第15話 彼と僕の違い(エヴァン視点)
(side エヴァン)
「エヴァン!」
声が聞こえ、僕はゆっくりと瞼を開ける。
「ん……イリーナ」
「あ、あんた、大丈夫なの!? 心配したんだからっ!」
イリーナは両目に涙を溜め、僕の肩を揺さぶる。
記憶が混濁していることもあって、僕は彼女がどうしてそんな表情をしているのか分からなかった。
「うん、大丈夫。それにしてもここは……」
「アヴァロン魔法学園の医務室よ」
淡々とイリーナは説明する。
なるほど。白いシーツが敷かれたベッドに、どうやら僕は寝かされているらしい。ようやく現在の状況が分かってきた。
どうしてここに……僕は確か、アヴァロン魔法学園の入学試験に来ていたはず……あっ!
「僕、負けたんだね……」
と肩を落とす。
「ほんっと、ビックリしたわよ。覚えてる? あんたが最後に放った魔法のこと」
「最後の魔法……?」
イリーナの言葉を聞いても、ピンとこない。
僕の反応を見て、イリーナは深い溜め息を吐く。
「やっぱり覚えてないのね……そりゃそうよね。いくら負けそうになったからといって、他の人を傷つける真似なんて、あんたはしないはずだから」
「き、傷つけるだって!?」
声を荒らげてしまう。
一体、僕はなにを……。
困惑している僕に対して、イリーナは優しげな笑みを浮かべる。
「大丈夫。あんたは誰も傷つけていないわ。でも、あとで色んな人に謝りにいきなきゃいけないわね」
「…………」
僕は自分がしでかしてしまったことに愕然として、言葉を失ってしまった。
「……あんたが落ち込む気持ちも分かるわ。レオ様に手も足も出なくて、しかも魔力を暴走させてしまったんだからね」
「僕は……魔力を暴走させてしまったのか」
「うん。試験官の人もそう言ってたから。でも、レオ様が全部止めてくれたからもう大丈夫よ」
「レオ様が……」
僕はレオ様との戦いを思い出す。
勝てるとは思っていなかった。
しかしまさか、ここまでレオ様と力の差があるとは思っていなかった。
『悪いが、終わらせてもらう』
僕が攻撃を仕掛けた際、レオ様の声が聞こえた。
一体なにを……と思った瞬間、閃光の輝きが目の前を覆った。
このままではやられる!
本能でそう悟った僕は、咄嗟に後ろに跳ぶ。脊髄反射のようなもので、よく致命傷を避けられたと思う。
だが、あまりの衝撃のためか、目の前が真っ暗になった。それからの記憶はない。
「正直……何度やっても、彼に勝てる気がしないよ」
僕は暗い声で呟く。
「あんたらしくないじゃない。どんな強敵を前にしても、あんたは立ち向かっていったじゃない。レオ様との一件もそうでしょ? 誰もがレオ様との決闘を避けていたのに、あんただけは違った。その勇気がエヴァンのいいところ」
「はは、勇気か。そんなんじゃないよ。結果論になるかもしれないけど、僕はただ無謀なだけだったさ」
と肩をすくめる。
「そういえば、レオ様は? レオ様に戦いの感謝と謝罪を述べたい」
「ああ、レオ様なら決闘が終わった後、姿を消して……」
イリーナがそう言葉を続けようとした時であった。
「失礼するぞ」
と医務室に一人の少年が入ってきたのだ。
「レ、レオ様……っ!」
「ん、もう目を覚ましていたか。俺は少し、様子を見にきただけだが……大丈夫そうだな。よし、じゃあ俺はもう……」
「ま、待ってください!」
医務室から出ていこうとする彼を、僕は引き止める。
ベッドから立ちあがろうとするが、体がふらついて倒れてしまいそうになった。それをイリーナが支えてくれる。
「あまり無茶をするな。外傷はないとはいえ、あれほど魔力を放出したのだ。いくらお前でも、すぐに全快とまではいかない」
「お気遣いありがとうございます。僕は……レオ様に謝らなければいけません」
