第34話 悪役貴族に美学はない

「ど、毒……? う、嘘よっ! あたしにそんな原初的なものが、あたしに効くはずない──」

「真正面からかけていたら、貴様もすぐに気付いていただろうな。だが、貴様にかけた毒は遅効性のものだ。それゆえ、気付くのが遅れた」

「あ、有り得ないわ。【夜の帷】を張っていたし、毒魔法は通らないはず──ま、まさか、あんた!」

「そう。戦いが始まってから毒魔法をかけたのではない。戦いが始まるもっと前──数日前に毒魔法をかけさせてもらった」



 ──食堂での話し合い。



 俺とジルヴィア、エヴァンにアデライド。

 そしてイリーナ。


 あの時、俺は四人に治癒魔法のをかけた。


 しかしあれは全くの出鱈目。


 そもそも俺は『光』属性魔法であるヒールを使えやしない。


 まあ他属性で似たようなことは出来るんだがな。

 入学試験やオリエンテーションで、イリーナには俺の力を見せつけていた。

 ゆえに『こいつなら光魔法くらい使えても、おかしくない』と彼女は思い込んでしまったのだ。


 結果的に、それが彼女の致命的なミスとなった。


「で、でも! あれはエヴァンたちにもかけてたじゃない! もしかしてあんた、味方ごと毒で葬るつもりなんじゃ……」

「くくく……貴様の目は節穴か? ジルヴィアを見て、どう思う?」


 はっとなって、イリーナをジルヴィアに視線を移す。


「え、え……?」


 ジルヴィアは戸惑いの表情。


 だが、毒で苦しんでいる様子はない。

 ジルヴィアは目を丸くして、なにが起こっているのか分かっていなさそうだ。


「なるほど……ね。ジルヴィアやエヴァンには、解毒魔法を施したってわけ。エヴァンとずっと一緒にいたつもりだけど、それには気付かなか──」

「貴様の想像しているのとは、ちょっと違うな。そもそも、そんな簡単に治せる毒魔法をかけるわけないだろう? 貴様に気付かれる可能性もある」


 敵を騙すなら、まずは味方から。


 俺──レオのモットー。


 それにジルヴィアとアデライドだけならまだしも、あの場にはエヴァンがいた。

 理由は分からなかったが、イリーナがエヴァンに執着しているのは気付いていた。

 ゆえに、彼女にはエヴァンのちょっとした感情の変化も察知されると警戒したのだ。


 気付かれないように、ジルヴィアやエヴァンたちに解毒魔法を施す案も却下。

 自分でかけたものとはいえ簡単に解毒出来るものではない。しかも、イリーナの監視の目を掻い潜りながら解毒するのは危険が高すぎた。


「なら、どうして……」

「あの時渡したネックレスだ」


 そう言って、俺はジルヴィアが身につけているネックレスに視線をやる。


「これには解毒の効果がある。せっせと屋敷の地下でこしらえたよ。無論、貴様の分もな。あのネックレスを付けていれば、貴様にも解毒の効果が働いて、こんなことにはならなかっただろう……」

「そういうことだったのね──くっ!」


 イリーナは胸を抑え、毒で苦しんでいる。

 口元からは血を吐き、上手く結界魔法を展開出来ないようだった。


「無駄だ。毒に蝕まれている貴様では、簡単な魔法ならともかく、【夜の帷】なんていう高度な魔法は使えんよ」

「よくもまあ、こんな回りくどい真似を考えたものね。まさか味方から騙してると思ってなかったわ。正義のヒーロー様にしては、少々卑怯すぎる手ではなくて?」

「正義のヒーロー? はっ!」


 イリーナの言ったことに、俺はつい吹き出してしまう。



 俺は──悪役貴族だ。



 勝利の美学などない。


 勝たなければ、なにも手に入らない。


 ゲームのレオだって、エヴァンとの勝負に負けたから悲惨な最後になってしまった。


 ゆえに。


「勝つためなら、俺は手段を選ばない。少しでも勝つ確率が上がるなら、どんな卑怯なこともやってみせる。貴様は俺の勝利への執念を甘く見ていた」

「そうね。あんたは、あたしの想像以上だったみたい。だけど……」


 イリーナはカッと目を見開く。


「こんなものであたしに勝てると思ってんの? あたしも勝利のためなら手段を選ばないわ!」


 そう言って、イリーナはジルヴィアに向かって手をかざす。


「魔神の力よ! ジルヴィアを取り込みなさい! 彼女が魔神の『器』として適合しているのは分かっている。今こそ彼女に力を与えなさい!」


 イリーナから魔力が放出される。

 ジルヴィアはその場から逃れようとする。しかし遅い。


 魔力はジルヴィアにまで届き、彼女を包んで──。




 そしてなにも起こらなかった。




「え……?」


 イリーナは言葉を失う。


「ど、どういうこと? 魔神の声が聞こえないわ。ジルヴィアは魔神に洗脳されるはずじゃ……」

「ははは! 最初に説明していただろう? ネックレスには魔神を阻害する効果も含まれていると」


 高笑いする俺。


「は? ネックレスは解毒するためなんじゃ……」

「なにも、魔神を阻害する効果が嘘だと言ってないだろう? ネックレスが解毒のためのものだと、どうして思い込んでいた?」


 とはいえ、一つのネックレスに二つの効果を付与するのは難儀した。しかもイリーナに気付かれないように……だ。

 屋敷の地下に潜って、大量の魔力を使いながら夜通しネックレスを作った時を思い出す。

 あの地下は不思議なことに、どれだけ魔力を放出しても外部には漏れない。

 混沌魔法をぶっ放して激しく戦った時も、エルゼやお父様も全く気付いていなかったみたいだからな。


 その特性を今回、利用したのだ。

 

「俺に分からないことはない。こうなる未来も最初から分かっていたのだ」

「そ、そんな……! 出鱈目じゃない! あんたはどれだけの最悪を回避出来るの?」

「最悪? 俺の前ではそんなものを起こさせる気はない」


 魔力を放出する。


 その異様な魔力にイリーナが気付き、彼女がこの場から逃れようとする。


 しかし戦いが始まる前から、この場には結界魔法を張っている。

 地下が崩落しないためというのも大きいが、イリーナを逃さないためでもあったのだ。


 結界魔法を封じたとはいえ、生半可な魔法ではイリーナを倒すことは困難だろうからな。


 目撃者ジルヴィアもいるが、仕方がない。


 イリーナはこの魔法で葬ってやろう。



黒櫃ブラック・ホール



 混沌の闇を前に、イリーナはなすすべがない。


 闇が彼女を飲み込み、それは戦いの終わりを告げるのであった。

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