第16話 合格。そして魔法学園に初登校

「あんなもんでいいか……?」


 医務室を去った後。


 俺は廊下を歩きながら、先ほどのことを考えていた。


「破滅エンドのことだけを考えたら、エヴァンが魔法学園に入学する必要はない。だが、出来れば俺の目の届く範囲に置いておきたい。あいつなら魔法学園に入学せずとも、力を身につけるんだろうからな……」


『ラブラブ』でも、主人公は様々な難問に直面する。だが、それでゲームの進行がわけでもなく、なんならパワーアップして帰ってきた。


 ゲームだからそんなもんだろ。ここは現実だから違うんじゃないか。


 ……と言われればそれまでだが、俺はエヴァンのポテンシャルを高く評価している。


 俺の見えないところでパワーアップされて、破滅エンドにつながるなにかが起こる方がよっぽど怖い。


「というか、エヴァンって意外と嫌なヤツじゃなかったな。ゲームではあれだけ、俺に敵対心を向けていたというのに……」


 まあゲーム内のレオはことあるごとに、ヘイトを溜めるようなことをしていたからな。

 エヴァンがレオのことを嫌っても仕方がない。


「あいつ……俺のこと、嫌わないよな? あんだけアフターフォローもしてやったんだぞ? あれで嫌われたらもうお手上げだ」


 気にしすぎかもしれないが、俺の破滅エンドに最も関係する人物だ。警戒しすぎるくらいで丁度いいだろう。


 しかし……先ほどの空間、なにか違和感があった。

 本来、あるべきはずのものが、ぽっかりとような感覚だ。


「さすがに俺の考えすぎか。エヴァンと戦って、俺も動揺しているということか」


 と俺は首を横に振って、考えを払った。



 ◆ ◆



 そして数日後、試験の結果がハズウェル公爵家に通知された。


 無論、俺は合格。


 こんなもので一喜一憂しないが、お父様とエルゼは合格祝いパーティーを開いてくれた。

 過保護な身内だ。


 そしてジルヴィアも無事合格。

 まあ、ここまでは予想通りだ。


 肝心のエヴァンではあったが……。



「レオ様と同じクラスになれて光栄です」



 ──現在。

 俺はアヴァロン魔法学園に教室にいる。



 そこには制服に袖を通したエヴァンが俺を見かけるなり、そう恭しく頭を下げてきた。


「エヴァンも無事合格しててなによりだ。貴様の力は魔法学園に必要だ」

「お世辞とはいえ、レオ様にそこまで言っていただけるとは……ありがとうございます」


 人懐っこい笑みを浮かべるエヴァン。


 結局、俺が裏から手を回さなくても大丈夫だったか……。


 まあ、入学試験であれほどの大魔法を発動したのだ。教師陣もあれを見逃すほど、目が節穴じゃなかったということだろう。

 とはいえ、この国における平民差別の現状は知っていたので、油断出来なかったが。


「イリーナさんも合格だったんですね。嬉しいです!」

「うん、よろしくね」


 今日もエヴァンの隣にはイリーナがいる。


 ジルヴィアは入学試験で初めてイリーナに会ったというのに、早くも距離を詰めていた。


 彼女もこの五年で変わった。

 もっとも、それを俺のおかげと言い張るつもりもないが。


「レオ様もよろしくね」

「うむ」


 イリーナが握手をしようと手を差し出してきたが、俺はそれに気付かないふりをして無視した。


 やっぱり、こいつ。なんか苦手なんだよなあ……。


 少し軽率な行動だったかもしれないが、イリーナは意に介した様子もなく、俺から視線を外した。


「それにしてもエヴァンよ」

「なんでしょうか?」

「様付けしなくてもいいと言っただろう? 医務室で俺が語った言葉を忘れたのか」

「まさか。あの時、レオ様に言っていただいた言葉は一言一句覚えていますよ。ですが……やはり、僕ごときがレオ様を呼び捨てにするのは、あまりにも恐れ多い。今はこれでお許しください」

