第11話 雄二の葛藤

勇者組御一行は勇者くんを先頭に細い石の迷宮に入っていく。


「さて……どれだけ戦力を落とせるか」


 俺はモニター越しに真剣な視線を送る。


=====


☆☆☆


「何だ? この狭い迷路は。」


 俺──須藤智彦は今日から攻略するダンジョン……市長がくれたこのブロンズソードが眠るとされるダンジョンを攻略しにきた。


 どんな魔物も吹っ飛ばしてやるぜ! と仲間たちと意気込んだのに最初っから迷路でテンション駄々下がりだ。しかも道は1列にならないと入れないほど狭い。


「もう、狭いしトラップ多いし、いやあねえ。」


 そう言ったのは火属性の魔法を使う仲間、梨乃だ。

 彼女も辟易しているみたいだし、口にはしないが他の仲間達もだろう。


 俺が勇者として先頭に立っているため、なるべく飛び越えているが落とし穴にも何度か落ちた。

 ……仲間の前で恥をかかせようって口か……魔王め、絶対殺してやる……。


「うっ……この霧、毒です。しんどくなってきました。」


「じゃあみんなに回復かけるね。“ヒール”」


 身体がだるいと思ったら、先程から出てくる霧が原因のようだ。

 地から吹き出るため、1人子供の海斗が治癒士である真希に訴えかける。


 真希がヒールをかけると、気分が一気に楽になった。


 俺たちのチームが勢いに乗って2つのダンジョンをスピード攻略できたのは、ひとえに俺と……彼女の功績が大きいだろう。彼女の回復魔法は、かすり傷程度なら数秒で治ってしまうすごいものだ。

とても珍しい職業で、今のところ治癒士は彼女しかいない。

 だから、彼女は今回も隊列の真ん中だ。


「でも、顔が良くねえんだよな、あの女は……」


 俺はぽつりとこぼす。


 それに比べて、最近入ってきた結奈は、とても美人だ。梨乃と同じく火属性の魔法を使う。

 しかしあいつとは大学の同級生だが、何でもできた俺じゃなくて雄二……何の取り柄もないやつを選びやがった。


 許せねえ……


 俺が勇者となった今も、俺を強く拒絶してくる。

 ……見てろよ。その澄ました顔を俺への情で赤く染めてやる……。


 だが、鬱陶しい迷路とトラップの数々に対して、魔物が驚くほど弱い。ためしに素手で殴ってみても、スケルトン……骸骨の魔物は軽く木っ端微塵になった。


「……にしても、ここ魔物よえーなー。頭に変な×ついてんのに。」


「他のダンジョンも攻略開始時は敵が弱かったはずです。」


「にしても明らか弱くね? もしかしてこの強そうな×の傷、弱い魔物なのか?」


 成人男性2人である彰と義信が暇そうに話している。

 彰は実は戦闘狂で、戦いを楽しんでる馬鹿だ。あと戦士。

 で、義信がチームの頭脳的な? 鑑定士だ。戦闘もそこそこできるから、戦士枠だ。


 そんなこんなで、俺たちはたった3時間半の間に迷宮を抜けた。


 ……が。


「そう簡単にはいかないのね……」


 結奈が驚きを隠せずに呟く。

 まあ、俺たちもこんなに簡単なダンジョンだとは思っていない。

 なにせこのブロンズソードが産出されたダンジョンだ。


 このダンジョン残しときゃ武器が増えるかもしんねえのにな。市長が攻略しろっていうんだ。


 ま、そう簡単に武器が見つかる筈ねえからな!


