第19話 本当の敵
「運が悪かったな。俺がいなければ、貴様一人だけで生徒どもを全滅させることも可能だったというのに」
俺がそう告げると、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
「はあっ、はあっ……さっきのは一体……?」
エヴァンの息が上がっている。
死神を前にしただけで、気力と体力を持っていかれたのだろう。
それほど、現時点の彼と先ほどの死神とでは、実力に差があった。
「ただの魔物だ。まあ心配するな。俺にとってはただの雑魚だ」
「さっきの魔物を前にして、そんなことを言えるなんて……」
とイリーナが唖然としている。
「もしかして、さっきの死神みたいな魔物が、この異常事態の原因だったんですか?」
ジルヴィアがそう質問する。
彼女の言う異常事態とは「周囲が夜のようになってしまったこと」を指すのだろう。実際は【夜の帷】という結界が貼られているためだが。
「いや……違う。今の魔物は何者かに使役されていただけだ」
「し、使役!?」
「そんなこと、出来るんですか!?」
ジルヴィアとエヴァンが声を揃える。
二人がこういう反応になってしまうのも仕方がない。
魔法によって無理やり魔物を従えることも出来る。
しかしそのほとんどが弱い魔物だ。
一体だけで、クラスメイトを全滅させられるほどの魔物を使役させられる存在がいるとは思いもしなかったのだろう。
「魔力は感じる。近くにはいるはずだ──おい、さっさと出てこい。隠れんぼは終わりだ」
姿が見えない者に対して、俺はそう威圧する。
ほお……簡単に出てくるとも思ってなかったが、無視か。俺を前にして大した度胸だ。
「出てくるつもりがないなら、それでもいい。悪いが、貴様と遊んでいる暇はない」
【夜の帷】が張られてからすぐに行動したため、まだ森の中に魔物は発生していない。先ほどの死神だけは別だがな。
まだ間に合う。
今なら悲劇を未然に防ぐことが可能だ。
俺は額に手をやり、さらに集中して魔力を逆探知する。
お相手さんは魔力を隠すのが得意なようで、探知するだけでも大量の魔力を消費してしまった。
しかし。
「……見つけた。そこか」
俺はなにもない空間を一閃する。
すると空間に斬撃が入り、異空間から一人の男が顔を出した。
「ひっ、ひっ……虐めないでよお……ボクはなにも悪くないよお……」
「え、そいつが……?」
エヴァンが目を見開く。
異空間から顔を出した男は、子どもの俺たちよりもさらに一回り小さかった。
怯えているのか、顔を両手で隠して身を縮こませている。とても演技とは思えなかったし、実際本当に怯えているんだろう。
「なんか弱そうね」
「レオ君、その人はなんなんでしょうか? さっきの魔物を使役させられるものとは──」
「ふんっ」
イリーナとジルヴィアの言葉を聞かず、俺は怯えている男に刃の一撃を放った。
「ひっ! いきなり攻撃するなんて卑怯だよ!」
だが、見えない壁によって俺の攻撃を防がれる。男が自分の前に結界魔法を張ったんだろう。
「ちっ……」
「レ、レオ様! そんな怯えている人に、いきなり攻撃を加えるのはいかがなものかと! もしかしたら、なにか事情があったのかも……」
「迷子? バカか。今の一撃、俺は
並大抵のヤツが張った結界なら、一撃で破壊出来る。
結界が張られていることには気付いていたが、まさかヒビも入らないとは思っていなかった。
さっきの死神はただの前座。
本当の戦いはこれからだ。
「みんな、みんな、ボクを虐めるんだ! ボクを虐めるヤツは全員死んでしまえばいい!」
「……! みんな、伏せろ! 結界に
敵のまとう空気が変わったのを察知し、俺は三人に指示を出す。三人は訳が分かってなさそうだったが、反射的に跳躍する。
さっきまで三人がいた地面が歪み、押し込まれる。
底の深い穴が空いていた。
