第23話 魔神(エヴァン視点)

(エヴァン視点)



「とりあえず、早くここから脱出しようぜ! 先生たちと合流すれば安心だ!」


 死神のような魔物──デスイーターとの戦闘を終え、少し落ち着きを取り戻してから。

 アデライド王女のチームメートである男子生徒が、そう声を上げた。


「待ってくれ。その前にレオ様とまずは合流を……」


 と僕が続けようとした時。



『面倒臭ぇ真似をすんじゃねえよ』



 低い声。


 一体なにが──と思うのも束の間、僕たちの前に夜より深い色をした闇が出現した。

 それは人型を形取り、姿を現す。


「こ、これは……」


 アデライド王女が突如現れたを見て、声を震わす。


 見た目は牛と人間を組み合わせたような姿だ。

 魔物のミノタウロスに似ていたが……魔物図鑑で見たそれよりも、随分大きく、さらに膨大な魔力も感じた。


 魔力の底が見えない。


 先ほどの死神のような魔物……デスイーターを見た時も、このような感想は抱かなかった。


 そいつは首をポキポキと鳴らし、僕たちを愉快げに見下す。


『美味しそうな人間じゃねえか。寝起きの食事を用意してくれたってことか。貴様ら、感謝するんだな。この魔神様の一部となれるのだから』

「ま、魔神だって!?」


 僕は声を荒らげる。


 魔神とは大昔、世界を破滅の危機に導いたとされる災厄のうちの一つだ。

『混沌の闇の王』と呼ばれるものもその災厄だと習ったが、魔神はさらにその上位の存在。

 本の中では、混沌の闇の王の力が1だとするなら、魔神は10……いや、上位の存在になると100にもなると記述されている。


 こいつの言っていることが本当だとは限らない。

 しかし未だ全容が掴めない魔力に、この風貌。

 この存在が魔神だと信じざるを得なくなる感覚を抱いたのは、きっと僕だけではないはずだ。


「どうして魔神が!? 魔神は大昔、滅ぼされたんじゃなかったのかよ!」


 男子生徒の一人が声を上げる。


 答えが返ってくるものとは思っていなかったが、自称魔神は口角を吊り上げて。


『滅ぼされた? なにを言ってやがる。俺たちは常に魔界にいる。まあ大昔に気まぐれでこの世界を滅ぼそうとしたらしいが……途中で俺たちがしまったから、魔界に帰っただけだ』

「あ、飽きて……?」

『そうだ。だって弱い人間を虐めてもつまらねえだろ? 最初は弱いもの虐めも楽しかったが、続くと退屈になる。お前らは俺たちの気まぐれで、滅亡を回避しただけだ』


 どこまでも楽しそうに笑いを零す魔神。

 そんな魔神の姿に、僕は不気味さを感じた。


「……わたくしたちを見逃してはいただけませんか?」


 アデライド王女が冷静に声を発する。

 しかしその両手は震えていた。

 おそらく、内側から込み上がってくる恐怖を堪えて、魔神に交渉を持ちかけているのだろう。


 戦っても勝てない。


 ならば一縷の望みに賭けよう……と。


 しかし魔神は心底退屈そうな顔をして、


『さっきから、つまらねえことばっかり言うな。どうして俺が人間の言うことを聞かないといけねえ? お前たち人間は、家畜の意見に耳を傾けるか?』


 とアデライド王女を右手で払う。


 アデライド王女は剣でそれを防ごうとするが、魔神の右手はそれごと彼女を後方に吹き飛ばした。


「きゃあっ!」


 彼女は悲鳴を上げ、後方の木に激突する。


 だが、それで彼女の勢いは止まらなかった。

 木が倒れ、さらにその後ろの木へと──と彼女が体を強くぶつけ、五本目が倒れたところで動きが止まった。


「王女様!」


 僕はすぐさま彼女に駆け寄ろうとする。


『虫を払っただけなのに、こんなに弱えのか。それにお前はよそ見してる暇なんかあんのか?』


 魔神が僕の前に立ち塞がる。


 アデライド王女を払ったことですら、魔神にとっては攻撃手段ではなかったのだ。

 あまりの実力の違いに驚愕しながらも、僕は即座に魔法を放つ。


「わ、わたくしのことは気にしないで……そんなことよりも、あなたたちは目の前の魔神を……」


 アデライド王女のか細い声が聞こえた。よかった。どうやら直前で結界魔法を張ったおかげで、衝撃を和らげたみたいだ。


 しかしすぐに救助しなければ、アデライド王女の命が危ない。


「僕の邪魔をしないで!」


 魔神に向かって、今使える最強の魔法を放つ。


 先ほど、デスイーターに勝利した魔法だ。

 まだレオ様の魔力が体内に残っているため、発動出来ると踏んだ。そしてそれは見事に成功した。


 流星の輝きが魔神に落とされるが。


「そ、そんな……」

『どうした、それがお前の本気か?』


 魔法の直撃をくらってなお、魔神は無傷だった。


『つまらねえ。昔の人間の方がもっと強かったぞ? 平和な世の中が続いて、ボケちまったのか? まあ』


 魔神は僕に手を伸ばす。

 僕はそれを見ても恐怖で体がすくんで、一歩も動くことが出来なかった。


『今の方が油が乗ってて美味しそうだ。喰わせてもらうか』

「エヴァン!」


 イリーナの、僕を呼ぶ声が聞こえる。


 だが、それに僕は答えを返すことが出来ないまま、魔神の右手が迫り──。



「よくぞここまで持ち堪えたな」



 その時、僕と魔神の間に人影が現れた。


 突如現れた人物は剣で魔神の右手を切断。魔神は「ぐあああああ!」と悲鳴を上げる。


「レオ様!」


 忌々しげに魔神を見下すのは……僕の尊敬する人物、レオ様だったのだ!


 レオ様は振り返り、僕の顔を見てこう口を動かす。


「俺が来たからには、もう勝利は確定した。ここからは悪役貴族シナリオブレイカーの出番だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る