エピローグ 二人目の悪役貴族

 戦いは終わった。


 全ての黒幕だったイリーナはエヴァンに歪んだ愛情を向け、魔神をこの世界に降臨させた。

 それら全てはエヴァンをさらに強くし、自分好みの男にするためだ。

 もっと良い方法があったと思うんだが……なにせ、イリーナは魔女。人間とはまた違った価値観で生きているんだろう。


 下位の魔神とはいえ、街中は混乱の渦中に巻き込まれた。

 一般市民を避難させていくのと並行して、冒険者や騎士団が力を合わせて魔神に立ち向うことになった。


 イリーナはオリエンテーションで『下位の魔神でも十分役に立つ』と踏んだんだろうが、それはさすがに人類を舐めすぎだ。


 今の俺では勝てるかどうか怪しい──そう思えるくらいの強い人間が、この世界にはたくさんいる。


 エルゼもその中の一人だ。


 これは後から聞いた話ではあるが──まさか、氷刀なる魔剣を持ち出してくるとはな。

 ゲームの中では説明されなかった要素だ。

 なにか力を隠しているとは思っていたが、全てを凍らせる魔剣なんて使われれば、俺も苦戦必至だろう。


 さすが俺の師匠。

 エルゼの底知れぬ強さを再認識した事実であった。


 そして強くなったのは、彼女だけではない。


 エヴァンもこの戦いで急成長を遂げたらしい。



『戦いの中で貪欲に私の技を吸収し、かつものにしていく。あれほどの成長速度はレオ様以上かもしれません』



 ……とエルゼは彼を評していた。


 エヴァンが強くなることは俺の破滅エンドに繋がるかもしれないが、怖くなんてない。


 だってレオの永遠のライバルなんだぞ?

 これくらいやってもらわなければ、俺のライバルとしてふさわしくない。


 ……そんなわけで。


 俺が戻る前に、あらかた魔神の処理は終わっていた。

 被害も最小限にとどまり、魔神が降臨した割には上出来ともいえる結果だろう。


 俺たち──人類は勝ったのだ。


 これからは復興作業で街中も慌ただしくなるだろう。


 だが、俺は心配していない。


 俺は人類の可能性を信じている。

 魔神や魔女ごときで滅ぶくらい脆弱なものなら、俺だって苦労しないからだ。



 ◆ ◆



 そして街も落ち着きを取り戻した頃。

 俺は学園でジルヴィアと言葉を交わしていた。


「大変でしたね……」

「ああ」


 放課後。

 中庭のベンチにジルヴィアと並んで座っている。


 心地い木漏れ日と、爽やかな微風を感じながら、俺は彼女の言葉に頷いた。


「レオ君もそう思うんですか? 結局終わってみれば、レオ君はイリーナちゃん相手に圧勝でしたし……」

「なにを言う。戦いの最中は強がっていたが、イリーナは強かったよ。ゆえに『毒』なんていう絡め手を使うしかなかったんだ」


 そもそも対策を講じていたとはいえ、俺がジルヴィアたちを少しでも危険な目に遭わせる必要性がない。

 あれだけのことをしなければ、俺がイリーナに敗北する可能性があると踏んでいたのだ。


 悪役貴族に勝利の美学はないとはいえ。

 だからといって、キレイな勝ち方に憧れないわけではないというわけで。


「エヴァン君も立ち直れるでしょうか? 私と同様、エヴァン君はイリーナちゃんを疑っていませんでした。それなのに……急にイリーナちゃんが魔女だって聞かされて、しかもされるなんて……」


