第31話 VS炎の魔王7 防衛編 真希の覚悟



「なっ……どこから……!」


「……まだです! まだ終わってません!!」


 私が狼狽した声を出すと、こっそり持ってきていたガイドが叫んだ。

 それに釣られて上を見上げると……


「……お前ぇぇぇ!! 結奈をッ!!」


「が、ガハハハハ……ゲホッ……Cランクの我輩の魔法が……その程度なわけがないだろう? 紅猫が……死ねっ……!」


 そこでは、最後の大きな火炎弾が再び弾け、さらに小さくなって降り注いでいた。

 ビートも“サンダースピア”によって息も絶え絶えだが、ゴースト系の魔物だからか、体の穴は塞がっていて、なんとか立ち上がっている。


 雄二君がキレてビートのところへ突っ込むけど……凄まじい数の火炎弾によって近づけない。それに、まだ炎の配下たちは300ほど残っている。


(ただでさえもう持たなさそうなのに……あいつらの魔力まで回復されたら……!)


 私は、自分も詠唱しておいた魔法を使う。


「治癒の光は、私たちの味方──“メガヒール”!!」


 通常の“ヒール”の強化魔法だ。私の足のようにかなりのダメージを受けたり、欠損したりは治せないけれど……“ヒール”の何倍もの治癒力を誇る魔法だ。


 結奈がエメラルドの光に包まれていき……その脇腹からそれ以上の出血を止めた。


「くっ……やっぱり、あの怪我じゃ……」


「致命傷、だろ。ガハハハ! グッ……我輩に喧嘩を売るなど……そもそも馬鹿げた行為だったのだ!」


 結奈は痛みと魔力欠乏からか、気絶している。


(まずい……魔力欠乏状態じゃ……自然治癒力が大幅に落ちる!)


 私はなんとか“ヒール”を連続してかけるが、一向に良くなった気はしない。

 HPは増えているだろうが……


 何もしなくても、貧血で少しづつHPが減るはずだ。


「……あ“あ”あ“あ“!!」


「……っ!?」


 雄二君は結奈がやられたかもしれない、と理性を失ったかのようにビートに向かって突っ込む。


 ドンッ!! ドオオン!!


 魔力の回復してきた炎の配下たちが“ファイアボール”などで雄二君を攻撃するが、すでに200近い炎の配下を倒してレベルアップした雄二君はディメントを振ると、その大半をかき消す。


「……!? 雄二君!! 落ち着いてっ!」


「テメェェェェ!!」


 だが、それでは全ての攻撃を消すことは出来ない。なのに、雄二君は残りの魔法を無視して突っ込む。

 次々に火傷の跡が増えるが、それでも発される鬼気迫るといった迫力は衰えを知らず、次第に炎の配下たちも恐怖を感じてきた。


「死ねええ!!」


「……“鬼槌”!!」


 ついに、ボロボロになりながらも雄二君はビートの元にたどり着いた。

 雄二君は剣を振りかぶる────が。


 地上付近に出現した“鬼槌”が、横なぎに薙ぎ払われ、雄二君を後方まで吹き飛ばした。


 ビートの方も、この戦いでスキルの新たな使い方を習得したようだった。


「っ!? “ヒール”! “ヒール”! ……無茶しないでっ! あんたが無茶すると本当にみんな死ぬよッ!!」


「……あ、あ“、あ“あ”あ“!!」


 しかし、雄二君は聞く耳を持たずに血走った目で走り出す。


「あ“あ”……あ“!?」


 だが、いくらレベルが上がったとはいえ、この絶望的な戦力差を埋めるほどじゃない。それに、“鬼槌”や“ファイアボール”の直撃を何度も受けたのだ。

 雄二君も、走ることができないくらいに傷ついていた。


(まずい……負けるっ)


 迫り来る数百の魔物。スケルトンたちは元々の耐久力の低さから、すでに全滅しており、残るはヒーラーの私と、瀕死の雄二君と結奈のみ。


 私は、もうだめか……という考えが脳裏にぎるのを、頭を振って振り払う。


「……っ雄二君! 落ち着いてっ諦めちゃだめだからっ!」


「…………」


 雄二君は、不意に腕をだらりと弛緩させた。私が問いかけても、反応しない。

 首は少し上を向いており、ピクリとも動かなくなった。


(気絶……!? 疲労かしら……!?)


 もう、雄二君も結奈も動かない。動けない。


「私が……やるしか……」


 私がキッ、と前を向くと、後方でビートが目を見開いていた。


「……傷が、治癒されている……!?」


「……?」


 ビートは、後ろにいる結奈が脇腹を抉られているにもかかわらず、その出血を止めているのに気が付き、驚愕の声をあげる。


「……馬鹿な……一体王の魔王如きがどうして、こんなにも強いのだ! 何があったら人間がこんなに強くなる!!」


「……治癒士を、知らない?」


 私はポツリと零す。

 確かに、治癒士は街に私しかいなかったし、珍しいらしいとアイト様も言っていた。

 でも、そこまで驚くことなのかしら? アイト様もモンスター表? のようなものを見て「回復役もいるのか……」と言っていたけど?

