第14話 主人公VS悪役貴族
「決闘の準備が出来ました」
審判役を務める試験官がそう告げると、歓声が爆発した。
「なあ、お前。どっちが勝つと思う?」
「そんなの、レオ様に決まっているだろうが。レオ様は神童として名高い人だぜ? 平民なんかに負けねえよ」
「あの平民がどれだけ無様に負けるのか楽しみだな」
野次馬連中が好き勝手に話しているのが耳に入る。
本来なら、試験の決闘をするだけでここまで人が集まってくることはない。しかし今は俺とエヴァンを囲むように、人が密集していた。
大方、俺が調子に乗ったエヴァンをどうボコボコにするのか、高みの見物といったところだろう。
自分では俺に挑んでこなかったというのに、勇気を振り絞ったエヴァンを批難するか。
実に愚かだ。
「レオ君! 頑張ってくださいねっ」
「エヴァン! 野次馬なんか気にしないで。あんただったら、きっとレオ様にも勝てるはずよ!」
ジルヴィアと、エヴァンの連れ添いの女──イリーナも俺たちの戦いを見学しにきている。
イリーナか……。
特にこれといった理由はないんだが、ゲームでは彼女のことが苦手だった。
そんな女が見ているものだから、落ち着かない。
しかしエヴァンは少しも俺から視線を逸らしていなかった。
すさまじい集中力だ。
こういうところは見習わねば。
「試験が始まる前に説明しましたが……もう一度、決闘のルールについて振り返りましょうか?」
「いい。頭に入っている」
「僕もです」
試験官の問いに、俺たちは揃って首を横に振る。
俺とエヴァンは、首から魔石をぶら下げている。
これは『身代わり玉』と呼ばれるもので、一定のダメージが入るまでは肩代わりしてくれる魔導具だ。
とはいえ、相手の攻撃が当たれば少し痛いし、疲れも感じる。だが、身代わり玉が壊されない限り、俺たちは怪我をする心配はない。
勝利条件は三つある。
一つ、相手に自らの負けを認めさせること。
二つ、試験官が試合続行不可能とみなして、どちらかの勝利を告げること。
そして最後の三つ目は、相手の身代わり玉を先に壊すことだ。
周囲への被害も心配ない。俺たちの周りには強固な結界が張られており、たとえ魔法をぶっ放そうとも、野次馬にまでは届かない。
俺が本気で結界を壊そうと思えば別だが、そんなことをする必要はない。流れ弾では結界は壊れない。これなら少々暴れても大丈夫そうだ。
「レオ様、あらためて決闘の承諾ありがとうございます」
「問題ない。俺も決闘の相手が見つからなくて困っていたからな」
礼儀正しい男だ。そんなこと、いちいち言わなくても十分だというのに。
「せっかくレオ様と戦える機会なのです。本気でいかせてもらいますよ」
「当たり前だ。少しでも手を抜けば、勝負は一瞬で終わるぞ」
と俺は気迫をぶつける。
周りの節穴どもは俺の勝利を疑っていないみたいだが、少しも気が抜けない。
入学前なので大した実力ではないと思うが、なにせあのエヴァンなのだ。
『ラブラブ』では数々の奇跡を起こし、強敵を打ち破ってきた。
俺の理想の『レオ像』を守るためにも、ここで負けるわけにはいかない。
「では……開始!」
決戦の火蓋が切って落とされた。
「うおおおおお!」
まずはエヴァンが剣を振り上げ、俺に突進してくる。
愚直な動きだ。
だが、どうやら光魔法で身体を強化しているらしい。ゆえに周りの連中は、エヴァンの動きを目で捉えられていないだろう。
それほどの速さだ。
しかし──俺にとっては欠伸の出るような速度だった。
「遅い」
闘牛士のように、俺はエヴァンの攻撃を躱す。
「さすがですね。最低限の動きで避けている。これで終わるとも思っていませんでしたが、まさかここまで簡単に躱されるものと思っていませんでした」
「お前は誰と戦っていると思っている? 俺だぞ? それとも、お前の力はその程度ということか?」
「まさか」
挑発してやると、エヴァンはニヤリと笑みを浮かべて、再び襲いかかってきた。
剣の猛攻をいなしながら、俺は現時点でのエヴァンの実力を見極めていく。
「な、なにが起こってるんですか!?」
「二人の動きが速すぎて、見えないわ!」
ジルヴィアとイリーナの声も聞こえた。
エヴァンの動きはまるで風のように速く、気を抜けば姿を見失ってしまいそう。
ジルヴィアとイリーナも、実力に関しては本物だ。二人に見えていないのだから、他の野次馬連中も同等であろう。
これだけ周りが騒いでいるというのに、エヴァンの剣は少しも鈍ったりしていない。
おそらく、周囲の雑音など彼の耳には届いていないんだろう。
やはり、すごい男だ。さすが主人公。
しかし。
「まあ、入学前だったらこれくらいの強さか……」
俺はエヴァンの実力を見極め終わったので、剣戟の場からすっと退避する。
目標である俺を見失い、エヴァンがキョロキョロと顔を動かしている。
「後ろだ」
教えてあげると、エヴァンはすぐに後ろを振り返った。
そして剣を上段に振り上げ、再び襲いかかてくる。
その光景が俺にはスローモーションに見えた。
エヴァンの実力は本物だ。
後に黄金世代と呼ばれる俺たちの学年でも、現時点の実力でも五本の指には入るだろう。
しかし俺は転生してからの七年間、ひたすら努力し続けてきたんだぜ?