「謝る? 一体なにをだ?」
きょとんとした表情を浮かべるレオ様。
どうやら、本気で分かっていないらしい。
「イリーナから話は聞きました。僕は魔力を暴走させてしまったみたいですね。そのせいでレオ様も危ない目に遭わせてしまいました」
「危ない目? はっ! 俺がか?」
レオ様は鼻で笑い腕を組んで、大きな声でこう告げた。
「あのようなもので、俺がどうにかなるわけがなかろう! 気にするな。お前は決闘のルールに違反したわけでもない。ただ、お前は自分の力の使い方が分かっていなかっただけだ」
「で、でも……」
「でもじゃない。そんなことよりも──楽しい戦いだった。ありがとう。一瞬であるが、俺が肝を冷やしたのは何年ぶりになるだろうな」
とレオ様が手を差し出す。
一瞬、彼がなにをしようとしているのか分からず、動きが止まってしまった。
「どうした? 俺と握手はしたくないと?」
「あ……す、すみません!」
僕はすぐにレオ様の手を握る。
すると彼は満足そうに笑った。
「学園に入学してからが楽しみだな」
「あ、あの……僕は不合格だと思います。平民の僕が合格するためには、誰にも負けられなかったのですから」
それがたとえレオ様相手でも……だ。
「なにを言っている。俺がお前の実力を認めてるんだぞ? 試験官の目がよほど節穴でなければ、お前は文句なしに合格だろう」
「で、ですが……」
「先ほどから『でも』とか『ですが』とか、うるさい! 俺が合格と言ったら合格なのだ! 仮に節穴の試験官がお前を不合格にしようとしても、俺が許さん。あらゆる手を使ってお前を合格させてやる!」
自信満々にレオ様は言った。
実力主義を謳っているアヴァロン魔法学園だ。
レオ様がいくら力のある貴族だったとしても、不合格の生徒を合格にするのは難しいと思うが……不思議と彼の表情を見ていると、不可能なんてこの世にない気がした。
「では、今度こそ俺は行く。とにかく今は体を休めよ。あっ、それから……」
扉に手をかけ、レオ様は背中を向けたままこう続ける。
「レオ『様』と呼ぶのはやめろ。お前にそう呼ばれるとむず痒くて仕方がない。ゲーム内のお前は『レオ』と呼び捨てにしていたしな」
「ゲーム……?」
「な、なんでもない。失言だ。忘れろ」
都合の悪いことを言ってしまったのか。
レオ様はそのまま、僕の返事を待たずに医務室から去ってしまった。
「なんて……器の大きい人なんだ」
レオ様が去った後、握手した右手を見ながら、そう声を発する。
手を握るだけでも、レオ様と僕の格の違いを感じた。
僕は勘違いしていたのかもしれない。みんなを守る力が欲しい──そう思って、アヴァロン魔法学園の門戸を叩いたが、今の僕では夢を叶えるには程遠い。
「僕の理想はレオ様だ」
そう言って、ぎゅっと手を握る。
「今はまだ勝てないかもしれない。だけど僕はいつか、彼と肩を並べられるような人物となりたい。そして……その時になって初めて、僕はレオ様のことを友達のように思えるんだろうね」
誰に言っても「そんなことは不可能だ」と言うだろう。
だが、僕はレオ様の器の大きさを知った。彼なら僕と同じ立場になっても「不可能はない!」と払い除けるだろう。
彼とは初めて会ったが、なんとなくそんな気がした。
まずはレオ様と同じように、諦めずに前を向くこと。
僕は心に誓った。
「…………」
「イ、イリーナ? どうしたの。さっきから黙ってるけど……」
「な、なんでもないわっ。そうね。レオ様を目指すのは良いことだと思うわ。あんたならきっとやれるから、自信を持ちなさい」
とイリーナが僕の肩を力強く叩いた。
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