第13話 入学試験

「とうとう、この日がやってきたな」



 煌びやかな校舎を前にして、俺はそう声を零した。


 アヴァロン魔法学園。

 この国において、最も権威があるとされる学園である。


 学園内の施設、教育システムや教師陣と、ありとあらゆるものがハイクオリティ。

 卒業生には有名人が名を連ね、ここを出ただけで輝かしい未来が保障されるとまで言われる。


 そういった特徴があるのでに、国中の貴族や王族どもがこぞってここに入学したがる。

 俺も幼い頃から「お前は十六歳になったら、アヴァロン魔法学園に入学するのだ」とお父様から口酸っぱく言われていたものだ。


 貴族が多いとはいえ、入学試験を突破すれば平民でも入学出来る。

 しかし幼い頃から高度な教育を受けた貴族たちを押し退けて、平民が魔法学園に入学するのは一苦労。

 ここ十年では誰一人、平民の中で入学試験を突破出来た者はいないという。


「ジルヴィアは試験の方はどうだ? 自信はあるか?」


 と隣にいるジルヴィアに問いかける。


「は、はい。自信があるかどうかは分かりませんが……レオ君と同じ学園に通いたい一心で、勉強を頑張ってきたんです。やるしかないんです!」


 ジルヴィアはぎゅっと握り拳を作り、やる気をたぎらせていた。


 十一歳の誕生日パーティーから、彼女とは良好な関係を築けている。

 しばらくジルヴィアは俺を『レオ様』と読んでいたが、むず痒くなるのでやめてもらった。

 友達に対して、『様』付けなんて変だろ?