 俺たちは結奈の普通以上の驚きが、数日前と全く違うダンジョンに変わっていることだと知らない。


 結奈は、普段以上に気を引き締めるのだった。


=====


☆☆☆


「3時間半か……予想以上に早いな。」


王の魔王である俺は、モニターで勇者組の様子を見ていて、ぽつりと呟いた。


「あのクソ彦……チラチラ結奈の胸見やがって……魂胆が見え見えなんだよ!」


 俺の隣でモニターを見る雄二が、怒りをぶつける。

 雄二は、【奴隷】……もとい命令に逆らえない配下じゃない。そのため、一応コアを破壊されないよう警戒している。


 だが、雄二は結奈の様子を見るのに必死だ。


「……言っとくが、あいつらがここまで来たらお前に戦ってもらうことになるんだぞ。その……覚悟は大丈夫か?」


 俺が言うのも変な話だが、雄二に声をかける。


 覚悟とは。言わずもがな、人間と戦うことだ。


「……なあ、魔王。あいつらを別に殺さなくても、結奈を守ることはできんじゃねえの?」


 雄二が言う。その通りだ。別に殺さなくてもいいとは思う。

 だが……


「……力を手に入れた、若い学生が勇者ってもて囃されている。何をしでかすかわからないぞ。」


 雄二は結奈の安全を確保したいから俺の仲間になった。それも、急を要すると焦りながら。


 勇者──須藤智彦は欲しいものは誰かのものでも、奪い取ってでも手に入れるらしい。

 世界が変わってから、それは加速度的に強くなったんだそうだ。


 “勇者組”に外部のやつを寄せ付けず、ちょくちょく女を呼んでは遊んでいると言う噂もあるらしい。


 だからこそ、雄二は結奈が理不尽に巻き込まれないように俺に協力を仰いだ。


 何も殺しまでする必要はないのである。


「……それでも……」


「お前は、俺の配下だ! もう後戻りはできないと言った!」


「!!」


 俺は叫ぶ。


「もう人間の味方じゃあないっ! 魔王側だっ!」


「…………っ」


「ならば忠誠を示してみろっ! 勇者は殺しておくべきだ! 違うかっ!」


 俺は怒鳴るように告げる。

 俺が結奈に配慮するのは、雄二が協力しているからだ。


 結奈を奪われないためだけに、こいつは自らを差し出したのだ。


 俺は恐らく雄二に負ける。それほどまでに俺は弱い魔王だ。王の魔王にダンジョンバトルを申し込む、というメッセージが150万以上来ているほどだ。当然全て拒否した。


 だから俺は悟られないように、余裕でいる必要があったのだ。

 そしてその一言は、不安定になった雄二の精神に有効打を与えた。


「……結奈か、人類か。どちらかしか手に入らない……ってことか……」


「ああ。そうだ……それが、この壊れた世界だ!」


 俺は雄二の選択の幅を強制的に限し、雄二に問う。


「なら……俺は……」


 突如変貌した世界で、大事な人と人類を天秤にかける。

 普通なら、戸惑い、決断することは容易ではなくなるだろう。


 だが、この男……雄二は。


「魔王の奴隷となってでも、結奈を選ぶ!」


 寸分の迷いもなしに大事な人を選択する。


 そうでなくてはな。きっと結奈の安否を少し揺さぶるだけで、こいつは言うことを聞くだろう。扱いやすくて助かる。


 ならば……


「……雄二。お前に、武器を与えてやる。」


 俺は、勇者たちと雄二の滞在によって溜まったDPを全て使い、一本の漆黒に紫の装飾がついた剣を創造する。


「これは……!?」


 雄二は溢れ出すとてつもない気配に目を見開く。


「これは魔剣ディメント狂気で満たせ。一本しか作れない武器……要はユニーク武器だな。」


 魔剣ディメント。数十種類ある他のユニーク武器は10万を余裕で越すDPふざけてんのか?を要求してくるのに対して、これはたったの1万DP。


 持ち主の狂気を刺激するという代償があるが、それに見合った切れ味を誇る武器だ。


 俺も持った瞬間人間を皆殺しにしてやる……という欲望が出てきたが、そんなことより、生きることを考える方が大事だと割り切ってしまえば、飲み込まれることはない。

 自分には不可能なことだと、わかってるからな……


「そんなものを……俺に?」


「お前は俺の最大戦力だ。だが……これを渡すなら正式な契約が必要になる。それと……魔王の手先として人間を殺し続ける覚悟が。」


「っ!」


 これを持てば多分魔王を殺そうとなるんじゃないだろうか。だから、命令で強制的に縛る必要がある。


 それを伝えて、雄二の返答を待つ。


 ────実はこれは、建前だ。

 今でこそ結奈が言い寄られて、無理矢理手を掴まれたりして、雄二の怨嗟が煮えたぎっているわけだが、結奈が助かったら? 平和的に最前線組に入ることになったら?


 そうなれば、俺のことは殺すだろう。

 助かった結奈とともに。


 だから、DPは惜しいが、救えないかもしれない状況のうちに【隷属】を仕掛けて縛っておく必要がある。


 喜ばしいことに(舌打ち)、結奈の方も雄二とラブラブだそうだ。

 雄二を縛れば結奈の反抗を阻止することもでき、その後【隷属】させることもできるだろう。


 だから俺は雄二に【隷属】を迫る。


「で、どうする? 勇者たちがもう数分で来るぞ。」


 そして、雄二の出した答えは、当然と言うべきか。


「……ああ。頼む。結奈のためなら……俺は……お前に一生忠誠を誓うッッ!」


 俺の予想通りだった。

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