言っちゃ悪いが、エルゼに比べたらエヴァンの動きなど止まって見えていた。
「悪いが、終わらせてもらう」
エヴァンが間合いに入る。
俺は前方に一歩踏み出し、カウンター気味に彼の胸に袈裟斬りの一刀を放つ。
極刀一閃。
「ああああああっ!」
俺の剣はエヴァンに命中。
彼は剣を落とし、地面に倒れて気絶してしまった。
「うむ……身代わり玉を壊すつもりで放ったというのに、寸前で避けられてしまったか?」
命中したことには命中した。
しかし致命傷を与えるには至らず、その証拠にエヴァンの首からかかっている身代わり玉はまだ割れていなかった。
おそらく、見てから避けたのではなく、本能で回避したのだろう。大した反射神経だ。
「うおおおおお! レオ様が勝った!」
「エヴァンもすごかったけど、レオ様にはやっぱり勝てなかったか」
「平民ごときが調子に乗りすぎなんだよ。神童に勝てるわけねえじゃないか」
「いや……あの平民の身代わり玉がまだ割れてねえぞ!? レオ様! 早くそいつにトドメを!」
野次馬たちの声がうるさい。
「トドメ? そんなことする必要ないだろうが」
俺の呟き声は、周囲の歓声のせいで誰にも聞こえなかっただろう。
なんにせよ、これで決着はついただろう。
エヴァンは気を失っているし、試験官は試合続行不可能とみなすはずだ。
ゲームでは入学試験でエヴァンに敗北してしまったレオではあったが、その
これが後々、どういう影響を及ぼすか分からない。
しかしゲームの展開から外れたことだけでも、安心出来た。
「試験官」
「う、うむ」
「試合続行不可能! 勝者、レオ・ハズウェ──」
「まだ終わっていないよ」
ぞくっ。
寒気が走った。
即座に声のした方に顔を向けると、気を失っているはずのエヴァンが剣も持たずによろよろと立ち上がっていた。
「お、お前……」
「僕はここで負けられないんだ。僕にはなすべきことがある。もうあんな思いはしたくないか──ぐ、ぐあああああああ!」
突如、エヴァンは苦悶の表情を浮かべ雄叫びを上げる。
彼の体から魔力が迸る。
魔力は光の柱となって、周囲を白色に染め上げた。
「こ、この魔力……!?」
今まで見たことのない魔力。
しかしゲームでも同じような光景を見たことがあった俺は、エヴァンの姿に動揺していた。
これは聖魔法。
俺の混沌と同じで特殊魔法に分類され、ありとあらゆるものを光によって浄化させる魔法。
ちょ、ちょっと待てよ!?
エヴァンが聖魔法に覚醒するのは、物語終盤になってからだろうが!
追い詰められて、彼に眠っていた力が目覚めたということか……? だとしても、このタイミングじゃなくてもいいだろう!?
エヴァンによって発生した光は空中で複数の魔法陣を描き、そこから天使の裁きが顔を出した。
流星乱れ打ち。
エヴァンが最初に覚える聖魔法であり、全ての魔法を過去にした最強の呪文。
超威力かつ広範囲に攻撃を繰り出し、流星乱れ打ち一つで雑魚どもを殲滅出来る。
「しかもエヴァンは聖魔法を操れていないのか……!? おい、エヴァン! 今すぐ魔力の発動をやめろ!」
呼びかけるが、エヴァンから答えは返ってこない。
「くそっ……! やはり魔力の暴走か!」
こうなっては、エヴァン自身でもこの魔法を制御出来ない。
教師陣の作った結界がいかに強固なものでも、流星乱れ打ちには耐えられないだろう。
結界は壊れ、周囲にも被害が及んでしまう。
そして暴走によって魔力を根こそぎ放出してしまったエヴァン自身もただでは済まない。
このまま発動を許せば、この場にいる者全員ただじゃすまない!
「仕方がない。本当は使いたくなかったんだがな」
俺はさっと手をかざす。
幸い、聖なる光のカーテンによって、俺が今からしようとしていることは周囲に見えないだろう。
混沌が俺の手の平で形成され、その魔法の名を告げる。
「
場を混沌で満たす。
落とされた聖なる光は混沌の渦に飲み込まれていく。
聖なる力と混沌の闇。
現時点では……
「ふう、なんとかなったな」
一息吐く。
流星乱れ打ちは完全に消滅してしまっていた。
「全く世話のかかるヤツだ」
周囲は騒然としている。
聖魔法と混沌魔法がぶつかった余波で、この場を囲っていた結界も消えていた。
地面にうずくまり動かなくなっているエヴァン。
流星乱れ打ちの発動を中途半端に止められたおかげで、エヴァン自身も無事だ。まあしばらくは目を覚ますことはないと思うがな。
彼の潜在能力の高さに、俺は肝を冷やしたのであった。
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