「……はあ。律儀なヤツだ」


 溜め息を吐く。


 良いヤツなんだよなあ。そりゃあ主人公なんだし当たり前かもしれないが、他人を惹きつける魅力を持っている。

 ゲームのことがなければ、俺も自然に彼と接することが出来ていただろう。



 そして担任がやってきて、恒例の自己紹介が始まった。



「あたしはイリーナ。伯爵家の貴族よ。エヴァンが平民だからって、彼をイジめたら、あたしがタダじゃおかないんだから! エヴァンに失礼なことをやる人間は、あたしと敵対すると思いなさい!」



 イリーナは早速、とんでもないことを宣っていた。

 彼女の言葉に、クラスメイトも困惑している。


 彼女はゲーム内においても、エヴァンのことを常に気にかけていた。

 そのことからイリーナを攻略するのはゲームの中でも最も簡単で、『チョロイン』『ヤンデレイリーナ』等とも呼ばれていた。


「さて、次は俺か……」


 席を立ち、俺は咳払いを一つしてからこう告げる。


「俺はレオ・ハズウェル。公爵家だ。多くは語らない。ただ俺はこのクラスにおいて、自分の力を示すのみだ。それを見て、お前らが俺のことをどう思うか判断しろ」


 本当は「このクラスを支配するのは俺だ!」と言ってやりたかった。というかゲーム内のレオは、決闘でエヴァンに負けたことも忘れ、そんなことを宣った。


 だが、それはさすがに敵を増やすだろう。だから無難なところに落ち着いたわけだ。


 周囲からは「あれがレオ様……!」「知ってるか? 入学試験で全分野でぶっちぎりの一位だったんだぜ」「まさに理想の貴族像だ」「彼になら支配されてもいいわ」なんて声が聞こえる。


 ちょっと予想していた反応とは違っていたが、悪いようにはなっていないのでほっと一安心。


 しかし俺以上に注目を集める人間がいた。


 ジルヴィアでも、エヴァンでもない。

 が立ち上がると、まるで教室が聖域と化したみたいに、空気が澄み渡った。



「わたくしはアデライド。いっぱい、お友達を作りたいです! 王女だからって気後れする必要はありません! たくさん話しかけてくださいね!」



 快活な声が教室に響き渡る。

 王女とは思えないくらいの健気な姿に、クラスメイトの緊張が解れていくのを感じた。



 彼女──アデライドこそ、この国の第三王女。



 この学園には多くの貴族や王族が通うと以前に言ったが、今年も王族が入学してきたというわけだ。

 彼女も『ラブラブ』の攻略ヒロインだった。ジルヴィアほどではなかったが、アデライドの天真爛漫な姿に俺も癒されたものだ。


 しかも彼女、かなり美人。


 黄金のような輝きを放つ髪色。驚くくらいに白い肌に、サファイア色の瞳。すらっとした体型をしており、こうして立っているだけでも気品に満ち溢れていた。

 彼女に比べれば俺やイリーナの挨拶など、微風みたいなものだ。


「アデライド……か」


 俺は頬杖をつきながら、アデライドの後ろ姿をまじまじと見つめていた。




「レ、レオ君、アデライド王女を見つめてる!? まさか王女様の美しさに心奪われたんじゃ……ど、どどどうしよう。アデライド王女になんて、勝ち目がないよお……」




 ジルヴィアの声が聞こえた気がしたが、周囲の雑音に紛れて、なにを言ったかまでは分からなかった。


 その後、クラス全員分の自己紹介が終わると、担任の先生がこう口を開いた。


「分かっているとは思いますが、このAクラスは入学試験において成績上位を取った者たちで構成されたところ。一年生代表として立派な姿を、みなさんに見せつけてくださいね」


 確か、ゲーム内でも先生は同じことを言っていた気がする。


 ならばその先に続く言葉は……。


「では、本日はここまで。明日には親睦を深めるためのオリエンテーションがあります。あまり夜更かししないように」


 やはりきたか。


 オリエンテーションは、校舎から少し離れた森によって行われる

 四人一組でパーティーを組み、森の中に設置されたチェックポイントを通過しながら、ゴールを目指すといった平和的な内容だ。

 仲間たちと親睦を深めながら、基礎的な体力も付けられる。

 よく考えられた行事である。


 しかし俺は知っている。


 このオリエンテーションで物語の分岐点とも言える、重要イベントが起きてしまうことを。

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