第22話 魔王の葛藤


「じゃあ、始めるか」


「ああ。言っとくが、手加減はなしだぞ。」


「当然」


 あれから20日、俺は毎日、雄二と模擬戦をしていた。


「二人もよく飽きないねー?」


「魔王様は更に強くなろう、とお思いでらっしゃるわけ。全く……私も治癒スキル上達するからいいけどさー」


「マスター、今日こそ勝ってください……!」


 そんな俺たちを、結奈、真希、ガイドの3人はいつも見に来て、応援してくれる。


 そんな彼女らを尻目に、俺たちは今日も特訓を始める。


「いくぞっ“スラッシュ”!」


「ふっ」


「マスター、華麗です」


「雄二! 今日もさっさと決めちゃえー!」


「魔王様……大怪我はするんじゃないわよ」


 この20日で、俺と雄二の戦闘スキルは格段に上昇していた。

 雄二は攻撃スキル“スラッシュ”を覚えて、更に動きにキレが増した。


 スラッシュで斬撃を飛ばしてきたのをかわし、俺も攻撃を仕掛ける。


「疾っ」


「甘い!」


 残念ながら俺は攻撃スキルどころかスキルの一つも覚えなかったため、フェイントをかけつつ切りかかる。


 だが、その剣撃は雄二に読まれており、逆に反撃の一撃を受けてしまう。


「ぐっ……!」


「痛がる暇はないぞ!」


「マスター!」


 痛みで顔を顰める俺に、雄二は掲げた剣を振り下ろす。

 だが、俺はそれを待っていた。


「引っかかったな!」


「っ!」


 雄二が振り下ろしてきた剣に、俺は自分の剣の腹を角度をつけて当てる。

 いつかのように受け流された雄二の剣は、いつかのように再び、地にめり込む。


「疾っ!」


「甘いと言っている!」


 俺が思いっきり雄二の首目掛けて剣を振ると、雄二は屈んでそれを避け、剣を跳ね上げた。


「チッ……!」


「く……流石魔王だ」


 俺と雄二はお互いの剣を紙一重で避けながら、一旦離れ、様子を伺う。


「ちょっと……あの二人殺し合う気? 魔王様も寸止めする気配ないし……」


「それはお互い信用してるんだよ! 雄二なら避けてくれるってね!」


「全く……結奈さん、あなたはどちらの味方なのですか?」


 ガイドが呆れるように言うと、結奈は迷いなく笑顔で答えた。


「雄二に決まってるじゃん!」


「なっ……あなたマスターの前でそんな……!」


「結奈……流石に迷いもしないのは目に余るわね。魔王様に仕える身じゃなくて……?」


 観客女子軍に不穏な空気が流れ出す。雄二がいつも間に入って仲介するのだが……生憎あいにく雄二は俺と勝負の最中だ。止めるものがいないため、彼女達は暴走し始める。


「だって……雄二は恋人だし? というか雄二が信じてって言うから仲間になったんだよ?」


「結奈さん……!」


「……あんな素晴らしい魔王様の仲間になれて光栄だと思わないのかしら? 魔王様は私に前を向かせてくれるほど優しいのに、あんたは薄情者ね──」


「おい! ちょっとうるさいぞ!」


 彼女達に近かった俺は、堪らず振り返って彼女達を止めようとするが……


「……おい」


「いてっ……あ」


 その隙に雄二に近づかれ、剣の腹で頭を叩かれた。


「ほら! 雄二の勝ち!」


「ああっマスター!」


「ま、魔王様……もしかして今の聞いて……」


 頰を赤らめてゴニョゴニョと呟く真希はほっといて、俺は小さくため息を吐く。


「魔王……お前、成長してなく無いか?」


「っ! 魔王様になんてこと言うの! 雄二君!」


 雄二の言葉に、なぜか俺よりも真希が早く答え、怒りからか立ち上がって雄二を睨みつける。


 流石に、友達とはいえ滅多に見ないであろう真希の苛立ちに、雄二もウッと声を詰まらせる。


「ちょっ、真希、落ち着けよ、な?」


