局何しに来たんだよ…。しかもクッキー缶が一箱食い尽くされたし。


過去の勇者はシェフで後世のこちらに来た人々が食文化でホームシックにならないように食料品を定着させてくれた。

俺はレベル最高位の勇者なんて言っても何も出来ていない。

魔王も守る存在として認識している。

二人の魔女とも縁はない。

俺の存在意義って、なんだろう?

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