第33話 魔女が人間に恋をしたら

「はははは! 無様ね。あーんなに偉そうなことを言ってた割には、あたしの前になすすべないじゃないの!」


 教会の地下。

 俺はイリーナと戦闘を繰り広げていた。


「うむ、さすがは魔女という大層な名前を名乗っているだけのことはある。亀みたいに固いな」

「もっと良い例えをしなさいよ。そんなことより、その余裕そうな表情はいつまで持つかしら? 命乞いなら聞いてあげてもいいけど?」

「命乞い? くくく……面白いことを言う」


 イリーナの勘違いした言葉に、俺は思わず笑いを零してしまう。


 ……とはいえ、戦況は厳しい。

 

 魔女イリーナは基本の五属性を他に、『光』と『闇』の魔法も操る。地下室が崩れてしまわないように結界を張っているが、それでも地が震え、少しでも気を抜けば一撃で葬られてしまうだろう。


 しかし、まあ攻撃はいい。


 問題はイリーナの防御面。


 作中最強の結界魔法である【夜の帷】を張ってやがる。

 そのせいで、こちらの攻撃がイリーナに届かない。


【夜の帷】は一度分析したとはいえ、イリーナの使うものは少し違っているようだ。

 オリエンテーションで戦った男の者より高位で、なかなか俺は彼女の守りを崩せずにいた。


「レ、レオ君が苦戦している……? あんな姿を見るのは初めて……」


 少し離れたとこから、不安そうにジルヴィアが戦いを眺めている。


 彼女にも結界魔法を張っている。ゆえに戦いの余波が彼女に届くことはないと思うが……あまり時間をかけていては、この先どうなるのかは分からない。


「なるほどな。あの臆病な男に【夜の帷】を教えたのは、貴様といったところか」

「そうよ」

「ヤツは貴様の仲間だったか。もしくは、貴様の背後にもっと別の大きなものが潜んでいるのか……」


 カマをかけてみるが、イリーナは意味ありげに微笑むだけで、口を割ろうとはしなかった。


「だんまりか」

「そう言うんだったら、あたしもあんたに聞きたいわ。あんたは一体何者? どうして、ここまで辿り着けた」

「…………」

「ほおら、あんたも喋んないじゃない。秘密があるのはお互い様というわけね」


 いや……喋っても信じてもらえないから言わないだけなのだが。


 と言葉が出かかるが、今はそれを説明しても無駄だ。俺はイリーナと話し合いがしたいわけではない。


 こうしている間にも、イリーナの魔法を防ぎながら、俺はなんとか突破口を見出そうとしていた。


「光栄に思いなさい。あんたはあたし──魔女の手によって殺される。愚かな人間にしては、大した待遇でしょ?」

「俺が憎いか? まあ、貴様の目的が人類の破滅なら──魔神復活を防ごうとする俺は目障りな存在だろう。だが……」

「あたしの目的が人類の破滅……?」


 一瞬、イリーナの動きが止まる。


「どうした、違うのか」

「三千年前ならともかく、今のあたしはそんなことどうでもいいわ。あんたら人間も、名も知らない虫が全滅しようがしまいが、どうでもいいでしょ? それと同じ」

「ど、どうでもいいって巫山戯ているんですか!?」


 イリーナの言葉に、ジルヴィアが反応する。

 彼女は語気を強くして、捲し立てるようにしてこう続ける。


「オリエンテーションの時だって、そうです! レオ君がいなかったら、誰かが死んでいました! それをイリーナちゃんは『どうでもいい』って……どうしてそんなことを言えるんですか!」