「……そういう使い方をするとはな。鉄壁の防御に、不可視の攻撃。くくく、俺を楽しませてくれる」
しかし、不幸なのは……。
『ピゲエエエエエエエエ!』
──楽しむ時間の猶予が許されていなかったことだ。
魔物の咆哮が森の中に響いた。
しかも一体だけではない。複数体だ。
一体一体がクラスメイトにとっては、ただの雑魚ではない。一体を倒すだけでも、クラスメイト全員で立ち向かっても勝てない──それほどの力を持った魔物だった。
【夜の帷】のせいで、外部から救援も期待出来ない。
俺以外では、森にいる魔物に対処することは不可能だろう。
「タイムリミット……か」
俺はすっと剣を下ろす。
「レ、レオ君!? さっきの声は?」
「森の雰囲気が変わったわ。おそらく、ここ以外にも魔物がどこかに現れた」
「最悪だ。すぐにこの森から脱出しないと!」
ジルヴィアとイリーナ、エヴァンが順番に口にする。
「いや、ここから脱出するのは不可能だ。森には結界が張られている。結界は目の前のそいつが張っているんだろう」
と怯えている男を顎で指す。
彼は最初以上に恐怖で震えており、「どうしてボクが……ボクだけが責められるんだ」とぶつぶつ呟いていた。
その佇まいに俺は不快感を覚えて、すぐに斬り伏せたくなった。
「こいつの相手をするのは、少々時間がかかりそうだ。しかし、そうしている間に他の生徒に被害が及んでしまう。それに……」
とその先の言葉を続けようとしたが、俺は口を噤む。
アデライドが無惨にも、魔物に殺されてしまう情景が頭に浮かんだからだ。
このままでは、『ラブラブ』の数多くのプレイヤーにトラウマを植え付けたイベントが、ゲーム通りに進んでしまう。
「とはいえ、森の中にいる魔物は俺にしか対処出来ん。口惜しいが、ここは一旦離れ、魔物を始末してからこいつを……」
「待ってください」
俺が言葉を続けようとすると、エヴァンが胸に手を当て、一歩前に出た。
「それならば、僕にその魔物たちを任せてください」
「正気か? 森の中にいる魔物の実力が分からないのか? 今のお前では、到底太刀打ち出来んぞ」
「それでも……! です。僕は大切な人を守るために、この学園に入学してきた。まだ入学して日も浅いけど、クラスメイトのみんなは守るべき僕の大切な人だ。レオ様に全て任せて満足出来るほど、僕も人間が出来ていません!!」
エヴァンが必死に訴えかける。
これは勇気ではない。
ただの無謀だ。
今の彼の実力では、魔物を前に無駄死にしてしまうだけだ。
しかし──何故だろう。
エヴァンの瞳を見ていると、不思議と彼がこの状況を打破してくれると確信した。
「……やっぱり、お前は主人公だな」
「なにか言いましたか?」
「なんでもない──ならば、お前に任せる。魔物はアデライド王女のところにいる。詳しく説明している時間はない。魔法で頭に直接情報を叩き込んでやるから、すぐにその位置まで向かえ!」
「は、はい!」
「エヴァン! あんた一人じゃ心配だわ。あたしも行くんだから!」
そう言ってエヴァンは駆け出し、イリーナはその後を追いかけていった。
「ふ、二人を行かせて本当によかったんでしょうか? やっぱりレオ君が行った方が……」
「それは──っと、その前に」
「ひ、ひっ!」
俺が殺意を込めて怯える男に視線を向けると、彼は再び結界魔法を攻撃してきた。
体の両側から結界が現れる。それは俺を挟み潰すように迫ってきた。
「俺の邪魔をするな」
しかしパチンと指を鳴らし、周りに結界魔法を張った。
迫り来る結界魔法と相殺。お互いの結界が、硝子が割れたような音を発してから消滅した。
「ジルヴィア──安心しろ。この世界が一つの物語とするなら、エヴァンは主人公にふさわしい男だ。ならば主人公がぽっと出の魔物に負けるわけないだろう?」
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