第30話 VS炎の魔王編6 防衛編 《結奈の魔法》


=====

☆☆☆


「──“スラッシュ”」


「がっ……ば、バカな!」


 雄二君は、土埃の中から不意に、ビートに向かって“スラッシュ”を発動した。

 それは、ビートの身体に深い……私にはどれほどのものか分からないけど……ダメージを与えた。


「雄二!」


「ボサッとするな! いくぞ! 俺たちが、生き残るために!」


 結奈が雄二の生還に喜びの声をあげるが、雄二は焦った声で集中を促す。

 結奈も、それを聞いてしっかりと集中し、


『真希! まだ回復はしなくていいぞ! 温存……っと! 温存しとけよ!』


『……フフ、わかってるわよ』


 どうやら、アイト様もこの“決戦”を見ているみたい。

 ちょくちょく指示が聞こえる。

 あっちも結構厳しそうね。小さいけれど、火魔法の爆音が聞こえてくる。


(でも、出発前にも言ったことをまた言ってくれるなんて……私たちのことが心配なのね)


 自分のダンジョンが掛かっているのだから当たり前ではあるのだが……それにしてもウチの魔王アイト様


「……魔王が配下とはいえ、契約してない人間結奈までもを信頼するなんてね。」


 私は、脳に直接、忙しい中心配してくれたアイト様に、心で感謝を述べる。

 そして、服の内ポケットにあるをそっと触る。


「……本当に、重さなんて無いみたいに軽いのね」


「冗談を言ってる場合ではありませんよ。」


 そこには、水晶ガイドが入っている。

 ガイドが小声で、指示を出す。


「……ほんと、なんであんたに命を預けなくちゃいけないんでしょうね。」


「……」


 私の言葉に、ガイドは答えなかった。それが言葉のままの意味を持ってないことを感じ取ったのだろう。


 ……正直、アイト様と一心同体とも言えるガイドが女であることは気に食わないけれど。

 これがアイト様の命の行方を左右するのだから、文句なんて無い。


「結奈! “プランA”はもうおしまいよ! すぐに“プランC”の準備をして!」


「えっ! ……あ! 分かったよ!」


 結奈は一瞬驚いたようだが、私がガイドを有しているのを思い出したのか、すぐに詠唱を再開した。


「雄二君! プランC!! 後ろ気をつけてよ!」


「……ああっ!!」


 雄二君は沢山の敵達DランクやEランクと戦いながら、しっかりと返事を返してくれた。

 相手が放つ多数の魔法に、雄二君の“飛ぶ斬撃”や結奈のファイアボールが激突して、それらを相殺する。


 前方を飛び交う真っ赤な魔法に爆音。


 私には、凄い……という言葉と、負けないで……という感情しか湧いてこない。


(私は1人では戦えないから……2人に任せっぱなし……。あんな数に……)


 つい、そう思ってしまう。

私は、杖を握りしめて、2人やスケルトン達を応援することしかできない。


(……違う!)


 不意に、頭にアイト様の言葉が浮かぶ。


〜〜〜〜〜


『お前は、攻撃できない。まあ、治癒士だし、当たり前だよな』


『……ええ。だから、2人に負荷をかけすぎちゃうんじゃ無いかって……』


『お前、数学苦手か?』


『えっ』


 私は、突然のその言葉に、戸惑った声をあげてしまう。


『い、いや、数学はかなり良い方だって自覚してるけど……』


『なら、お前の学校は相当レベルが低かったようだな』


『っ! 何よ……馬鹿にするわけ? フン! そうよ、私なんてね……』


『私なんて、ってもういうなって言わなかったか?』


『っ!』


 私は、アイト様のいう言葉に、息を詰まらせた。


『まあ、俺は記憶がないから分からないが……どう考えたってお前の方が負荷が上だろ。』


『え? いや、でも私は……』


『待て待て。お前、問題文読まないで損するだろ。』


 私は的確に痛いところを突かれて、ウッと顔をしかめた。


『いいか? 治癒士ってのはな、珍しい……みたいだ。だから、お前はあの2人と、これか増えた仲間達……全員を癒さなくちゃいけないんだ。最前線で戦うあの2人を、だ。』


『あ……』


『うちは配下が弱いからな、強化能力があるとはいえ、元が×付きGランクだ。きっとあいつらにこれからも頼ることになるだろう。だからこそ、あいつらを癒すってのはとんでもない負荷がかかることだぞ。』


 アイト様は微笑んで、私の肩にボン、と手を置いてくれた。


『だから────誇れよ、そろそろ。自分のことを、さ。』


〜〜〜〜〜


(そう……私は、誇って良いんだ。)


