第20話 主人公であるがゆえに(エヴァン視点)
(エヴァン視点)
レオ様から離れ、僕は森の中を突き走っていた。
「エヴァン! 急ぎすぎよ! そんなんだったら、アデライド王女のところに辿り着くまでに体力が切れちゃう!」
「分かってる!」
並走するイリーナに対して、つい語気を強くしてしまった。
僕はまた、なにも出来なかった。
突如現れた死神を前にして、臆してしまっていたからだ。
一瞬でも「勝てない」と思ってしまった自分を恥じた。
「僕はもう、目の前で誰も死なせないと誓った」
走りながら自分に言い聞かせるように、イリーナに語る。
「だけど……僕は無力だ。なにも出来ない」
子どもの頃──故郷に魔物が襲来し、両親が殺されてしまった。
その時から、僕は自分の無力さを分かっていた。どんなに偉そうなことを言っても、力がなければ誰も助けることは出来ない。
ゆえに僕は鍛錬を続け、周りの人間よりも強くなったと思った。
しかしその自信も入学試験にレオ様に挫かれてしまった。
そして今回のことが重なり、僕の自信は完全に消失していた。
しかしそれが足を動かさない理由にはならない。
もうこれ以上、足手まといは嫌なんだ!
「僕は弱い。だけどそれで諦めたりなんかしない。絶対にみんなを救ってみせる!」
「……あんたは昔っからそうね。根拠のない自信がある」
イリーナが呆れたように溜め息を吐く。
しかしすぐに穏やかな表情になって。
「でも、安心したわ。あんたはなにも変わっちゃいない。どんな魔物が現れても、今のあんただったらぶっ倒せるわ! 自信を持ちなさい!」
「うん!」
駆け続けていると、やがてクラスメイトの四人が魔物に囲まれている光景が目に入った。
「く、く、来るなあああああ!」
その中の一人が武器を無茶苦茶に振り回している。
しかし、それで人の数倍はあらんかとするサイズの魔物には勝てない。あれは上位
「み、みなさん、逃げてください! ここはわたくしが足止めします!」
四人の中にはアデライド王女の姿もあった。
レオ様の魔力探知は素晴らしい。
寸分の狂いもなく、僕たちをここまで導いてくれた。
「バ、バカ、言わないでください! 王女様を放って、私たちだけが逃げられるわけないでしょ!」
「し、しかし、これでは全滅です! それならば、一人でも多く生き残るのを先決──」
「大丈夫。僕がみんなを守る」
僕はオークの前に立ち、剣を構える。
オークが棍棒を振り落としてくる。
「はああああああっ!」
僕はそれを剣で一閃する。
棍棒は両断することが出来たが、オークはそのまま拳で僕を殴り殺そうとした。
「エヴァン!」
拳が当たる寸前のところで、イリーナが間に入ってくる。彼女は拳の前に結界を張る。すぐに結界が壊れ完全に攻撃を防ぐことが出来なかったが、なんとかその場から退避することが出来た。
「あ、あなたは……クラスメイトのエヴァン君でしたか? どうしてここが……」
「話は後!」
アデライド王女を前にして失礼な言葉遣いをしてしまったが、今はそれを気にかけている場合ではない。
「まずはこいつらを片付けないといけない! 王女様はみんなと逃げてくれ!」
「……困りましたわ。先ほど、わたくしが皆さんに言った言葉ですね。ですが」
とアデライド王女は両手で剣を構える。
「そう言われて、逃げられるわけがありません! わたくしも戦います!」
「お、俺もだ!」
他のみんなも気勢を取り戻し、オークに正体する。
「み、みんな……」
アデライド王女たちの瞳に宿る闘志を見て、僕はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
ここで説き伏せている猶予はない。
ならば……ここは彼女たちと力を合わせて、目の前の魔物を倒すんだ!
