第22話 女の子との接し方は未だによく分からない

「レ、レオ君! 大丈夫でしたか!?」


 戦いを終えた俺に、ジルヴィアが心配そうに駆け寄ってくる。

 しかし俺は普段と変わらない表情を心がけ、ぐっと親指を立てた。


「無事だ。そもそも、相手の攻撃は一度も当たってなかっただろう?」

「た、戦いが激しすぎて、私にはよく見えなかったから……」


 前世の某バトル漫画で、『○○視点』という言葉があったな。具体的なキャラ名は忘れたが、ジルヴィアは今、そういう気持ちになっているということか。


「こんなものは俺にとってはお遊びみたいなものだ。あんな雑魚では、俺の相手にはならん」

「さすがですねっ、レオ君! 全然疲れていないようですし、惚れ直しました!」


 両手を組んで、俺に顔をぐいっと寄せるジルヴィア。



 ち、近い!



 ジルヴィアがこんなに近くに来るものだから、彼女の整った顔立ちがはっきりと分かる。

 髪のシャンプーの匂いが鼻梁をくすぐり、頭がクラクラした。


 とはいえ、ここで動揺してしまっては俺の理想の『レオ像』からはかけ離れてしまう。


「お、おう」


 だから必死に平静を装った。

 ちゃんと出来てたかについては、自信がないが。


 俺の知るレオは女の子を前に心を乱したりしないのだ……。

 なんなら自分の方から手を出し、数多くの女を泣かせてきた。

 いくらレオらしい行動を心がけようとしても、そんなことをする気にはなれないし出来ないが。


「ゴ、ゴホンッ! そんなことより……だ!」


 わざとらしく咳払いをして、俺は地面に倒れているに視線を向ける。


「そいつから色々と聞き出さないとな」


 俺たちを散々苦しめてきた男。

 彼の瞼は固く閉じられ、気を失っている。


 敵には容赦するつもりはない。

 殺すことにも抵抗はなかった。


 しかしここで彼を殺してしまえば、真相は闇の中に葬り去られてしまう。


 こいつが全ての黒幕だとは思っていない。

 男は強かったが、いずれ魔神を召喚し、世界を支配出来るものとは思えないのだ。


 それほど、『ラブラブ』の世界にはもっと上の強者がいる。


 こいつの背後に誰かがいると考えたのだ。


「くくく……尋問の時間だ。レオらしくなってきたなあ!」

「また怖い顔してる……レオ君はいつも優しいんですが、たまに悪役みたいな顔をしますよね……」

「ん、なにか言ったか?」

「なんでもありませんっ!』


 慌ててジルヴィアが首を横に振る。

 なにはともあれ、彼から情報を聞き出そう。


「おい、起きろ」


 男の頬にビンタをかます。

 すると彼は「ん……」と声を漏らし、目を開けて俺を見るなりビクッと肩を震わせた。


「こ、殺さないで!」

「安心しろ。のところは殺すつもりはない」

「ほ、ほんと?」

「俺を信じろ」


 まあ、洗いざらい喋ってもらってからどうなるかは保障出来ないがな……くくく。


「お前の背後に誰がいる? どうして、こんなことをしでかした。やはりアデライド王女暗殺が目的か?」


 森に現れた魔物だってそうだ。


 見たところ、彼の力は結界魔法に特化していた。魔物を召喚し、生徒たちを襲わせるような真似は出来ないはずだ。


 彼は当初、パクパクと口を開け閉めしていたが、やがて観念したように……。


「ボクが命令されたのは──」



 その時だった。



「……っ! ジルヴィア、離れろ!」

「ふえぇ!?」


 俺は男を押してからジルヴィアの肩を掴み、出来る限り彼から離れた。


「ま、まさか!」


 と驚愕する男。


 彼の胸元に魔法陣が現れる。

 それは一瞬だけ光を発し爆発。


 ものすごい爆発で、周囲の地面が穿たれ、衝撃波で木々が消滅する。

 爆風が俺とジルヴィアまで届くが、ギリギリで張った結界魔法のおかげで、なんとか事なきを得ることが出来た。


「ちっ……!!」


 舌打ちして、すぐに男がいた地点まで駆け寄る。


 だが、既に彼の姿はない。

 爆心地は彼を中心としていた。周囲の景色を一変させるほどの爆発だ。骨一本も残さず、彼はこの世から退場してしまったのだろう。


「い、一体なにが……」


 困惑するジルヴィア。


 無理もない。

 男の体に魔法陣が出現し、爆発するまでは一秒にも満たなかったのだから。


「自爆だ。いや……男の反応を見るに、あらかじめ爆発する魔法を仕掛けられていたか?」


 余計な情報を口走ろうとした場合に起爆する魔法。

 俺とて気付けなかった魔法だ。しかも起動から爆発までが早かった。自分とジルヴィアの身を守ることで精一杯で、爆発を止めることは困難だった。


「黒幕は相当の手練れらしい」


 悔しさのあまり、拳を地面に振り落とした。


 よくよく考えたら、これくらい予見出来たことだった。

 転生してから、もう七年も経っているが、俺も元々平和な日本で暮らしてきた人間だ。

 敵がここまでして情報を隠そうとする可能性については、平和ボケした俺では頭が回らなかった。


「ま、まあまあ、勝ったんだからいいじゃないですか! 辺りも元に戻りましたし。さすがに異変に気付いて、先生たちも来てくれるはずですよ」


 俺を元気付けようとしているのか。

 ジルヴィアが肩をポンポンと優しく叩いてくれる。


「……そうだな」


 なんにせよ、【夜の帷】は解除した。

 今まで森の外から手をこまねていた教師も、すぐに救援に来てくれるだろう。


 エヴァンがデスイーターもやってくれたし、アデライド王女の死も防ぐことが出来た。

 俺はゲームのトラウマイベントを回避したのだ。


 敵側の情報がほとんど手に入らなかったことは残念だが、結果としては大勝利と言って過言ではないだろう。


「俺としたことが少々ネガティブになっていた。エヴァンたちと合流しよう。ヤツらの場所は……」


 と魔力を探知しようとした時であった。



 ゴゴゴ……。



 大地が震える。


 膨大な魔力の塊が、森のどこかで発生したのが分かった。


「え……? これは?」


 この異常に魔力探知が苦手なジルヴィアとて、さすがに気付く。


 まさかまた、魔物が発生してのか?

 しかしオークやデスイーターではない。そいつらの魔力で足元にも及ばないほど、強く禍々しい魔力だった。


「なにが起こっている……?」


 俺はすぐさま額に手をやり、魔力を探知する。


 魔力の発生地は……エヴァンのところか。

 そしてこの魔力の形、間違いない。



「くくく……そういうことか」



 予想だにしていない事態に、俺はつい笑いを零してしまう。


「悪いが、ジルヴィア……先に行くぞ!」

「レ、レオ君!? ちょと待ってください。なにが──」


 ジルヴィアが手を伸ばして俺を引き止めようとするが、それを意に介さずフルスピードで駆け出した。


 俺の推測が当たっていれば、出現した魔力の塊は『世界の災厄』とも称される存在だ。

 

 誰もヤツには勝てない。


 しかし俺は、


「まあ、勝てないと言ってもというだけの話。久しぶりに全力で戦えそうだ」


 そう呟き、口元に笑みを浮かべた。

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