 

 てか、RPGでは定番でしょ?


(なんか私の方を驚いたように見ていたけど……)


 真希は知らない。アイトはGランクしか召喚できないため、回復役ヒーラーなど召喚できないし、魔王は自分の召喚できるモンスターしかわからない。

 つまり、あの時アイトが見ていたのは“魔王の書”……モンスターではなく、他の魔王の能力だってことを。


 そして、治癒能力を持った魔王は皆、Aランク以上という少数派だったことを。


「……まあいい! もうお前らは終わりだッ……そこの回復狐ヒーラー! 今すぐ我輩を回復するなら、仲間に入れてや……」


「……はぁ?」


 ビートが突然勝利宣言をしだしたたかと思うと、急にRPGなどでお決まりの言葉が飛び出してきた。


 なので、私はそれを遮ってビートを煽ってやることにした。


「誰が上裸の鬼の仲間になるもんですか! あんたの魔王もそんななの? よほど嫌ね! それに狐ってなによ狐って!」


「……貴様ぁ、よほど死にたいかぁ……いいだろう、行けっ!」


 最後は私怨があったけど、ビートを挑発させることには成功した。


(いや……挑発させても、ねえ?)


 どっち道これは気休めにしかならない。

 私は、の賭けにでた。


 私は雄二君の持つディメントに、手を伸ばした。


「……! 止めろっ! あれを渡すなっ!!」


「残念っ! 私の方がはや……!?」


 ビートが焦ってこの剣を回収しようとするが、私が先にディメントを手にする。


 やった……と思ったのも束の間。


「う、ああああああ!?」


 突然、私の全身が悲鳴を上げた。全身をが襲う。


(雄二君はこれを……!?)


 雄二君が毎日何かの影響を抑え込む訓練をしていたのは知っていた。

 でも、それがこんなにもしんどいものだなんて……


(狂ってる……!)


 私はつい、剣を取りこぼす。

 

 同時に、体にかかる負荷が取り除かれた。


「はあ……はあっ……!」


〜〜〜〜〜

魔剣ディメント

攻撃力??

 ??


ディメントを持つ者は狂気に襲われる。ただ、狂気に対する耐性がないものであれば……即座にその破壊されるだろう。

〜〜〜〜〜


 魔剣と呼ばれしだけあって、とんでもない負荷が体にかかる……。


「……? あいつ……持てないのか? 今だっ!」


『ちょっと待った方が……!』


 ビートは一瞬そんな真希を訝しんだが、疲れた体を叱咤して……赤いゴブリンのを無視して、部下たちと共に魔法による攻撃を行なった。


 だが……赤いゴブリンの警告は正しかったようで……


「……あああああああ!!」


 私はもう一度、痛みに叫びながら、無理矢理ディメントを持ち上げる。


(あと……少し……振るだけで……!)


 私は、ディメントを手から零さないようにするので精一杯だ。持ち上げたはいいものの、それを振ることができない。

 すでに、目の前にまで魔法弾が迫ってきている。


(あああああああああ!! “ヒール”ッ!!)


 激痛に思わず、治癒魔法を発動する。なのに、楽になった気がしない。


 魔法弾が目の前に迫る。それを見ながら、私は飛びそうになる意識を意地で繋ぎ止め、前を向く。


「ぁたし、わぁ」


 歯が砕ける程に食いしばり、剣に叫ぶ。


「ぃんなを、ァイト様を……守るッ!」


 その時。世界に、一筋の黒線がはしった。


 客観的に真希を見る人がいたなら、こう言っただろう。



────と。


 真希の目は血走り、それどころかブシュッ! という音を立てて血を吹き出した。顔からもビキビキッと血管が浮き上がり、皮膚は裂けて血を流す。


 それでも、真希はディメントを振るった。

 いや、振るったとは言えないような、只々剣を動かしただけに過ぎなかった。

 まるで子供が、身の丈に合わない岩を動かそうとしているかのようだ。


「──ぁぎゃ?」


 だが、静かに剣は、魔法のみでなく……


(敵も、切り裂けッ!!)


 放たれた斬撃は、迫り来る魔法のみならず、奥にいた炎の軍勢をも一直線に切り刻んだ。

 

 何にも邪魔されず、突き抜けた斬撃は、30以上の炎の配下を滅ぼしたのだった。


「なっ……!?」


 ビートは驚愕の声をあげる。雄二の斬撃波ですら1、2体切ると止まるのだから。

そして……


「カッ──」


 真希の頭が後ろに弾かれたようにして、白目を剥いたまま倒れ伏したからだ。

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