頭の中を切り替え、僕は冷静に状況を把握する。
オークの数は……三体か。
数だけならこちらの有利だが、力の差は歴然だ。まともな人間なら尻尾を巻いて逃げるだろう。
しかしお生憎様、僕はみんなを守ると決意した。
負ける気が──いや、負けるわけにはいかなかった。
「来るよ!」
オークが滅茶苦茶に攻撃を放ってくる。
僕はそれを懸命にいなし、こちらも攻撃を放つ。
今までの僕なら、なすすべなく殺されてしまうかもしれない。
だけど入学試験でレオ様と戦ったことを思い出したら、なんでも出来そうな気がした。
「君たちの力任せの攻撃なんて、レオ様の剣技に比べたらお遊びみたいなものだ! その程度で図に乗るなよ!」
強い言葉を使わないと臆病がまた顔を出しそうになったので、自らを奮い立たせる。
僕たちは傷だらけになりながらも、なんとか三体のオークを倒すことが出来た。
「はあっ、はあっ……よかった。みんなを守ることが出来た」
一息吐く。
疲れすぎて、もう一歩も動くことが出来ない。
辺りを見渡せば、他の人たちも地面に腰を下ろしている。
しかしアデライド王女とイリーナだけが気丈にも立って、まだ警戒を解いていなかった。
「エヴァン! まだ終わっていませんわ!」
「王女の言う通りよ。この魔力は……」
アデライド王女とイリーナの言葉を聞いて、僕は自分の軽率さを知る。
勝利の余韻に酔いしれて、次なる敵が現れるのを見逃してしまっていたからだ。
そいつはなにもない空間から現れた。
そう。
レオ様と最初、この森で出会った魔物だ。
「そ、そんな……」
愕然とする。
この場にいる中だったら、僕とイリーナを絶望させた死神のような魔物。一目見るだけで「勝てない」と、はっきり分かってしまう異形の存在。
そいつは「ご苦労さん」と言わんばかりに、ケタケタと不気味に笑っていた。
僕はやっぱり、誰も守ることが出来ないのか?
レオ様にあれだけ啖呵を切ったのに、僕はまた臆病な自分に戻ってしまうのか──。
「エヴァン」
無意識に一歩後退してしまっている僕の背中に、誰かの手が触れた。
「大丈夫。あんたなら出来る。あんたは
「イリーナ……」
イリーナが僕を応援してくれているようであった。
不思議なことに、こうして言葉を交わしている間、眼前の魔物は攻撃を繰り出してこなかった。
僕たちなんて、いつでも殺せると油断しているのだろうか。
『エヴァン、聞こえるか?』
次に頭の中に、男の声が聞こえてきた。
「レ、レオ様の声……?」
『ああ、よかった。急に魔力の回路が繋がったな。これも主人公補正というものか?』
主人公補正?
訳が分からない僕であったが、レオ様はそれを意に介さず言葉を続ける。
『先ほどのデスイーターの魔力を感じたものでな。遠くから、お前に話しかけている』
「デスイーター?」
『お前の目の前にいる魔物の名だ。俺も戦っている最中だから、端的に言うぞ』
レオ様がすーっと息を吸った音が聞こえた。
『
「そ、それは一体なんですか!?」
『入学試験の時を思い出せ。あの時にお前が使った魔法を使うんだ』
「なっ……!」
彼の言葉を聞いて、僕はすぐさまこう反論する。
「む、無茶ですよ! あれは僕が暴走させてしまった魔法じゃ──」
『ああー、そういうのはいらない。やれるやれないじゃない。やるしかないんだ。大丈夫、俺が補助してやる』
レオ様がそう言うと、体の内側から未知なる魔力が湧いてくるのを感じた。
爆発しそうな魔力量だ。
今すぐにでも叫びながら、倒れてしまいたくなる。
しかし僕はぐっと堪え、その魔力に身を委ねた。
『ほらな、俺の魔力に耐えられた。常人なら正気を失ってしまうほどの量を注ぎ込んだぞ』
何故だか、レオ様が笑っているような気がした。
『お前ならやれる。さっさとその死神もどきの魔物を倒してみせよ』
それを最後に、レオ様からの言葉はなくなった。
「レオ様……」
彼はなんでもお見通しだ。
僕の内に眠っているこの魔力も、レオ様はなにか知っているようだった。
同じ歳とは思えないほど、大人びている。
彼はなにか秘密を抱えている。
そんな気がした。
だけど彼は嘘を吐かない。
レオ様が「大丈夫」と言うなら、なにも問題ないのだ。
「……そろそろ──っ」
後ろからイリーナの声が聞こえた気がしたが、今はそれに答えている暇はなかった。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを上げる。
僕の体から光の魔力が溢れ、それは柱となって天まで昇った。
光の波動が形成され、流れ星となって死神のような魔物──デスイーター目掛けて落下する。
デスイーターはようやく自らの不利を悟ったのか、魔法で相殺しようと手をかざす。
しかしもう遅い。
流れ星がデスイーターに殺到。
全て命中。
なすすべなく、デスイーターは完全に消滅してしまった。
「ぼ、僕でもやれた……」
力が抜けて、へなへなとその場に座り込んでしまう。
辺りを見渡すと、みんな怪我はしていたが、命に別状はない。全員無事だ。
入学試験では暴走させてしまった力で、今度はみんなを守ることが出来た。
「エヴァン! すごいわよ! さっきの魔物をあんた一人の力で倒すなんて!」
「ううん、僕一人じゃないよ」
僕の肩を持ってはしゃぐイリーナに、こう告げた。
「レオ様が味方してくれた。僕たち
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