第24話 ただの悪役貴族の戦い

『ちっ……』


 魔神が舌打ちし、不快感を顔に滲ませた。


『ちょっと右腕を斬ったくらいで調子に乗んじゃねえぞ。こんくらい、何本でも生えてくんだよ』


 右腕が再生されていく。

 この程度で決着するとは思っていなかったが……ここからがスタートといったところか。


『人間ごときの斬撃で、俺は死なない』

「そのまま返そう。右腕を再生したくらいで調子に乗るんじゃないぞ。奇術がちょっと得意なくらいで、俺に勝てると思っては困る」


 そう言うと、魔神の顔が憤怒で染まった。


『ほざけ! ──鋼鉄クリスタル


 魔神の体が魔力で包まれ、銀色の光が辺りを満たす。

 その光が消滅した後に残っていたのは、銀色の装甲に包まれた魔神の姿だった。


「レ、レオ様! 僕も戦います」


 エヴァンが剣を構え、俺の隣に並び立つ。


 だが。


「言っただろ?」

 

 俺は彼の頭に手を置いて、こう続ける。


「ここから先は悪役貴族シナリオブレイカーの出番だと。お前は俺の戦いを見て学べ」

「し、しかし……」

「……ふう。じゃあ、言うぞ。ここから先の戦いで、お前は足手まといだ。お前も強いが、魔神にはまだ及ばない」

「……っ!」


 悔しそうに顔を歪め、エヴァンが言葉を失う。


 少し酷いことを言うが……ゲームでの魔神はラスボスより強かった。

 ようやく聖魔法を使いこなせるようになったエヴァンでは、対等に渡り合えると思えないのだ。


「まあ、そんな顔をするな。お喋りはここまでにして……行ってくる」


 地面を蹴り上げ、魔神に立ち向かっていく。


 極刀一閃。


 エルゼから初めて一本を取り、入学試験で披露した剣技で魔神を斬り裂こうとする。


『ガハハ! 人間の剣なんか効きやしねえよ!』


 だが、剣の一閃は魔神の装甲に阻まれた。


鋼鉄クリスタルで体を覆った俺には、人間どもの柔な剣も魔法も通らん! 俺に歯向かったことを後悔するんだな!!』


 そして魔神は拳を振り回し、一方的に攻撃を始めた。


 一発でも当たれば即死。


 無論、当たってやるつもりもないので回避するが、魔神の振るった拳は地面や木々に当たる。

 戦いを続けていくごとに周囲の地形が変わり、それは一種の天変地異を思わせた。



「くっ……! みんな! 僕の近くにいて! 魔法で身を守るだけで精一杯だ!」

「エヴァン、一人で全部背負い込もうとしないで! あたしもいるわ!」

「す、すごい攻撃です……っ!」



 エヴァンとイリーナ、さらにアデライドとその仲間たちが必死に攻撃の余波から逃れる。


 魔神の攻撃は俺だけに向けられていたが、まるで台風の中にいるようなものだ。

 この場に立っていられるだけでも奇跡みたいなものだろう。まあ、エヴァンがいるし、他の者は彼に任せておけば安心だが。


「おい」


 攻撃を躱しながら、俺は魔神に問いかける。


「どうして、魔神なんかがこっちの世界にやってきた? 迷子というわけでもないだろう。何者かがお前をこっちに召喚したな」

『知ったこっちゃねえよ』


 魔神は笑いながら、こう答える。


『誰が俺を呼び寄せたのかは知らねえ。そいつなりに、なにか考えがあるんだろう。しかし……俺は人間の都合に縛られねえ。俺を召喚したそいつも見つけ次第、殺して喰ってやんよ!』

「そうか」


 溜め息を吐く。

 どうやら、マジでなにも知らないっぽい。


『そんなことより、自分の身を心配した方がいいんじゃねえか? 先ほどから攻撃してるつもりか? まるで蚊に刺された……いや、お前の攻撃はそれ以下だな』


 確かに。

 先ほどから剣と魔法を繰り出しているが、魔神にダメージが通っている気配はない。


 とはいえ、混沌魔法を使えば、相手の存在ごと消滅させられることも可能。


 しかしここはエヴァンたちの前だ。

 入学試験では仕方なかったが、混沌魔法の存在は彼らにまだ隠しておきたい。

 だからといって混沌魔法を使わなければ魔神を倒せないし……どうしたものか。


『くくく……打つ手ないようだな。死ね!』


 魔神の猛攻が激しくなる。


 やばいな。

 このままでは俺はともかく、エヴァンたちが戦いの余波で死んでしまう。

 これ以上時間はかけられない。


「ちょっとくらいはお前から情報を得られると思っていたが……仕方がない」


 俺は右手に魔法剣を錬成する。


『ああん? 今持ってる武器では勝てないと思って、魔法で剣を作ったのか?』

「お前はバカか? 見たら分かるだろ」


 実際、その辺りの冒険者の間でも使われている安物の剣だ。

 学園に入学する前に冒険者として活動してきた頃から使ってるし、刃こぼれも目立ってきた。

 そろそろ剣の買い替え時かもしれないな。


『バカはてめえだ。そんなことをやっても無駄だ。ボロボロの剣だろうが魔法の剣だろうが、どっちにしろ同じこと。お前の攻撃は俺には届かない』

「それはどうかな?」


 ゆっくりと手足を始動し、魔神と距離を詰める。


 エルゼから学んだ。


 戦っている最中は、頭の天辺から爪先まで神経を張り巡らし、体全体で攻撃するのだと。

 使わない箇所は一つもない。全てを駆動させることによって、ようやく神の一撃を放つことが出来る。


 その一撃に速度はいらない。


 仮にゆっくり動いたとしても、神速の光となりて相手を両断することが出来るだろう──と。

 


 五彩一閃ごさいいっせん



 俺の一刀は魔神の装甲を貫き、右腕を切断した。


『……は?』


 魔神はなにが起こったのか分かっていない様子。


 俺は魔神の反対側まで走り抜け、すぐに百八十度方向転換し、さらに攻撃を加えていく。

 魔神の体が刻まれていった。


 いや……正確には消滅していく。


『ど、どういうことだ。どうじで、お前の攻撃が、俺に……じ、じかもこの剣。ただの魔法ではないな? 存在ごと抹消するような……そんな見たことのない、剣』

「貴様に説明する義理はない」


 俺が錬成した魔法剣は、ただの魔法剣ではない。

 五属性同時に発動し、疑似的に混沌魔法を再現した魔法剣であった。


 他人からは色鮮やかな剣にしか見えないだろう。

 だが、世界ゲームの不具合を突いた魔法剣の一閃は、混沌魔法と同じく相手を亡きものにする。


「そもそもお前相手、俺が苦戦するわけがないんだ。ただ情報を聞き出そうとしたから、そういう風に見えていただけだ。まあ、あまりにも無知すぎる魔神だったために、その目的は達成出来なかったが……」

『ぎ、貴様は何モノ……だ? 魔神を倒す人間など、それは最早神の領域……』

「神? そんな大したものではないさ」


 ただの悪役貴族だからな。


 最後の一閃が魔神の首を切断し、胴体がゆっくり地面に倒れ、やがて消滅する。


 ただの悪役貴族が魔神に勝利した瞬間である。

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