 私は、それを思い出して、ぶんぶんと頭を振る。


「カーッ! 結奈! やっちゃいなさい! よ!!」


「ええっ!? ……わかった。知らないかんね!? !!」


 私は、結奈にそう伝えて、自分も


「……なに!? チッ……熱よ! 火よ! 太陽よ!」


 不意に前方……雄二のいるあたりでビートの怒号が聞こえたかと思うと、ドンッと地が爆ぜた。

 ビートが全力でバックステップをし、隊列の最後方に下がって行ったのだ。


 そして、


「……あれはっ」


 雄二君が焦った声を漏らす。かく言う私も、残ったスケルトンに急いで攻撃を命じるくらい、焦っていた。それもそのはず。あの詠唱は……


 ウチのが警告した魔法なのだから。


「“スラッシュ”! どけっ! “スラッシュ”!」


 雄二君は次々に魔力が切れ、突っ込んでくる炎の魔物達を切り捨てながら、少しづつビートのいる方に近づいていく。


『……バケモンだ』


 炎の魔王の配下である赤い肌をしたゴブリンは、雄二を見てポツリとそう零す。

 うちに来た人間達は、とても弱かった。自分の部下でも瞬殺出来たほどだ。


 だが、この人間は……人間達は……


『たった2人で、500のD、Eランクを相手にしているだと!?』


 赤いゴブリンは、その光景に理解を苦しんだ。Dランクは強いが、量産できない。そのため実は、Dランクはたったの50体超なのだ。

 とはいえ、人間にとってEランクも十分な脅威であるはず。しかも、魔力を使い切っていたとはいえ、この数だ。


『勇者でもない限り……』


 まさか……王の魔王如きがそんな強い人間を従えられるわけがない。

 ずっと、そう炎の配下たちは思い込んで、舐めてかかっていた。だが……実際にこれほどの強さの人間がいるとなれば、及び腰になるのも当然。

 炎の配下たちは、迫り来る雄二の希薄に、たじろいでしまっていた。


『これだから油断せずに、全力でかかりましょうと言ったのに……!』


 赤いゴブリンは、上司であるビートに心の中で悪態をつく。


 だが、当然数百の魔物がいる中、ビートの詠唱が終わる前に雄二がビートの元に辿り着くことは出来なかった。


「今! 天から与えられし炎を、裁きに使わん! “光爆緋雨フレイムバースト”!!」


 ビートがそう叫ぶと、直後ビートの体から莫大な量の魔力が打ち上げられた。

 に、戦場の魔物たちは硬直する。


 否、スケルトンたち以外が硬直して、スケルトンもう十数体しか残っていないがの攻撃を無防備に受ける。


 だが、炎の魔物たちはスケルトンを無視して、一斉に地に伏せて震え出した。


 まるで、


(嘘……あの魔法から数メートル以上離れてるのに……それに、魔法が向かう反対方向にいるのに、なぜ……)


 私は、その行動に疑問が浮かぶ。


 その魔法は両軍の間、上空7、8メートルに浮かび、どんどんとその体積を増している。


 雄二君はこの隙に、と斬撃を飛ばす攻撃で炎の配下を次々に屠る。

 奥にいるビートは肩で息をしている。相当魔力を使ったんじゃないだろうか。


 私も、なったことがある。


 魔力不足によって身体に自由が効かなくなる……魔力欠乏だ。


「今よ! 雄二君! ビートの所まで────!」


 それに気づいた私は、雄二君にそう叫んで……失態に気付いた。

 刹那。一際、上空の魔法弾が大きくなり、脈打った。


 そして────


「……はぁ、はあ……終わりだ」


 ビートがそう言った瞬間、巨大な魔法弾は弾け飛んだ。

 


 それは、弾け飛んで、落下してくる。


「まずいっ! 雄二君! 結奈ちゃんをっ!!」


「わかってる……!!」


 当然、超広範囲に展開された灼熱の雨は、最後方にいた詠唱中の結奈にまで降り注ぐ。ビートの方に突撃していた雄二は全力で戻るが……間に合わない。


「結奈ッ!!」


「そして、雷の如くはしれ────“サンダースピア”ッ!!」


 結奈の前に飛来した火炎弾に、雄二君は自らへの攻撃を塞ぎもせず、結奈の名を叫ぶ。

 そしてあわや直撃する……と思われたところで。


 ずっと唱えていた詠唱が終わり、が発動された。


 結奈の手から何かがバチッ、と音を立てたかと思うと、突然目の前の火炎弾が穴を開けられたように霧散し、空気に溶けていった。


「!!」


「間に合ったのね……?」


 それは、激しくスパークするだった。

 雷の槍サンダースピアは、2分にわたる詠唱に見合った、視認不可能なほどの速さで直線上にいた魔物と火炎弾を吹き散らした。

 

 そして……


「ガッ……!? ゴハッ……その魔法は……!」


 奥にいたビートの胴体に直撃し、


「はぁ、はぁ……」


 結奈は、魔力を限界まで使い切って、その場に倒れる。

 雄二君と私は、助かったか……と安堵の息を吐き───


「……んなっ……あああ“あ”あ“あ”!!」


「……!? ……結奈アアアア!!」


 結奈の脇腹が飛来した小さな火炎弾によって抉られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る