「ハッ……! す、すみません! そ、その……あんたが言われっぱなしなんて……」


 いや、俺が反論する隙も与えずに叫んでただろ……。


「だってな……お前、ここ10日くらい全く実力が変わってないぞ?」


「う、それはそうだが……」


「マスター! 雄二……! もう少し謙遜と言うものが……!」


 ガイドが雄二を呼び捨てにするのは時だけだ。水晶が紅く激しく、明滅している。


「いや、もう戦争前だってのにこのままじゃまずいぞ。魔王様はダンジョンを守り切らないといけない。俺は攻めるから、近くにもいられないし」


「そうね……。私が治せるのは多少の怪我だけよ。杖でスピードは上がってるけど……」


 真希は俺が与えた“魔導士の杖”(1000DP)を松葉杖にしながらそういう。

 真希の足の穴は塞がった訳じゃない。痛みもまだ十分ある。だが、欠損レベルの治療をするポーションは安くても500000DPはするから、とても買えない。


「魔王だから天然の戦闘センスはあるが、全然伸びないのは問題だ。何か有効打を考えなければ……」


「魔王さん〜? ほら、元気出して! さ、もっと強くなれるって!」


「……っ!」


 俺は、彼らの言葉に、心を刺されたような感覚を覚えた。

 俺は……魔王だから……?


「魔王様……諦めるわけにはいかないわ。魔王様ならきっと……あんなやつ……」


「……るせぇ」


「え?」


 真希が心配そうにそう言ったが、俺はもうの限界だった。


「うるせえな! お前ら!」


「「「!?」」」


 俺が叫ぶと、みんなは驚いたように立ち上がった。


「なんだよ魔王様魔王様って! 俺は神か!? 違うぞ! こんな何もできない魔王で悪かったな!」


「い、いや、魔王。王のお前が取り乱してどうする……! そんなことしてる時間も……」


「なんだよ、魔王って言うけどな! 魔王である以前に俺も一人のだったんだよ! こんな弱い奴だがな、それでも俺なりにやってるんだよ!」


「ま、マスター……」


「魔王ってなんだよ! 大体俺は“配下”もいないじゃねえか! ×つきしか出来ねえんだからな!」


「ま、魔王様! わ、私が……! わたしはっ!」


「お前らは剣の腕をあげ、魔法の腕をあげ……でも、俺はどうだ!? 何も出来てねえ! 魔王? 笑わせんなよ!」


 俺は“転移権限”で光に包まれる。


「あっ、魔王様!!」


「少しくらい一人にしてくれっ! 俺かって……俺かってな……!」


 俺は完全に光に飲み込まれ、コアルームから姿を消した。


 コアルームに残された4人は終始、体を固めたままだった。


=====


「はあ……」


 俺は迷路の角で、一人、ため息をついた。


 俺にも……力があったら……


 俺が普通に魔物を呼び出せたら、きっとこんなめんどくさい関係もなかったことだろう。

 戦争で絶望的になることも、外敵に怯えることも……


(それは……本当に、“いいこと”なのか?)


 そこまで考えて、俺はふと、考え直した。


 今の友達のような距離感……毎日、楽しいとは思える。

 それが無いなら……


(だが、“そんな感情”が何かを成すわけじゃない)


 そんな感情のために、死ぬわけにはいかない。力が必要だ。

 でも、俺には力がなかった。


(全てを手に入れられるわけがない……とは言っても……流石にこんなの……)


「不公平なんじゃ、ねぇの?」


 俺は、空を見上げて呟く。


(何かは、諦めるしかないのか……)


 そんな弱気な思考が脳裏をよぎる。


「俺にできることなんてな……」


「魔王様!」


「!!」

 

 俺がそうこぼしたその時、俺の視線の先に真希が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る