「うむ、その意気だ。お前の頑張りは俺がよく見ていた」


 実際、彼女の頑張りはすさまじかった。

 彼女を見ていると、俺も自然と背筋が伸びたほどだった。


「お前なら、きっと合格出来る。俺も気を引き締めなくてはいけないな。ジルヴィアのことを心配して、俺が落ちてはカッコが付かないのだから」

「レオ君は合格に決まっていると思いますが……」


 とジルヴィアは俯きながら答える。


 まあ、確かに……。


 入学試験を突破しなくては、貴族でも入学出来ない──のではあるが、それはほとんど建前のようなもの。


 有力な貴族の出だったり、多額な献金を積めば、試験の結果の有無にかかわらず合格にさせてもらえる。

 ジルヴィアの家は貴族とはいえ、それほど豊かな方ではない。彼女の実力で合格を掴み取る必要がある。


 だが、俺のハズウェル公爵家は超お金持ち。

 ゲーム内でもお父様が多額な献金を積むことによって、試験結果がボロボロだったレオを無理やり入学させていた。


 くくく……まさしく悪役貴族。


 ジルヴィアもそういった裏事情を察しているのだろう。


「まあ……お前の言う通りかもしれないな。お父様が俺を合格させるために裏工作をしているだろう」

「そういう意味ではないんですが……」

「だが! なんにせよ、俺は天才だ! このような愚民どもが受ける試験など、楽々突破してみせる!」


 と自らを奮い立たせる。


 実際、先日に行われた学力試験では満足のいく解答を記入することが出来た。

 おそらく満点だろう。


 問題は今日の実技試験ではあるが……元Sランク冒険者のエルゼと訓練を続けてきた俺が、落ちるものとは思えないのだ。


「行くぞ。遅刻して不合格になっては話にならん」

「そ、そうだねっ!」


 歩き出した俺を、ジルヴィアは慌てて追いかけてくる。

 こうしてアヴァロン入学試験、実技の部が始まったのである。




 カッコつけたことを言った俺ではあったが、早くも躓くことになってしまった。




「どうして誰も、俺と戦ってくれない……?」


 周りを眺めながら、俺は首を傾げる。


 実技試験は決闘方式だ。

 校舎に集められた入学志望の人たちが、自由に決闘の相手を選ぶ。その結果に有無に対して、点数が決まる仕組みなのである。


 だが、さっきから俺が決闘を申し出ても、みんな「お、お腹が痛いから……」とか言って、逃げてしまう。

 なら暇そうにしてれば、誰かが声をかけてくれるだろうと待っても、やっぱりダメだった。


「レオ君の強さはみんなに知れ渡っていますからね。仕方ないですよ」


 とジルヴィアが肩をすくめる。


「ふんっ、腰抜けどもが。別に決闘に負けたからといって、不合格になると決まったわけでもあるまいし」


 溜め息を吐く。

 あくまで合格不合格は、決闘の内容によって決まるからだ。


「そうだとしても、わざわざ自分から強い人と戦いたくないんですよ。みんながみんな、レオ君みたいに度胸のある人じゃないんですから」

「そういうものか。ジルヴィアの方はすごかったな。強そうな相手に、見事勝利をおさめていた」


 ジルヴィアの方は一足早く、決闘を済ませていた。

 風魔法を操る男に、堂々とした立ち回りを演じていた。


 彼女の得意分野は光属性による治癒魔法。

 本来なら一人で戦う決闘は不利だ。


 しかしそのことをジルヴィア以上に分かっていた俺は、数年前から彼女に「体術を磨け」との提案をしてみた。

 その成果もあってか、ジルヴィアはめきめきと実力を伸ばし、こうして決闘試験を勝利にて終わらせることが出来たのである。


「えへへ、レオ君に褒めてもらえると嬉しいな。レオ君に比べたら、私なんかまだまだです。それに私に体術の才能があったことを見抜いたのはレオ君ですよ。全部レオ君のおかげです」

「謙遜するな。間違いなくお前の力だ」


 ……とはいえ、彼女に体術の才能があることを知っていたのは、ゲーム知識のおかげである。


 ゲーム内でも、回復役の彼女は何故か攻撃力が高かった。


 とはいえ、他のパロメーターが全て回復役に適していたが……この攻撃力の高さに目を付け、彼女をアタッカーとして育てる変態もいる。

 アタッカージルヴィアは、プレイヤーの中では『拳で殴る脳筋回復アタッカー』とも呼ばれていた。


「ジルヴィアがあれだけ頑張ったというのに、俺は戦うことも出来ないとは……まあ戦わなくても、学力試験の結果と多額の献金があるし、不合格にはならないと思うが。仕方がない。無理やりにでも、そこらへんのヤツを引きずって……」


 と強硬策を取ろうかとした時であった。




「戦う相手がいないなら、僕はどうですか?」




 ──涼しい声。


 その声を聞くだけで、俺はぞわぞわと鳥肌が立った。


 やはり来たか。


「……ほお? 俺に戦いを挑むとは、大した度胸だ」


 振り返り、俺は声の主の顔を見る。


 自信に満ち溢れた表情。

 周りの貴族たちと比べて貧素な服に身を包んでいるが、顔立ち自体は整っているので見劣りしない。


 彼の傍には女の子もいた。

 とんでもなく美しい顔と、制服がはちきれんばかりの豊満な胸が特徴的で、そこに立っているだけで華がある。



「ちょ、ちょっと、本気? あれってハズウェル公爵家のレオじゃない。もっと相手を選びな……」

「どうせ戦うなら、一番強い人だよ。僕は平民。目を見張るような結果を出す必要がある」



 女の子にそう言って、彼はさらに続ける。


「平民の僕でもレオ様の噂は聞いています。五属性の魔法を操り、剣の腕も超一流……と。伝説の冒険者と謳われた『零度の剣舞士』を師匠に持ち、その強さは並び立つ者はいない。この学園で……いえ、この国で一番強いのはまさしく、あなたです。レオ様」

「ほお、よく知っているではないか」


 さすがに国一番というのは言い過ぎな気もするが……褒められて、嬉しくならないわけがない。


「僕が勝てるものとは思えない。だけど僕は試験のこともそうだけど、自分がこの学園で通用するのか試してみたい。

 レオ様、お願いします。僕と戦ってくれませんか?」


 と男──エヴァンは真摯に申し出た。



 エヴァン。


 彼こそ、『ラブラブ』の主人公だ。



 類まれなる剣術と、希少な光魔法を操ることによって、最強の名をゲーム内で欲しいままにしてきた人物である。


「…………」


 腕を組み、俺は一頻り考える。

 正直な話、動揺していたが、それを表に出すわけにもいかない。


 まいったな。


 ゲーム内では、俺がエヴァンの隣にいる女……イリーナをナンパすることによって、エヴァンとの決闘が始まった。

 無論、わざわざチート主人公に喧嘩を吹っかけるつもりもなかったので、彼女をナンパするつもりなどなかったが……まさか結局戦うことになるとはな。


 エヴァンは間違いなく、俺の破滅エンドに最も関係のある人物だろう。

 出来れば、あまり関わりたいになりたくない。

 この決闘、勝っても負けても俺に得はない。



 だが。



「いいだろう。胸を貸してやる。やり合おう」



 ──ここで逃げるのは、俺の大好きなレオじゃないから。



 俺がニヤリと口角を吊り上げると、エヴァンは笑顔のまま僅かに震えていたのであった。

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