 ジルヴィアの言うことも、ごもっともだ。


 俺は──混沌魔法で黒櫃ブラック・ホールを発動させたが、イリーナを殺してはいない。


 彼女の背後には、さらに大きな組織の存在が見え隠れしている。そのことを喋ってもらうまで、彼女を殺すわけにはいかないしな。


 黒櫃ブラック・ホールで俺はイリーナのを消滅させた。

 俺が混沌魔法を得てから長い年月も経っているので、その気になればこういう調整も出来る。


 戦いが終わった後、俺は魔力が空になったイリーナを拘束し、王城に連行した。

 今頃は尋問される日々を送っているだろう。まあ彼女も簡単に口を割るような女ではないと思うが。


「大丈夫だ」


 俺は力強く答える。


「エヴァンはこの世界のだからな。悪役貴族である俺とは違う。これくらいのこと、乗り越えられるはずさ」

「そ、そうですよね! だってエヴァン君ですもん! それにしても……」


 ジルヴィアは言うのを迷っている様子だったが、やがて意を決したようにこう続ける。


「前から思ってたんですが、レオ君。たまに訳の分からないことを言いますよね」

「なにがだ?」

「主人公とか悪役貴族とかって……エヴァン君はともかく、レオ君が悪役貴族なわけないですよ。レオ君こそまさしく、理想の貴族です」

「ふっ、なにを言う」


 俺は立ち上がり、高らかにこう告げる。


「俺──レオは悪役貴族だ! 俺は俺のまま生きて死ぬ! 何人たりとも、俺の覇道は邪魔出来ない。そのためなら、どんな手段だって使ってやる。やり方を選ぶ主人公には出来ない、悪の道だ」

「んー……やっぱり納得出来ません。それなら──」


 とジルヴィアが言葉を続けようとした時、遠くから「おーい」と二人の人影がこちらに近寄ってくるのが見えた。


「あれは……エヴァンとアデライドか。ほら見ろ。エヴァンのあの表情が、落ち込んでいるように見えるか?」

「いいえ、見えませんね。私の杞憂だったようです。やっぱりレオ君はなんでも知ってるんですね」


 ジルヴィアが俺に熱っぽい視線を向ける。



 当面の破滅エンドは回避した。



 しかしこの恋愛ゲーム──『ラブラブ』には他にも、破滅エンドへと至る道が複数用意されている。

 そのために俺はまだまだ気が抜けない日々を送ることになるだろう。


「じゃあ、エヴァンとアデライドと合流するか。あれから慌ただしくて、二人とは落ち着いて話が出来ていなかったからな。礼も言いたい」

「ですね──っとその前に」


 ジルヴィアも立ち上がり、俺の真正面に立つ。


 ん……なんだこの間は?


 そう思ったのも束の間、ジルヴィアの顔が接近してくる。な、なにをするつもりだ?

 思いもよらない行動だったため、反応が遅れている間にも、ジルヴィアの顔は近づいていきやがて……。



 頬に柔らかい感触が当たった。



「……っ!?」


 俺は慌てて頬に手を当てる。

 ほんのりと温かい感触が、少し遅れてやってきた。


「お、お前今……」

「はい、ほっぺにちゅーしました」


 内股になったもじもじと体をくねらせ、顔を赤くするジルヴィアは可愛かった。


──そう決めたんです。手段を選ばないのが悪役なんですよね? だったら私はレオ君を手に入れるに、手段を選ばないことにしました」

「そ、そ、そ、そういう意味で言ったんじゃ……」

「これで私もですね。これからいっぱい、二人で悪いことをしちゃいましょう」


 そう言うジルヴィアは、かつて内気で暗かった彼女の姿とはかけ離れていた。

 大人の女性としての妖艶な輝きを放っていた。



「レ、レオ様!? さっき、ジルヴィアさんにキスされたように見えましたが……」

「羨ま……じゃ、ありません! が、学園内でそんな破廉恥なことはダメですよ! 先生たちに告げ口されたくなかったら、わたくしもさせてください!」



 エヴァンとアデライドにもしっかり目撃されていたようで、二人は早口でそう捲し立てる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。違う。これは事故みたいなものなんだ。だから……」

「あれえ? レオ君。私にちゅーされるの嫌だったですか?」

「そ、そうじゃない──あーーーーーもーーーう!」


 頭を掻きむしる。


 そんな俺を見て笑うジルヴィアは、しっかりと悪役貴族だった。



---------------------------------------

ここまでお読みいただいてありがとうございます。


「恋愛ゲームの悪役貴族に転生」

一章が完結しました!

たくさんのフォローや★、誠にありがとうございます。励みになります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛ゲームの悪役貴族に転生したから、無双しながら破滅エンドを回避したいと思う 鬱沢色素 @utuda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