「あんたたちとは価値観が違うからよ。あっ、それから、そのイリーナちゃんって呼び方はやめてね。虫ケラから友達のように呼ばれるは深いだわ」

「……っ!」


 ジルヴィアの握った拳は悲しさのためか、それとも悔しさのためだろうか。


 彼女は元々内気な女の子だ。

 しかし俺と出会ってから、随分前向きで社交的な性格となった。


 イリーナの言うことも分かる。


 魔女は人間とは違う。

 魔女にいくら善意を説いたとしても無意味だ。


 だが、ジルヴィアにあんな顔をさせるイリーナの発言は、到底許せるものではない。

 形容し難い怒りが、俺の中からふつふつと沸いてきた。


「……ならば、貴様の目的はなんだ?」


 イリーナを睨みつけ、そう問いかける。


 答えが返ってくるとは思わなかった。


 だが。


「答える義理なんてないけど、人類の殲滅っていうダサい目的を持っていると思われたくないから言ってあげる。あたしの目的は──」


 彼女は頬を薄く桃色に染めて、



「──エヴァン。あたしはあの子の全てが欲しい」



 と宣った。


「……どういう意味だ」

「言葉通りの意味よ。あたしはあの子を

「まさか貴様、魔女が人間にしたとでも言うのか

「笑いたければ笑いなさい。だけど……それであたしの思いは止められないわ」


 そう言って、イリーナは自分の体を抱く。

 表情はまさしく恋する乙女そのもののように思えた。


 彼女は一気に捲し立てる。



「こんな感情は初めてだったの。だけど……エヴァンを初めて見た時、今まで経験したことのない感情が湧いてきたわ。彼を見ているとドキドキする。彼の全てを掌握したい。そのためなら、どんな手段を使ってもいい。あたしはこの感情の正体を『愛』だって気付いたわ。だからあたしはエヴァンにもっと強くなって欲しかった。でも、人間ってどうやって強くなるのかも分からなかった。だからあたしはオリエンテーションでアデライドを殺し、エヴァンに『挫折』を与えるつもりだったわ。まあ、ちょっと用意した敵が強すぎて、あんたの力を借りることになったけどね。あの時、エヴァンに魔力回路を作ってあげたのもあたし。その点は感謝している。だけどもっともっとエヴァンには強くなって欲しい。だから魔神を召喚し、エヴァンには『試練』を……」



 途中でイリーナは俺を訝しむように見て、話を止めた。


「……あんた、あたしの話を聞いてるの?」

「ん……ああ、もう終わったか? 悪い悪い。内容が馬鹿馬鹿しすぎたから、ちゃんと聞いていなかった。長々と喋っていたが、要はエヴァンをもっと自分好みの男にしたかっただけだろ?」

「まあ、そういうことになるのかしらね」

「ならば愚かすぎる理由だ。他人の人生を操ろうとするなんて、愚の骨頂だ。『俺は俺のまま生きて死ぬ』──誰にも指図を受けず、自由に生きる。それこそが理想の生き方なのだから」


 正直……もっとも、まともな理由があると思った。


 ゲーム内でイリーナがエヴァンに対して異常な執着心を見せる疑問も、これで解消されといえる。

 ネットの誰かが囁いた『イリーナ黒幕説』も的中していたのだ。


 しかし理由がイリーナの独りよがりな感情だったなんて……前世だったら、ゲーム機をぶち壊しているところだった。


「貴様の感情は恋ではない。ただの独占欲だ。そんな貴様に色々と語られても、心に響かないのは仕方ないだろう?」

「恋じゃない? 巫山戯ないで。この感情は間違いなく恋なのよ!」


 顔に憤怒の感情を滲ませながら、イリーナは声を大にする。


「まあいいわ。あんたはどっちにしろ死ぬ。そして世界は魔神によって蹂躙され、エヴァンはこの試練を乗り越えてさらに強くなるの」

「エヴァンがそのまま死んでしまうことは考えなかったのか?」

「え……? それのなにがいけないの?」


 イリーナは本気で分かっていないのか、首を傾げる。


「死んだら死んだで、アンデッド化すればいいだけじゃないの。アンデッド化したら、エヴァンを意のままに操ることも出来るし……悪いことばかりじゃないわ。あたしの恋は、生と死に囚われることがないの」

「貴様の話を聞いて、確信した。やはり魔女は人間と根本からして違う」

 

 いくら魔女と人間では価値観が違うとはいえ……ここまでとは。

 やはりこの災厄は、ここで止めなければならない。


「どうでもいい話はここで切り上げよう。そんなことよりイリーナ」


 俺は腕を組み、イリーナのを見ながらこう続ける。


「俺が渡したネックレスはどうした?」

「ああん? あんなの、捨てたに決まってるじゃないの。魔神を阻害する力……ってのは信じてないけど、万が一にでも計画に支障をきたしたらいけないからね。そうじゃなくても、あんたから貰ったものを身につけるなんて、死んでも嫌だわ」

「そうか」


 俺はニヤリと口角を吊り上げる。



「ならばこの勝負、俺の勝ちだ。貴様は選択を誤った」




「一体なに、訳分かんないこと……を……?」


 イリーナの動きが止まる。

 口元に手を当て、何度か咳をする。そして彼女が手を離した時には──手の平には血液が付着していた。


「体が痺れ……る? それに魔法も上手く出力出来ない。一体あんた、なにを……」

「ほお、魔女といえども分からないか? ならば教えてやる」


 俺は指を鳴らし、こう告げる。


「毒だ」

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